おやしきのあるじ
レビンソンさんの魔力が回復するあいだ、わたしたちはロシュミットという老齢の男性のお屋敷に泊まらせていただくことになった。
お屋敷はとても広くて部屋数も多く、自分が身分不相応だと感じているわたしは、とにかく目立たないように広間にあるソファの端で小さくなっていた。
もう、深夜といってもいい時間帯だというのに、このお屋敷のあるじのロシュミットさんはいやな顔ひとつせずに、魔方陣によって移動してきたわたしたちを招き入れてくれたのだ。
しかも、一人ひとりに部屋を割り振ってくれた。予定外であったわたしにも、だ。
ロシュミットさん、見たところ60代半ばといったところだろうか。
額から頭頂部にかけて髪はなく、後頭部から肩にかけて伸ばされている。銀色がかった白髪。
頭髪と同じ色の口髭は、テオのものとはちがい、きれいに整えられている。
生きてきた年数を感じさせるいくつもの深い顔のしわ。
黒い瞳は、彼が数々の修羅場をくぐり抜けてきた人間だということをあらわしているかのように鋭かった。
服装も派手さはないが、年相応の、仕立てのよいローブに上着を合わせている。
そして、口調や立ち居振舞いに気品が漂う。
世間知らずのわたしでもわかる。
この老人は、貴族だ。
ブラナーさんもレビンソンさんも、このひとを“辺境伯”と呼んでいた。
テオも。
辺境伯という位が、貴族の階級のどのあたりなのかは知らないけれど、このお屋敷や魔方陣が描かれた広い庭、ロシュミットさんのもつ雰囲気から、かなり高い地位なのではないかと想像する。
広間には重厚なテーブルとソファが置かれ、魔法石によってほどよく明るい室内は、客の気持ちをくつろがせるのに効果的だ。
そのソファにわたしたち4人とロシュミットさんがテーブルを囲むようにして座っている。
1人掛けのものにロシュミットさん、ブラナーさん、レビンソンさんがそれぞれ座り、3人掛けにテオとわたし。
テーブルのうえには、それぞれが頼んだ飲み物が置かれている。
「今夜はもう遅い。それを飲んだらすぐに寝て、くわしい話は明日にでも」
ロシュミットさんがテオを見た。
「久しいの、テオ」
親しいものに対して向けられるあたたかなまなざし。
テオとロシュミットさん、2人はむかしからの知り合いなのだろうか。
テオはここに来るのをいやがっていたように思う。
「元気そうでなにより」
ロシュミットさんは二度三度頷くと、さっさと席をたつ。
「すまんが年寄りは先に寝かせていただくとしよう。また明日、朝食で」
くるりとわたしたちに背をむけると、年齢を感じさせないしっかりとした足取りで、部屋を出ていった。
「ノアザ、大丈夫か?」
テオが心配そうにわたしの顔をのぞきこむ。
わたしはコクンと頭を縦に振り
「大丈夫。でも、眠い…」
正直な気持ちを伝えた。
「あとは片付けておくから、おまえはもう部屋に戻りなさい」
魔方陣での移動は、体力を消耗する。
テオの言葉に素直にソファから立ち上がると、わたしは自分が思っている以上に疲れていることを認識する。
体が重い。
そんな体を引きずるようにして、わたしはあてがわれた部屋へ行き、着替えもせずそのままベッドへ飛び込み、すぐに眠りについた。
ロシュミット辺境伯のイメージが伝わるとよいのですが…
みなさま、お気に入り登録ありがとうございます。励みになります。