文化祭二日目
なんだこの量。
未だかつてない量に自分でもびっくりだ
「あ、ミソラー! こっち!」
「ん? おう、待たせた」
北崎、鳴神に椎名と合流する。
「椎名は生徒会大丈夫なのか?」
「ん、便利な副会長に頼んできた。まあ最も、流石に生徒会だって一生徒だからね。回ったりも出来るわ」
「なるほどな」
「まあ見回りも兼ねてよ」
という事は椎名も時間的制約はないのか。
「さってじゃ、なんかキリアいないけど行こっか。キリアには私から後でプレゼントをくれてやるとしよう」
「や、俺も喰らうからそれはやめてくんない?」
多分プレゼントとは目覚ましだろう。
「んー? しょうがないなぁー。じゃミソラも込みで」
「酷くない!?」
「早く行こうよー。ライカもそんなのほっといてさぁ」
椎名が呆れたように嘆息する。
「そんなのって何だよ……」
「ではっ! いっきましょうかー!」
学園祭二日目。北崎の先導によって始まった。
「うぉぉ! ミソラ! これやろうぜ! つかみんなでやろうぜ!」
「お前はしゃぎすぎだろ。テンション高いなー」
「まあ好きだしね! こういうお祭り騒ぎは!」
お前ぐらいだけどな。騒いでんの。
「ほらほら。ミソラもライカもあまりはしゃがないでよね。迷惑になるでしょ」
「なあ、なんで毎回毎回俺も犯人に入ってるんだ? どう考えてもおかしいだろ」
「些細なことにいちいち首突っ込むのねーミソラは」
「お前なぁ……」
「……あ」
今まで大人しくしていた鳴神が声を上げる。
「どした?」
「……何でもない」
少し目を伏せて答える。何か見つけたのだろうか。
「そうか……。鳴神は何か見てみたいのはないのか?」
「……案内、見せて」
「ん? おう」
そう言って持っていたパンフレットを鳴神に渡す。
しばらく思案顔して目を通し、こちらに返してから言った。
「……特にない」
ですよねー。
何となく想像通りの返答に苦笑いしながら、北崎達の方に顔を向ける。どうやらどこに行くか決めているらしい。
「どこに行くかは決まったのか?」
「んー? おうともさ! やっぱ文化祭っていったらこれっしょ!」
そう言ってパンフレットのある項目を指差して見せる。
「……お化け屋敷……」
普通だった。や、まあ確かに定番とも言えるほどメジャーだが。
「つーわけでレッツゴーだ!」
「結局お前に引っ張り回される訳か……」
「……で、どうやって組み分けするんだ?」
「あ、そっか。こういうのって普通二人一組か。じゃ、ミソラ。私達全員と回れば?」
なにその斬新な組み分け。
「俺に三回も回れと?」
「まあそうなるね。だってさぁーこーんなのに、女二人とか悲しいぜ? 男一人も悲しいけど」
「同じの三回も回るのも悲しいんだが」
「あ、そこは別のにするからだいじ」
「用意周到だなぁオイ! つか、そんなの誰も賛成しないだろ!」
「私いいけど?」
即答する北崎。
「ミソラが怖がる所見てみたいわね」
挑発的な笑みを浮かべて椎名。
「……だったら私も」
鳴神。……え? 何? 新しいイジメ?
「俺は……」
「さぁ行こう! まず誰からにする?」
「そうねぇ。まずはライカでいいんじゃない?」
「……賛成」
「あのー……俺は……」
やっぱり無視か……。泣きてぇ。
で、そのまま北崎が一番になって、俺の意見はオールスルーで連れ込まれた。
「なんで俺は……」
「押しが足りないんじゃない?」
「お前が言えたことか!」
ライトを片手に北崎と進んでいく。
「おー! ミソラこえー! やっぱ文化祭っていったらこれだねー!」
「お前はどんな状況でも楽しめるんだな……」
出てくるお化け役の生徒に挨拶してみたり、セットにいちいちリアクションとったりと、やりたい放題だ。今の北崎、多分止められない。誰にも。
「お前もうちょっと落ち着いたらどうだよ……」
「そりゃ私には一番縁のない言葉だねぇ」
そうですかい。
「ねーミソラーこっち照らしてみー」
「ん?」
北崎が指さした方を照らしてみる。何もない。
「あっれー? やっぱ違うかー」
「何がだ?」
「いやさー。なんか地面に頭っぽいのあったらセットかなぁーと思ったんだけど……違うっぽいねー」
「いやそれホントだったらその頭は……」
「本物?」
「でしょうね」
俺の素っ気ない反応が不満なのか、北崎は少し拗ねたように言った。
「もー。少しは怖がればいいのにー」
「生憎幽霊は信じてないんでな」
「へー。なんで?」
前へ出た北崎がこちらを向いて言う。
「まあ、説明すると長くなっちゃうからいわないが……。幽霊って完全に幻らしいしな」
「ふぅーん……。つまんない奴ー」
「お前が面白すぎるんだろうが」
