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襲撃

残酷描写があります。

ご注意ください。

 某伯爵家の領地の視察というのは口実で、国王の今日のこの外出は、敵をおびき出すための罠だった。


 オストワルドの息子候補が絞られたいま、むこうの出方を待つよりこちらから仕掛けたほうが何かと対応がとりやすい。


 先手必勝である。


 国王と近衛騎士団団長であるブラナー、同行はしていないが兄上、そしておれの4人だけがこの計画を知っていて、それ以外の騎士たちは何も知らずに護衛の任務に就いている。


 敵に不自然だと思われないように、細心の注意をはらって計画は立てられた。


 国王を囮にすることに兄上は最後まで反対していたが、当人の「構わん。それよりも、早く決着をつけてしまえ」という一言でしぶしぶ折れた。


 警備と護衛の配置について、中心となるのはやはり近衛騎士団。城からかなり離れた場所が目的地のため、団長自ら隊を率いる。

 そして、某伯爵家の領地は北のほうにあるため、そこの管轄の鉄紺騎士団からも数名用立ててもらう。

 今日は鉄紺騎士団の団長と副団長が留守のため、有能な若手騎士を借りた。


 すべて計画通りである。


 ブラナーを出すためにわざわざ移動時間の長い場所を選んだ。

 鉄紺騎士団を同行させるのに違和感がないように、北に領地をもつ貴族を探した。

 候補者を連れていけるように、わざと団長副団長には急用をいれた。


 ここまでは順調で、くだんの騎士たちがそれとは知らずに隊の後方についている。


 やや舗装された街道を馬で駆ける。国王は馬車に乗っていた。


 途中、昼前に短い休憩を挟む。

 このとき、国王の側にいるのはおれのみ。


 相手は絶好の機会とばかり、必ず国王を狙いにやってくるはず。


 おれの読みは当たった。


 小川が流れる街道より外れた木の木陰。


 おれと国王は草の上にじかに座り、くつろいでる(ふうに装う)。


 2人とも、やがて近づいてくるであろう敵の気配を感じるために、四方八方に注意をはらっていた。


 いまがチャンスだぞオストワルドの息子よ。

 おまえの標的である国王の側にいるのは、退役してずいぶん経った元騎士ただ1人。


 これを逃すと国王を仕留めることは二度とできないと、おまえもわかっているのだろう?



 がさっ



 おれの後方で茂みをかきわける音がした。


 すでに隠そうともしていない殺気をびりびりと肌で感じる。


 さて、だれだ?


