あらしのなかへ
なにから訊いていいのか、わたしは迷った。
なにも知らなさすぎて。
叔父…テオはわたしが口を開くのを静かに待っている。
部屋のなかをやんわり明るくしているのは光を発する魔法石。
その明かりに照らされたテオの穏やかな微笑み。
その顔を見ているだけで胸がいっぱいになり、頭が思考を停止してしまう。
訊かなきゃ…
どんどんどんどん!
わたしたちを優しく包む静寂をやぶったのは、荒々しく玄関のドアをノックする音だった。
外から叩きながら、誰かがなにか言っている。
得体のしれない何者かの出現に、恐ろしくなったわたしは、椅子から立ち上がったテオに抱きついた。
テオはわたしを抱き締め、頭を撫でてくれる。
わたしを落ち着かせるためだろう。
けれど、わたしの体の震えは止まらない。
あんなにドアを乱暴に叩くのは誰。
荷物を届けてくれる若い男のひとは、夜には来ない。
だって、徒歩だから。
季節は冬と春の境で、まだまだ地面には雪が積もっている。
月も出ていない夜更け、闇に支配された森の奥へ足を踏み入れようとするものの正体は、一体なんなのか。
わたしが恐怖で身を縮こまらせているので、テオはわたしを抱いたまま玄関へと歩をすすめた。
激しいノックは鳴りやまず。
「なにか用か?」
わたしがこんなに怖がっているというのに、テオのこののんびりとした対応。信じられない。
テオがドア越しに声をかけたからだろうか。叩き壊さんばかりに激しかったノックの音がぴたりとやんだ。
「いま開ける」
わたしが「やめて」と言うまえに、テオはさっさと玄関ドアを開けた。
思わず顔を両手でおおう。
どんな恐ろしい怪物が現れるのか、まともに見る勇気などない。
「アルモーフィ殿」
男のひとの声。
わたしの前方から聞こえる。
と、いうことは。
恐るおそる顔から手を離し、頭を上げて声がしたほうを見た。
そこには、黒っぽくて分厚い防寒用のコートを着た、年配の男のひとが立っている。
その男のひとの斜めうしろに、もう一人。こちらも男のひとのようだ。
明るい部屋のなかからはよく見えない。
「入っても構わんか?」
年配の男のひとの問いに、テオは無言で頷くとわたしの体ごと横へずれ、彼らが入れるように移動する。
2人はなかに入るとコートを脱ぎ、コート掛けにかける。
どちらもコートの色は濃紺だった。2人とも同じものを着ているのは、どういうわけだろう。
テオはわたしを窓近くの椅子に座らせると、男のひとたちにはテーブルの席をすすめる。
それにしたがい、2人が席につくと、テオもテーブルの椅子に腰をおろした。
「なにか用か?」
伯母をまえにしたときのような不機嫌さだ。
テオにとってこの2人は、招かれざる客なのだろう。
「アルモーフィ殿」
年配の男のひとがテオに話しかける。
アルモーフィ?
テオのこと?
「まずは名乗るべきだろう」
テオの言葉に年配の男のひとがはっと顔色をかえた。
「失礼した。私はバートラム・ブラナーと申すもの。呼び名はバートだ」
テーブルに両手をついて頭を下げる。
年齢は50をいくつか過ぎたというところだろうか。短く刈り込まれた頭髪は見事な白髪。茶色の眼光はするどく、若いときはなかなかの美青年だったのでは。
背はあまり高くはないけれど、背筋が伸び、立ち居振舞いも礼儀正しい。からだも鍛えられているのが、服のうえからでもわかった。
「僕は…アーレンダール・レビンソン…アーレンと呼んでください…」
小さい声で、そう名乗ったのは隣に座った年の若い男のひと。
ブラナーさんとは対照的に猫背ぎみで、少しおどおどしていた。
くすんだ金の髪は無理やりうしろでひとまとめに括っている。
表情はいまにも泣き出しそうだ。
「そこに座ってるのはノアザ・カリオン」
テオが視線をわたしにむけた。ブラナーさんとレビンソンさんがこちらを見たので、おじぎをする。
2人とも、頭を下げてくれた。
「アルモーフィ殿」
ブラナーさんが再びテオに向き直る。レビンソンさんは口許を引き締めた。
「貴殿に召還命令が出たので迎えにまいった。支度をしてくだされ」
しょうかん、めいれい?
わたしは首をかしげる。
「重要度は?」
訊き返すテオの声には感情がない。
「“グレード5”の最優先です」
答えたのはレビンソンさん。緊張しているのか、声がかたい。
「5か…それで血相かえて飛んできたのか」
3人の会話についていけない…意味のわからない単語でいっぱい。
ただ、ブラナーさんとレビンソンさんの様子から、なにかよくないことが起こっているということはわかった。
「詳しい話はまたあとで。とにかくいまは早く王都へ戻っていただきたい」
「陛下も…アルカディウス様も…待っておいでです…」
はきはきとしゃべるブラナーさん。ぼそぼそつけ加えるレビンソンさん。
「わざわざおれを呼び戻さなくとも、王宮には立派な団員たちがいるだろう」
ぼさぼさの頭をわしゃわしゃと掻く。テオは顔には出さないが、迷っている。
頭を掻くのは、困ったり迷ったりしたときにする癖。
「陛下直々の召還命令ですぞ。断れないことは、貴殿もよく知っておろう」
「…わかったよ」
テオが立ち上がり、完全に話からおいてけぼりのわたしのところへ来た。
「ノアザ、森の暮らしに慣れてきただろうときにすまないが、でかけるぞ」
「え?」
わたしは訊き返した。
「国王からの召還命令は絶対なんだ。断ると不敬罪で捕まる。そうなったら裁判もなんもなしで牢獄行きだ」
テオは膝を床につき、わたしの目線に合わせてくれている。
「おまえひとりこんなところに残してはいけない。一緒に来てくれ」
「あの…話が全然わからなくて」
テオが王都へ行くのわかったけれど、それ以外のことはちんぷんかんぷんだ。
「いまは急いでいるらしい。落ち着いたらきちんと話す。おれだってなにが起こってるのかわからない」
テオは安心させるようにわたしの頬に手で触れると
「おまえのことは、おれがまもる」
ああ。
なんだか大変なことに巻き込まれそうな予感。
けれど。
わたしにはテオがいるから。
「わかった」
わたしは大きく頷いた。
テオたちの会話がわかりづらくてすみません。ノアザと同じ気持ちで読んでいただきたくて。
もちろんテオの口からきちんと説明させますので、しばしお待ちください。