周囲まで巻き込む辺り。
「私はさー。結構そういうの信じてるんだよねー」
「ん、そうなのか? だったら悪いな。夢壊すような事言っちまって」
「ううん。大丈夫。でもさ、幽霊って確かに幻かも知れないんだよね。触れないとかさ。でも、そういう話は多いでしょ?」
「都市伝説……みたいなもんか?」
「そ。自分じゃ見たこと無いけど、他の誰かが見たり、聞いたり。だから、幻だとしてもその人本人には実際にあったこととして記憶してるんだよね」
北崎が虚空を見つめながら話す。
「あ、ああ……」
いつもの北崎からは想像できないような声に思わずたじろぐ。
「? どしたの? ミソラ」
「いや……なんか、いつものお前じゃないような……」
「酷いなー。私だって年中無休でハイテンションじゃないんだからねー」
「あ、まあそうなんだが……」
「お? そろそろ終わりかな? いやー中々面白かったねぇ!」
「あ、バカ走るなって! つか先行くなよ!」
慌てて北崎を追いかけていった。
「あ、お帰り。意外と早いのね」
「椎名か……。そうだな……早い割に疲れたぞ……」
「さーってさて! お次は誰かなぁー?」
「もう行くのか……」
元気な奴だ。
「じゃあ、私が行くわ。なんかミソラお化け屋敷平気そうだし。代わりに私が怖がらせてあげるわ……」
「いや、訳分かんないから」
「何が? そのままの意味だけど」
脅迫でもする気か。
「はいはい二人とも、早く次の所行くよー!」
「はいはい……」
ダメだ。北崎の体力についていけん。
「情けない声ねー。そんなに疲れたの?」
「ん? いやまあ、精神的にというかむしろ体力的というか……」
「何それ? 変な奴」
椎名が怪訝な顔して言う。ほっとけ……。
「あ! ミソラほらあれ! 次あそこね!」
「……って……」
どうやら次のは二クラス合同制作らしい。先程より広そうだ。
「無駄に力入れてんなぁ……」
『お化け屋敷』なんて血文字のように書かれた看板を見ながら呟く。体力的に疲れそうな予感しかしないんですけど。
「……はぁ……。ま、いいや。おら椎名。行くぞ」
「はいはい。あ、ライトとか持つようならアンタが持ちなさいよ」
「え? いいけど」
何だ。何の伏線だ。
考えていても仕方ないので早速入ってみる事にする。
「……ライトは必要無いみたいだな」
係の人にも渡されなかったし、照明も落としてあるが薄暗く、見えないわけでは無さそうだ。
「中々雰囲気出てるわね」
「ま、そうだな……」
話しながら、迫り来るお化け役の生徒をオールスルーしながら進んでいく。……言っとくが八つ当たりじゃないぞ? 話してるから仕方なくだ。ああ。
「この暗さ……獣人にはキツいわね……」
「へぇー。なんでだ?」
「眠くなるわ……」
獣人って便利だなぁ……。
「じゃ寝てみれば?」
「なんでよ!」
「いや、椎名だったら多分ここのセットになれるぜ。人形的な」
「バカにしていると取っていいのかしら……ッ!」
「いや誉め言葉だと痛い痛い! ちょっ分かった! 悪かったよ!」
腕を雑巾絞りされて慌てて謝る。攻撃方法も子供だな。
「まったく……」
椎名は腕を組んでそっぽを向く。
「悪かったって」
「シッ!」
そう言って椎名は俺の口を押さえる。
……鼻も、一緒に。
「ふがっ! おひひうぃな! ひる! ほれひぬ!(おい椎名! 死ね! これ死ぬ!)」
「え? 昼? まだ早いわよ……ってちょ、くすぐった! アンタしゃべんな!」
「ぐはっ! 誰のせいだと思ってやがる!」
椎名の手から脱出し、即座に抗議する。
「……あーあ。聞こえなくなちゃった」
「……何がだよ」
「猫の鳴き声がしたような気がするんだけど……アンタのせいで聞こえなくなっちゃったじゃない」
「俺のせいじゃないだろ。どうせセットで流してたりするんじゃないのか?」
「それもそうよね……こんな所に猫なんているわけないわよね……」
「ていうかまだ終わらないのかよー。もう疲れたよ俺。お化けも全く出てこないし……って」
あ。そういえばここお化け屋敷だっけ。忘れてた。
「お化け役の人にも悪い事したなぁ……」
ここ上級生の教室だっけ。
「早く行きましょ。ライカ達も待ってるわ」
「へーへー」
先に歩き出した椎名を追いかける。
「まったく……早く――ミソラ! 走りなさい!」
「え? 何で?」
後ろから何か大きなものを転がすような音が……。
「って嘘だろォ!? 殺す気か!」
いつの間にやら大きな玉……っつーか運動会とかで大玉転がしで使うアレそのものが迫っている。
「派手な演出っていうのを越えている!」
スリリング過ぎる! というかやっちゃいけないのを平気でやっている気がする!
