あいしています
R15…?
R12くらいでしょうか?
部屋に押し入ってきたのは、オーランシュさんだった。
思い詰めた表情でこちらを見ている。
わたしのほうはというと、オーランシュさんがなぜ部屋に強引に入ってきたのか、鍵をかけなくてはならないのか、彼の行動が理解できずにいた。
オーランシュさんが一歩踏み出すとわたしが一歩下がる。
今日のオーランシュさんはいつもの彼とちがって、怖い。
それに、部屋に入ってきてからまだ一度も口を開いていない。
オーランシュさんは、歩みを速めてわたしに迫った。
後退しているわたしのほうが圧倒的に不利で。
あっという間に間合いをつめられ、わたしの細い手首がつかまれる。
「オーランシュさんっ」
わたしは軽い悲鳴をあげ、彼の名を呼んだ。
している行為を非難していることは伝わっているはず。
けれど彼はわたしの手首を放すどころか逆に力をこめた。
痛さで眼に涙がにじむ。
「放して…」
「美しい…」
うっとりとした眼で見つめられ、わたしは戦慄を覚えた。
話が通じていない。
普段のオーランシュさんならば、わたしがいやがるそぶりをみせるとすぐにやめてくれる。
わたしの手にキスをするのも騎士の挨拶だと、冗談まじりに言っていて、終わると放してくれた。
わたしは顔を青くして身をよじるが、さすが相手は男性でしかも騎士。制された手首はぴくりとも動かない。
「オーランシュさん…」
「その憂いを帯びた青の瞳がなんともいえず、私の嗜虐(しぎゃく)性をあおる…もっと潤ませてみたい」
静かに微笑むオーランシュさんの眼には狂気がうつっていて。
わたしの心が凍りつく。
だめだ。なにを言っても通じない。
助けを呼ぼうにも、のどになにかが絡みついているようで大きな声がだせない。
オーランシュさんは、顔色をなくしたわたしをみてくつくつとおかしそうに笑った。
オーランシュさん、どうしちゃったの!?
笑顔を顔にはりつけたままオーランシュさんが、つかんだわたしの手首を力任せにぐいと引き寄せる。
そしてそのまま、ベッドまでわたしをなかば引きずるように連れていくと、その上に押し倒した。
「いやっ…!」
足を激しくばたつかせたけれど、オーランシュさんにたいした効果はなく、両手首を頭の上でつなぎ止められ、体にのしかかられる。
いや。
こわい…
無我夢中で体を動かし抵抗してもオーランシュさんにはまったく効いていない。
オーランシュさんが四つん這いになり、わたしの体を抑え込んでいる。
彼の荒い息が顔にかかり、体が硬直した。
たすけて。
オーランシュさんはわたしの体をまたぐ格好になっているため、彼の足の間の膨らみがわたしの太ももにあたっている。
このわたしに、欲情しているのだ。
テオと同じような状況になったけれど、あのときはちっとも怖くなかった。
いまのわたしを支配している感情は、恐怖。
「こうしたいと、思っていた…」
オーランシュさんがわたしの首筋に舌を這わせる。
わたしの反応をたしかめるように、ゆっくりと。
眼にたまった涙があふれ、目尻をつたって流れ落ちた。
「たすけて…」
声がでない。
オーランシュさんが目尻をつたう涙を舌で舐めとる。
「誰に助けを求めているんだ? ジルなら今日は任務に就いている」
やめて…やめて…
唇がふるえて、言葉にならない。
「それにジルは売約済みだ。もうすぐ結婚する」
陶酔しきった顔でオーランシュさんがわたしの耳許でささやく。
不快感がこみ上げてきた。
オーランシュさんは、わたしがジルのことを好きだと勘違いしている。
ジルのことは好きだけれど、それはあくまで友人としてのそれであり、恋愛対象としてみたことはない。
でも、愛しいあのひとの姿と重ねたことはたくさんあった。
「あいつもレオンも養子なのに幸せそうで、悔しかったんだ」
暗く、濁った黒い眼。
胸に渦巻く同僚たちへの嫉妬。
「でも、やっと私にも安らぎが訪れた。ノアザ…きみを愛している」
ぞっとする愛の告白。
自分がなんとも思っていない相手からの告白が、こんなに苦痛に感じるなんて。
「テオ…」
思わず口をついて出た名前。
わたしの最愛のひと。
オーランシュさんは、わたしの顔を見てきょとんとしていたけれど。
やがて、大きな笑い声をあげた。
「ははは! テオ? テオだって? それはまさか、きみとここまで一緒に来たアルモーフィ様のことかい?」
わたしはこのひとをここまで大爆笑させるようなことを言っただろうか?
