悔恨[テオ視点]
王宮に来て10日め。
捜査は難航していた。
オストワルドの忘れ形見の手がかりがまったく掴めなかったのだ。
彼が籍をおいていたリューディガー教教会本部に問い合わせたが、知らぬ存ぜぬの一点張りで話にならなかった。
オストワルド自体も教会の歴史からなかったことにされているらしい。
優秀な司教だったときく。
信仰の大切さを説き、迷えるひとをたくさん導いていた。
どうして狂ったのか。
枢機卿という地位のせいか。
教会という狭い社会では満足できなかったのか。
己自身、神になろうとしたのか。
処刑されるそのときも。
奴はなにも語ろうとはしなかった。
衆人環視のなか、オストワルドは処刑台にしっかりとした足取りであがり、余裕の表情で周りを見渡した。
おれの姿を目にとめると、奴は、薄い唇をゆがめて微笑んだ。
思い出すだけで、いまでも寒気がする。
奴は、死をおそれてはいなかった。
輪になった太いロープを掴み、自らそこに首を入れ、足場が落ちる瞬間を待つ。
終始、無言。
やがて、処刑人が職務を遂行した。
首を吊られたオストワルドの体の痙攣がとまり、広場中が歓声に包まれてようやく。
戦争が終わったのだ、と肩から力が抜けた。
奴の息子はそのときいくつだったのだろう。
その光景をみたのだろうか。
どうすれば、息子に近付くことができる?
自分の不甲斐なさを痛感し、気持ちが沈む。
ノアザに会えないのも落ち込みに追いうちをかけている。
会いたいのに、この任務が終わるまでは会えない。
会えないから、欲求不満がたまる。
不満がたまると、作業効率が落ちる。
効率が落ちると任務に時間がかかる。
任務がなかなか終わらないから、会えない。
なんたる悪循環。
「テオ!」
名前を呼ばれ、おれは顔をあげた。
いまいるのは近衛騎士団団員宿舎の前の小さな庭。
ベンチが置いてあるので昼間は大抵ここで過ごす。
調べさせている密偵の情報を待っているのだが。
周りからはただの暇人に見えているようだ。
まあ、それも狙いのひとつではある。
「こんにちは」
そして、その暇人のところに毎日通ってくる人間がいる。
王女エルフリーデ。
おれが知っているのは12歳の少女だった彼女で。
いま、目の前にいるこの完璧な美人と結び付かずに困っている。
「今日も暇そうね」
にこりと笑うと大輪の花が咲いたようだ。
彼女はおれの隣に座り、親しげに話しはじめる。
一国の王女ともあろうお方がこんなところへ護衛の一人もつけずにやってきて、大丈夫なのか?
そもそも、倍近く年の離れたおっさんとの会話は楽しいのか?
おれは適当に相づちをうってるだけだし。
「今日も中庭に行かない? こんなところで座ってるだけじゃ、体がなまるわよ」
エルフリーデは立ち上がりおれの腕を両手で掴むと、引っ張りあげようとした。
彼女の細腕じゃ、びくともしないのだが。
おれはそれに合わせてゆっくりと立ち上がる。
エルフリーデはなぜか嬉しそうだ。
むかしはよく遊んでやったから、いまでも“頼れるお兄さん”とでも思ってくれているのだろう。
このところ、エルフリーデといることが多い。
一応表向きは王子たちの剣術指南役として雇われていることになっているので、毎日少しの時間は彼らの修練に付き合う。
だがそれ以外の日中は。
王女につきまとわれている。
父親である国王はなにもいわないのか。
オストワルドの息子が襲ってきたらどうするつもりなのだ。
おれひとりで対応しろということなのか。
おれのことを過信してもらっちゃ困る。
中庭でも、エルフリーデは楽しそうにおれの隣を歩いている。
おれの頭のなかは相変わらずノアザのことが大半を占めていた。
この中庭で2人っきりで愛を語り合いたい。
こっそり、愛のある行為もしたい。
おっさんの妄想は止まらない。
談話室の近くまで来て、ふとそこの窓のほうを見やると、妄想ではない本物のノアザの姿があった。
ノアザは、騎士らしき男2人と円卓を挟んで向かい合って座っている。
幸い、中庭と談話室をつなぐ出入り口の役目もある大きな窓は開け放たれていて、3人の声が風に乗ってかろうじてここまできこえてきた。
「王宮は初めて?」
軽薄そうな優男に問われ、うなずくノアザ。
こちらからだと背中しか見えない。顔が見たい。悔しい。
「どうしてキミみたいな若い女性がたったひとりで王宮へ? お城は安全だけど、道中は危なかったでしょ?」
童顔の男がそう言った。
まずい…!
