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国王と宰相[テオ視点]

 黒髪黒眼の端正な顔立ちをした男が玉座に座っている。


「ご苦労であった。団長」


 玉座の間。


 王都テレジアにある王宮は全体的に簡素なつくりだ。

 見た目より機能性を重視してのことらしい。

 だから、魔力の流れを『みる』ことのできる魔導師なんかがみれば、この城中に蜘蛛の糸のように張り巡らされた鉄壁の防御魔法に目をむくことだろう。

 この城には、国王に対し危害を加えようとする者は侵入できない。


 国王にねぎらいの言葉をかけられ、恐縮したように頭を下げるブラナー。


「遅くなりまして、申し訳ございません」


 ブラナーの返答に、レビンソンの体が震えた。


 帰城が遅れたのは、自分の魔力が足りなかったからだとでも思っているのだろう。


 責任感が強いのか、小心者なのか。

 あるいはその両方か。


「レビンソン、そなたも事務官でありながら、よく皆をここまで導いてくれた。礼を言うぞ」


 さすが賢王と名高いアウグスティン。レビンソンへの細やかな気遣いも忘れない。


 レビンソンの体の震えがぴたりと止まった。


「あ、ありがたきお言葉…」


 どもってはいるものの、落ち込んでいる様子はない。


 国王は、最後におれに目をむける。


 おれは3人のなかで一番後ろに立っていた。


「久し振りだな、テオ」


 国王に声をかけられたというのに返事をしないおれをいぶかしげに見る近衛騎士団団長と事務官。


 この玉座の間には、国王とおれたち3人、そして宰相の5人しかいない。

 この部屋の外には近衛騎士たちが大勢警備をかためている。


 おれは無言で国王とその隣に仕えている宰相を見つめた。


「元気そうでなによりだ。戻ってきてくれて嬉しいよ」


 宰相がにっこりと笑う。


 国王と同い年のこの男は、虫も殺せないような温和な顔をしているが、実際は違う。


 ひとたび戦争となれば、刃向かう相手に対し非情な作戦を遂行する冷徹な指揮官へと変貌する。

 敵には容赦ないが、身内にはめっぽう甘いのが欠点といえば欠点か。


「無理矢理だろうが」


「いまの姿は、なんだか熊みたいだ。すごい笑える」


 そして、ひとの話を全然聞かない。


「で。おれを召還した用件は?」


 話にならない宰相は放っておき、まだ少しはまともだろう国王に問うた。


「うわあ、ガン無視」


 うるさい、黙れ。

 おまえの笑顔はむかしから必ずウラがあるんだ。


「アルカディウス、そのへんでやめておけ」


 長年の付き合いの国王に注意され、宰相アルカディウスはやっと笑いをひっこめた。


「久し振りに会えて嬉しかったのは本心だ。からかったことは謝る」


 でも本当に熊みたいだね、と余計な一言は忘れない。


 謝る気、ないだろ。


 軽蔑しきったおれの視線に、アルカディウスはこほんとわざとらしく咳払いをして、ようやく本題に入った。


「宗教戦争は覚えてるよね?」


 玉座の間の空気が凍る。


 アルカディウスは何気なく話しているつもりだろうが、緊張しているのが声からわかる。


 宗教戦争―――バルタザル全国民のうち、知らないのは赤子ぐらいなものだ。

 国内のロースクールでは必ず習うし、大人たちも子どもに語り継ぐ。


 ある一定以上の年齢の者たちにとっては、“忘れたくても覚えている”戦争だ。


 その名のとおり、宗教が絡んだ戦争で、バルタザル国内で起こった内紛ではかなりの規模になる。

 死傷者も多数でた。


 戦争は始まってから6年かけてようやく終結し、首謀者の処刑によって幕を閉じる。


 あれから17年。


「もう終わったはずだ。残党も、ほとんど捕まっただろう」


 終わったと、思いたかった。

 あんな地獄絵図、二度と思い出したくもない。


「まだ、残ってるみたいなんだよ」


 アルカディウスはちらりと国王のほうを見た。

 国王の顔は、心なしか青ざめている。


「目星はついているのか?」


 23年前、首謀者が願ったのは王族の根絶やしと国の権力を握ること。


 では、今回は?


「密偵に色々探らせているんだけど、いまのところ敵の正体は特定できていない」


 アルカディウスは肩をすくめて首を横に振った。


「やつらの目的は? 実際になにかあったから、わざわざおれを呼んだんだろう?」


「王子、王女が狙われた」


 答えたのは、ブラナーだった。


「敵は、この城の防御魔法の盲点を突いてきたのだ」


 宗教戦争終結後、国内にいる上級の魔導師たちが研究を重ねて編み出した超強力な防御魔法。

 城全体をカバーするのと引きかえに、守護対象者を国王一人に限定せざるを得なかった、苦渋の選択。


「陛下は安全なのです。しかし…陛下以外の王族のかたがたをまもる術が…なくて…」


 レビンソンが唇を噛む。


「おまえしかいないんだよ、テオ」


 アルカディウスがおれに近付いてきた。

 いつの間にか笑顔は消え、真剣な面持ちになっている。


「この場にいる者以外、だれも信用できない」


 おれは、自分がとてつもなく面倒なことに巻き込まれたことを知った。


「この中で自由に動けるのはおまえだけだ。他の4人はそれぞれ仕事があるからね。それに…」


 アルカディウスの言葉の最後を国王が引き取った。


「おまえの強さは、俺が一番よく知っている」


 おれに対しては、口調がむかしのままだ。

 そう、国王というよりは…


「ともに戦ったのだからな」


 おれが所属していた部隊の上司だったのだ。そのときはまだ王太子と呼ばれていたが。


 だから、無茶な命令も断れない。


 今回ここに戻ったのは、国王からの召還命令があったからなのだが、もしこれがアウグスティンからでなければ。

 おれは、間違いなく逃げただろう。


「確かにひまな身だが…退役したはずのおれが急に王宮に戻って不審に思われないか?」


「そこらへんにぬかりはないよ」


 アルカディウスがにんまりと笑う。


 不気味に笑うなと言ってやりたいが、話の腰を折るようなことはしない。


「表向きは王子たちの剣術指南役として働いてもらうから。なにか情報を掴んだら、逐一私に報告してね」


 アウグスティンからの頼みならおれが決して断れないことを見越してすべて計画されていたことだったらしい。


 おれは力なく笑った。


「あと、身なりはきちんとすること。王子たちに接するんだからね。王宮に戻ったんだから、自分の立場を思い出して」


 はいはい。

 わかりました。


 おれは頭をわしゃわしゃかいた。


「りょーかいしました、兄上殿」


 4歳上の兄、アルカディウス・アルモーフィにも、おれは結局逆らうことができないのだ。

 いまではおれのほうがあたまひとつ大きいのに。


 幼い頃からの刷り込みはおそろしい。



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