一言、名前をつぶやいただけ。
「きみも案外身の程知らずなんだな。あのかたときみみたいな平民が釣り合うはずがないじゃないか」
オーランシュさんは笑いを引っ込め、一転して真剣な顔つきになった。
「憧れるのは勝手だけど、間違っても想いを伝えようなんて気はおこさないことだ。きみは外国人だからわからないだろうが、アルモーフィ公爵家を知らないバルタザル国民は皆無といっていい」
アルモーフィ…公爵家…?
不安が現実のものとなってわたしを襲う。
公爵とは、貴族ということだ。
テオは、貴族だった。
「ちなみにこの国で公爵の爵位を与えられているのは3名しかいない。さすがにこの意味はわかるだろう?」
オーランシュさんがにやにや笑う。
わたしの顔から血の気がうせているのを見て喜んでいるようだ。
「そのうえ、あのかたはバルタザルの英雄だ。騎士として数々の武勲をたてておられる」
バルタザルの英雄…数々の武勲…
オーランシュさんの言葉を心のなかで反芻する。
やっぱり、テオはただ者じゃなかった。わたしの予想をはるかに超えていたけれど。
「きみは私の妻になるんだ。家は子爵だが私は次男坊だからなんとかなる」
オーランシュさんの嬉しそうな顔が近づいてくる。
呆然としているわたしは全身から力が抜け、もはや抗う気にもなれない。
どうなってもいい。
どうされてもいい。
もう、疲れた。
悩んで、苦しんで、泣いて。
このままこのひとに身をまかせてしまえば、わたしは楽になれるのかもしれない。
眼を閉じ、わたしはすべてを諦めた。
どんどん! どんどん!
がちゃがちゃ がちゃがちゃ
どがん!!
ドアのノブが飛んだ。
オーランシュさんが振り返り、ドアのほうを見た。
わたしもなんとか顔をあげ、そちらを見ようとする。
木製のドアのノブ辺りがふっ飛んでいた。
衝撃で丁番はがたがた、ドア本体も歪んだらしく、ぎいときしんだ音をたてて内側へ開く。
ゆっくりとした動作で入ってくる大きな黒い影。
ああ…
わたしは新たに涙を流した。
「なっ…!?」
オーランシュさんはここにだれかがやってくるなど想定していなかったのだろう。
しかもドアを壊して入ってくるなど。
「ア、アルモーフィ…様」
オーランシュさんの顔は蒼白だった。
テオがあらわれたのにも驚いているらしい。
「何をしている」
大きな体から発せられた低く響く声。
テオの威圧感がオーランシュさんを縮こまらせる。
わたしの体の上でオーランシュさんがぶるりと震えた。
テオが来て嬉しいと喜ぶ自分の心が悔しい。
さっきまで、どうにでもなれと自棄をおこしていたのに。
「そこからどけ」
テオがずんずんとこちらへ向かってきて、あまりのことに微動だにできないオーランシュさんの首を大きな手でつかむと、ベッドから引きずり下ろした。
床で背中をしたたか打ち付けられ、オーランシュさんは唖然とした表情でテオを見上げる。
成人男性を。
片手で。
「失せろ」
力の差は歴然。
勝ち目がないと悟ったオーランシュさんは、じたばたもがいてうつ伏せになり、なんとか立ち上がると一度もこちらを振り返らず、逃げるように部屋を飛び出していった。
わたしはなんとか上半身をおこし、止めていた息を吐き出した。
今ごろになって、心臓がどきどきしてくる。
「大丈夫か?」
テオがベッドに両手をついたのでスプリングがぎしりと音をたてた。
心配そうにわたしの顔をのぞきこむ。
わたしはなんとか笑おうとして顔の筋肉を動かそうとしたけれどうまくいかない。
わたしの頬に指が触れ。
「泣いたのか…」
テオは辛そうに眼を伏せる。
乱暴されそうになったのはわたしなのに。
このひとのほうが傷ついている。
「必ずまもると約束したのにおれは…」
わたしは、テオを抱き締めた。
「まもってくれたよ。わたしは大丈夫」
わたしなんかのために、苦しまないで…
「ノアザ…」
テオがわたしの体の上に上がってきた。
抱き締め返され、わたしは背中に回した手に力をこめる。
テオなら、怖くない。
安心して、体をあずけていられる。
ねえ、テオ。
わたしは、心のなかで呼びかける。
テオにはもっとふさわしいひとがいると思うの。
だからわたし、身を引くね。
いままでありがとう。
あなたがわたしを忘れても、
わたしはあなたを忘れない。
最後のおねがい。
「キス、して…」
口に出すのはすごく恥ずかしかったけれど。
テオは一瞬驚き、すぐさま相好を崩した。
重なる吐息。
触れる唇。
わたしはこのひとを愛している。
さようなら、わたしだけのくまさん。
オーランシュよ…テオの身上をべらべらしゃべらずにすぐに行動にうつしていれば、ノアザを手に入れられたものを…
危機一髪で助かるのも、王道です。