 おれは素早く振り返り、その眼に鉄紺騎士団の濃い青の鎧を確かめた。






 わたしは、荷物の整理をしていた。


 どんより曇っているわたしの心と裏腹に、外はいい天気。


 明るい陽光が窓ガラスを通して部屋にさしこんできている。


 潮時かもしれない。


 昨日サラさんが掃除をしに部屋に入ってきたとき、「今日でノアザ様のお世話をするように言いつかってちょうど1か月になります」と言った。


 ノアザ様は他の来賓のかたとちがい、ご自分で着替えや食事など身の回りのことをなさってくださるのでとても助かります。


 笑顔で言われたけれど。


 これは、わたしが貴族ではないと暗に指摘されているのだと今朝になって気がついた。


 貴族の人びとの身の回りの世話は、その家で雇っている使用人たちがする。

 つまり、貴族たちはだれかに助けてもらわなければ、着替えすらろくにできないのだ。


 でも、わたしは自分のことは自分でできる。


 使用人がいない家…すなわち一般人の家ということで。


 サラさんはわたしが平民だということははじめからわかっていたのだ。


 ロシュミットさんの身内ということでなんとかごまかせていたけれど。


 この1か月、部屋からあまり出ず、何をするでもない正体不明のこの女にうろんな目を向けるのは納得のいく行動だ。


 ここを出たら、どこへ行こう…


 甘い考えだけれど、ロシュミットさんのところで働くことはできないだろうか。

 住まわせてくれるのなら、お給金なしでも構わない。


 だめでもともと。

 これ以上悪い状況にはならないだろうから、当たって砕けてみるしかない。


 荷物をまとめたら、レビンソンさんを探しにいかなきゃ。

 魔方陣で転移してもらえるようお願いしてみないと。


 手が止まり。

 脳裏に浮かんでくるのは大好きなあのひとの顔。


 記憶のなかのあのひとは、どれも優しげなまなざしをしている。


 その視線はすべてわたしに向けられたもの。


 わたしが大人になったとき、彼のような瞳でわたしを見つめてくれるひとがあらわれるだろうか。


 …たとえあらわれなかったとしても。


 テオとの幸せだった思い出があれば、わたしはきっと大丈夫。


 ちょっと泣こうかな、と思ったとき。


 こんこんとドアをノックする音がした。


「どなたですか?」


 わたしは顔を両手でこすると、ドアに向かって呼びかける。


 こんこんとまたノックされた。


 わたしの声が聞こえなかったのかと、ドアを少しだけ開け、隙間から相手の顔を確認しようとしたところ。


 外側から力任せにドアが押され、大きく開けられると、わたしが怯んだすきにだれかがなかに侵入してきた。


 わたしは後ずさる。


 侵入者は、ドアの鍵を後ろ手に閉めた。


 かちりという無機質な音が、やけに大きくわたしの耳に響いた。






 テオの後ろの茂みから、若い騎士が飛び出してきた。


 禍々しい殺気を隠そうともしないこの男は、テオの見立て通り鉄紺騎士団の鎧を身につけている。


 この者が。


 わが王子たちを狙った犯人。

 狂人オストワルドの息子。


 俺は木に立て掛けてあった愛用の剣を取ろうと手をのばす。


 相手が騎士ならば、本気でかからねばならぬ。


 だが。


 若い騎士は俺にではなくテオに斬りかかっていった。


「!?」


 それにはさすがのテオも意表をつかれたらしく、反応が少し遅れる。


 一撃で決めようと力任せに降り下ろされた騎士の剣をかわすためテオが体を捻った。

 降り下ろされた剣が空を斬り、彼が座っていた地面を叩く。

 土が跳ねた。


 紙一重で避けたテオはじろりと男を睨んだ。


「なぜ、おれを?」


 若い騎士はにやりと笑った。

 その黒い瞳の奥にオストワルドと同じものを見いだし、俺は身の毛がよだつ。


「あなたが、父の仇だからですよ」


 ぺろりと舌で唇をなめる姿が爬虫類のそれと重なり、ますます嫌悪感がつのる。


 この男、普通にしていたらそれなりの美丈夫だというのに。


「おれが?」


「公式発表ではそちらの元王太子殿下が捕らえたことになっていますが、それは事実ではない。父を絞首台におくったのはあなただ、テオドシウス・アルモーフィ」


 白くて長い指でテオを指し示す。


「たしかに、おれがオストワルドを見つけ、捕らえた。だが、おまえの狙いは王族じゃないのか?」


 会話しながらも間合いをはかり、じりじりと移動する2人。


 戦場であまたの戦闘を経験した俺ですら、この場の緊迫した空気に冷や汗が流れる。


「私の目的は憎い仇であるあなたを殺すこと。それ以外に興味はありません」


 若い騎士は感情のない声で淡々と語る。


「いささかしゃべりすぎたようです」

 若い騎士が剣を構えた。


 将来を有望視されていただけに、男の構えはなかなかのものだった。

 その才能を仇討ちではなく別のものに向けることができていたら、彼はすばらしい騎士になれたにちがいない。


「なめんなよ、若造」


 テオが腰にさしていた大剣を鞘から抜く。

 抜いただけで構えはしない。


 テオの黒曜石のような両眼が炯々と光り輝く。それは先刻と別人のような迫力で若い騎士の剣の構えを凝視している。


 かつてのテオと寸分たがわぬ眼光は、奴がいまだ剣を持つのにふさわしい傑物であることを物語っていた。


 職を辞することを許したのは、早計であった。


 オストワルドの息子の顔から、さっと血の気がひいた。

 どうやらテオがただ者ではないと認めたのだろう。


