あらしのまえ
《前作のあらすじ》
15歳のノアザという少女が、父親ほど年の離れた熊のような叔父のことを好きになり、ほどなくして両思いになる。
あらすじで書くと、内容うすいですね…(泣)
今回も私のシュミ全開ですが、お付き合いいただけたら幸いです。
ぱちん、と暖炉の薪がはぜた。
季節はもうすぐ春だというのに、まだまだ寒い日が続く。
1年の3分の1を冬が占め、残りの3分の2の季節が春夏秋。年間通じて涼しいこの国では、夏であっても薄手の長袖シャツで過ごせたりする。
わたしは居間でホットミルクを飲みながらくつろいでいた。
時刻は夜。もう少ししたらベッドへ入る時間である。
叔父はいま入浴中だ。
お風呂の順番は常にわたしが先。というか叔父はわたしに対して過保護ではないかと思う。
わたしが毎日していることは掃除くらいだ。しかもほうきで床を掃くのみ。雑巾がけは手が荒れるのでしなくてよいとのこと。
食事はわたしより先に食べない。支度ができたら必ず呼びにくる。
呼ぶといっても、わたしが自室にいるときは外からドアをノックして一声かけるだけだ。
わたしの身につけるものについても気を配ってくれている。
服などは以前伯母と暮らしていたときのものを着ているが、防寒用の上着やコート、厚手の手袋やブーツは新しく買ってもらった。
森の生活にはもったいないくらい、質の良いものばかりで、わたしのほうが気を遣った。
基本的に叔父は、無口である。
必要なときにはそれなりにしゃべっていたので、話すのが苦手というわけではないのだろうけれど。
居間で一緒にいても、こちらから話しかけでもしないかぎり、めったに口を開くことはない。
わたしは口下手で、気持ちをうまく言葉で表現できない。でも、叔父の声がききたくて一生懸命話しかける。
叔父の低い声が、好き。
笑顔で応えてくれるのも、好き。
結局、わたし自身、甘やかされているいまの状況が大変気にいってしまっている。
いつも引き合いに出して申し訳ないけれど、伯母との生活では、情らしきものはまったくなかった。
すべて義務。
わたしをロースクールに通わせることが伯母にとっての仕事だったのだから、仕方のないことなのかもしれない。
でも。
10年も一緒に暮らしたのに。
伯母には常識は通用しないのかもしれない。
そうこうしているうちに、叔父がお風呂から上がり、居間へとやってきた。
濡れた頭をタオルでごしごしと乱暴にこすりながら。
そういう何気ない姿も好きである。
わたしの恋の病は重症なのだ。
初恋でもあるし。
「叔父さん…」
「ん?」
タオルを首にかけ、叔父はわたしの隣の椅子に座る。
「どうした? むずかしい顔して」
わたしの眉間を叔父が人指し指でなぞる。
「しわが寄ってる」
叔父に触れられたところが熱をもち、そこを中心にどんどんひろがり。
あっという間に、わたしは顔が真っ赤になった。
「可愛いなあ、ノアザは」
目を細めて、笑う。
その笑顔は。
叔父が姪に対するものではなくて。
彼がわたしに向けた、それは。
ほんの少しだけれど、確実に、情欲がこめられていて。
「ノアザ…」
叔父が顔を寄せてきたので目を閉じる。
キスは…慣れないけれど、慣れた。
叔父はおとなの男性だから、多分、もっとすごいキスやそれ以上のことも知ってる。
経験だってしてると思う。
けれどわたしには、優しいキスしかしない。
それは、わたしのことをとても大切にしているから。
未成年のうちは、絶対に手は出さない。叔父は真剣な顔でそう言ったのだ。
「叔父さん…」
唇が離れ、わたしは叔父の顔を見つめた。
「テオ、だ」
テ、オ、とわたしは声に出さずに唇だけ動かす。
「おれのなまえだよ。呼んでみな」
「テオ…」
どうしよう。いますっごく恥ずかしいんですけど。
叔父さんのこと、いきなり呼び捨てにしちゃうし。
でも、いままで名前のことなんか、全然気にしてなかった。
わたしは、疎いのだろうか。
叔父のことをなにも知らないのに、普通にいままで過ごしてきた。
「叔父さ…テオ」
「なんだ?」
「テオのことが、知りたい」
もう、はぐらかされたくない。
叔父…テオは、驚いたように数度まばたきをしたあと、わたしの真剣なまなざしを見てほぅっと一息つくと。
「なにを知りたい?」
答えてくれる気になったようだ。