ノアザに近寄る奴のことを想定していなかった。
ノアザの立場は辺境伯の身内ということにしておいたが、そのほかのことは全然決めていなかったのだ。
案の定、ノアザは言葉につまった。
当然のことだ。
あいつはまだ15歳なんだ。
うまい切り返しなんてとっさに思いつくはずがない。
そう思ったら、体が勝手に動いていた。
「おれが同行してきたのだ」
ノアザの背中越しに、男たちに向かって。
兄上との約束を破ったが、後悔はない。
必ずまもると、おれはノアザと約束したから。
「アルモーフィ様」
男たちが同時におれの姓を口にした。
おれはどうやら有名人らしい。
「ちょうど同じ時期に登城すると辺境伯から聞いて、それならと護衛も兼ねて共に来た。道中特に危険はなかったが」
真っ赤な嘘だが流暢に話すとなかなか信憑性がある。
椅子に座ったまま動かないノアザの横を通り抜け、おれは軽薄男の隣にわざと立ってやる。
男が緊張し、体を強張らせたのがわかった。
おれの名前を知っているということは、おれの過去も知っているということだから。
軽薄男に威圧的な視線をおくってやる。
ようやく、ノアザがおれの顔を見た。
安堵の表情を顔に浮かべている。
おれの姿を見て安心したか。
10日ぶりに会ったノアザは、心なしか少し痩せたような。
おれの気のせいか?
気にはなったが、いま、ノアザに訊くわけにもいかず。
「そうだったのですか。アルモーフィ様がついていらっしゃったのであれば、なんの心配もいりませんね」
軽薄男の顔から笑みが消えている。
もちろんおれが不機嫌な顔で睨んでるからだ。
「ほかに彼女に訊きたいことはあるか?」
思いっきり低い声で脅してやったら、2人の男は顔を互いに見合わせ、慌てて椅子から立ち上がると
「また、いずれ」
そう言って逃げるように談話室から出ていった。
ノアザはしばらく去っていく2人の後ろ姿をじっと見つめていたが、やがてほっと小さく息を吐き出す。
神経を張りつめていたようだ。
かわいそうに。
ノアザをここまで追い詰めたあいつらが許せない。
もっといたぶってやればよかった。
表情のゆるんだノアザがおれを見上げ、なにかを言おうと口を開きかけたとき。
「急に早足になったから、どうしたのかと思ったわ」
ああすっかり忘れていた。
おれはエルフリーデと散歩の途中だったのだ。
ノアザが再び体をかたくする。
エルフリーデがおれの隣に移動してきた。
「こんないたいけな女の子に騎士が2人でよってたかって。大丈夫? こわかったでしょう?」
ノアザは黙ってうつむいたままだ。
そりゃ、そうだよな。
王女様に話しかけられて、緊張しないわけがない。
「いまだに動けないほどこわい思いをしたのね。テオ、あの騎士たちの名前はわかる?」
エルフリーデに問われ。
「さあ。紺色の軍服からして、鉄紺(てつこん)騎士団所属の者かと。名前まではわかりません」
かつて、おれも所属していた鉄紺騎士団。
その名が示すように、団員の服装も鎧もすべて鉄紺色で揃えられている。
「鉄紺騎士団の団長の耳に入れておいてちょうだい。2人がかりで女の子いじめるなんて、最低」
おれたちのやりとりのあいだも、ノアザはずっとうつむいたままだった。
「了解しました」
エルフリーデにむかって頭を下げる。
「た、助けてい、いただき、あ…ありがとうござい、ました…」
ノアザがうつむいたまま、震える声を発した。
エルフリーデに対してなのか、よそよそしくきこえる。
ノアザは体を震わせたままなんとか立ち上がると、おれたちにむかって深々とおじぎをした。
「ありがとう、ございました…王女さま、アルモーフィさま…」
自分の耳を疑う。
いま、ノアザは、なんと?
なんとおれのことを呼んだ?
頭をあげたノアザと一瞬目が合うが、すぐにむこうからそらされてしまう。
そしてノアザはそのまま一度もおれを見ることなく、部屋を出ていった。
「どうしたの、テオ。顔が真っ青だけど」
エルフリーデがおれの顔をのぞきこんだ。
ノアザはおれをアルモーフィさまと呼んだ。
なぜ?
エルフリーデのまえだから?
最後に目が合ったとき。
ノアザは涙を流さずに、泣いていた。
おれは
おれ、は
どうしたらいいんだ。
兄上の言うこときいた結果がこれだよ!(テオ談)