 だが、一度抜いた剣はもうおさめることはできぬ。


 騎士が間合いを詰め、一気にテオに斬りかかる。

 それをよんでいたのか、テオは片手で持った大剣で騎士の渾身の力をこめた剣を弾いた。


「なっ…」


 騎士の体の均衡が崩れた。

 彼の眼にうつるは、戦慄と恐慌。


 はじめから勝負はついていた。


 いくつもの死線を潜り抜けてきた化け物のような男に剣を向けることは、自ら命を絶つも同じことだ。


 体勢をたて直そうとした騎士の体を、テオは振り上げたままの大剣を素早く動かし横に薙(な)いだ。


 鎧ごと腹部を横一文字に斬られ、その場に両膝をつく騎士。


 腹からおびただしい量の血が流れ、足元の地面に吸いとられていく。

 騎士の顔面は蒼白で、大きく開けられた口からも血が溢れ出している。


 だれが見ても、もう、助からない。


 テオは無表情で騎士のその姿を見下ろすと、ぶんと大剣を一振りし刃についた血液を飛ばし、鞘におさめた。

 流れるような一連の動作。


 ああ、こいつは何もかわっていない。


 ひとを斬ることに、なんのためらいもない。


 普段の姿からは想像もつかないだけに、敵は油断するのだ。


「お…父さ、ま…」


 焦点の定まらぬ眼で、ごぽごぽと血を吐き出しながら騎士は途切れとぎれに言葉を紡ぐ。


「おそばに…まいります…とも、に…女神フィアーナ様の、御元(おんもと)へ…」


「逝けるわけ、ないだろうが」


 テオが吐き捨てるように言った。


 女神フィアーナとは、リューディガー教の主神で“輝く”という意味の全能神である。


 ひとが死んだとき、その魂に穢れがなければフィアーナの元に逝けるというのが聖典のなかに書かれている。


「おまえもおまえの親父も逝く先は地獄に決まってるだろう」


 騎士の眼にわずかだけ光が戻りテオのほうを見たようだったが、それも一瞬のことで、その体がぐらりと前後に大きく揺れたかと思うと。

 そのままうつ伏せに倒れた。


 久しぶりに嗅いだ、むせかえるような血のにおいに俺は顔をしかめる。


 こと切れたようだ。


「テオ…」


 いつものことだ。

 ひとを斬った直後のテオは、全身を黒い空気のようなものが包み、なんとも言い難い負の熱量に満ちみちている。


「人殺しはもれなく地獄に逝くんだよ。…おれもな」


 だれともなしに呟く。


 そこへ。


 がさがさとだれかが草を踏んでやってきた。


 思わず持っていた剣を構え直す。


「失礼しま…レオン!?」


 やってきた男も鉄紺騎士団の騎士だった。


 男は、血溜まりのなかに転がっている骸を見てぎょっとした顔になり、思わず口許を手でおさえた。


「何か用か?」


 テオが冷たい視線を男に向けた。


「こ、これは一体…?」


「何か用かと訊いている」


 感情のこもらぬかたい声で、テオが騎士に問うた。


 騎士はレオンと呼んだ同僚の無残な死体に眼を奪われたまま。


「実は、このレオンから聞いたのですが…ロシュミット辺境伯のご身内のノアザ様に恋慕している者が、自分の想いを伝えるために強行手段に出ようとしているとか」


「ノアザ!?」


 騎士の回答にテオが血相をかえる。


 もう、残酷さは微塵も感じられない。

 瞬く間に意識がこちらに戻ってきたようだ。


 俺は内心、情報をもたらしたこの騎士に感謝した。


「ノアザがどうしたっ!」


 感情むき出しで騎士に迫るテオ。


 こんなに取り乱すこいつを見るのは初めてだ。


「その者は、ノアザ様の純朴で飾らないお姿に心奪われたと申しておりまして…もし間違いなど起こしたりしようものならどのような沙汰になるか私には想像もつかないゆえ、ご報告にまいりました」


 騎士は俺にむかって頭を下げ、指示を待った。


 ノアザという者が俺の客だと思っているようだ。

 だが、たしかロシュミットの身内と称して城に招き入れたのは…


「陛下っ、失礼します!」


 俺の返事も待たないまま、テオが駆け出す。

 繋いである自分の馬のところに行ったのだ。


 幸い、ここからだと馬を飛ばせばすぐに城へ帰ることができるだろう。


 他人に無関心で物事に執着せず、いつも達観していたあのテオが、あんなに焦燥感をあらわにして。


 そこまで奴の心を虜にしたノアザという者に、一度会ってみたいものだ。


「その者」


「はっ!」


 騎士は俺に向かって片膝をつき、こうべを垂れた。


「そのレオンとか申す騎士は俺の命をおびやかした反逆者だ。よってその場で斬り捨てた。死体は弔う必要はない、このまま棄ておけ」


「は、はい」


「視察は中止だ。俺たちも城へ戻るぞ」


 オストワルドの息子を始末したのだ。作戦は終了し、速やかに帰還する。


「り、了解しました。みなに伝えます」


 騎士が立ち上がり、きびすを返す。


 立ち去るときに、ちらりと死体に一瞥をくれた。


 事情を何も知らない同僚なのだろう。

 死体を持ち帰られないのであれば、せめて埋めてやりたいとでも考えているのかもしれない。


 あの騎士の顔には見覚えがある。


 ルクレール伯爵のところの自慢の息子だ。

 名前はたしか…ジラルドだったか。


 どことなくテオに雰囲気が似ているというので覚えていた。



騎士3人組のうちの1人をオストワルドの息子にしようと考えていましたが…ばればれでしたね(汗)


ノアザのピンチに間に合うのかおっさん!

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