「まさか……!」
スルーされまくったから仕返しか! なんて外道な仕返しだ!
椎名と必死になって逃げる。曲がり角を曲がったところで大玉は壁に当たり、動きを止めた。
「ひでぇ……ひでぇよ……」
「……流石に疲れるわ……」
地面にへたり込んで言う椎名。確かに体形的にキツいような気もする。
「立てるか?」
起こすために手を伸ばしたが、椎名はそれを無視して一人で立ち上がる。
「アンタに起こしてもらうほど、へばってないわよ」
「分かったよ……。そろそろ終わりだろうな。距離的にも」
「そう。じゃ早く出ちゃいましょう。こんな疲れるところ」
「お! おっかえりー! ……って、なんで二人ともそんなバテてんのさぁ?」
「いやまあ、いろいろあってな……」
「二度と御免だわ。あんなの」
出て来ると北崎達が待っていた。
「ミソラ、ちっと休憩するかい?」
「マジか。そうしてもらえると有り難い」
「じゃーセイラはミソラが休憩してからにしよっかー」
「……ん」
鳴神が頷くのを確認してから歩き出す。
「休憩ってどうするんだ?」
「ん? そこらの適当に買って食べるなり飲むなりすれば? 流石にお昼はまだいいでしょ?」
「まあそうだな……」
本当は座ったりした方がありがたいのだが、贅沢なことは言えないだろう。北崎の言ったとおり何か買うとしよう。
「じゃあ飲み物でも買ってくるからここで待っててくれるか?」
「りょーかーい」
一旦その場を離れ、近くにないか探してみる。
「意外と必要な時に限ってないんだよなぁ……。あ、あれっぽいな」
適当に目星をつけ、飲み物を買ってから北崎達のもとへ向かう。
「北崎。買ってきたぞ」
「ん? おぉ、おかえりー」
「で? これからどうするの?」
「そうだねー……。ここから少し歩かなきゃだし、移動しながら適当に回ろっか」
「おっけ」
「移動するってどのくらいなんだ?」
「そんな遠くもないよ。歩いて十分くらいかな?」
「ふぅん……ま、そうと決まれば早く行こうぜ」
はいじゃしゅっぱーつ! と言って北崎が歩き出す。俺達も出発することにした。
そして約十分後。俺達はとんでもないものを目撃していた。
「ミソラ、ここ!」
「……うわぁ……」
恐らく長さは椎名の時とさして変わらない。だが、なんというか、次元が違った。装飾が、雰囲気が、既に学園祭というカテゴリを逸している。
「あの……悲鳴すら聞こえないんですが……」
「まあこれ一般企業枠での出店だからね。今までと同じだと思ってると後悔するよ?」
ああ、そう。これ、一般企業さんですか。じゃあ高校生の遊びとは大違いですよね。ええ。
「……面白そう」
「お? セイラこういうの好きなのかい?」
「……ん」
鳴神が頷く。へぇ、鳴神はホラーとか好きなのか。
「なぁ。段々規模が壮大になってる気がするのは俺だけか?」
「奇遇ねミソラ。私も思っていたところよ」
もう、俺は、諦めた。というか、北崎、椎名と来て、鳴神だけ回ってやらないのは失礼な気もする。
「はいじゃ、二人とも行ってらー! あ、ひかりん私達も行こうか! 折角だし!」
「ん? いいわよ別に。ただ待っているのも暇だし」
北崎達も後ろに並ぶ。
「……では、次の方……」
「あ、はい」
「ここは現在二名様までのご案内とさせて頂いております。二名様で宜しいですか?」
「はい。大丈夫です」
「畏まりました。では、奥に進み下さい。会計は終了後となります」
「分かりました」
軽く会釈して鳴神と奥へと進んでいく。
「……そろそろ?」
「じゃないか? っと。この扉を開けば始まりってことか」
『入口』とかかれたノブを回し、開けるとひんやりした空気が流れてくる。
「……おぉ」
やはり、ちゃんとした企業が手がけているだけあって、セットもいままでとは作りが違う。
「……ミソラ」
「ん?」
鳴神が少し先の曲がり角を指差す。
「……あそこを曲がってまず後ろから物音がする」
「へ?」
何を言ってるんだこいつは。
不思議に思いながらも歩みを進める。
「何もねぇか……」
そう言った途端、背後からカタ、と音がした。
「うぉ」
「……そして前を向くと」
前に向き直る。
「……お化け役の人がいる」
なんだ。鳴神はもしかして出るタイミングとかをばらしてるのか。
「……まさか、楽しみってこれのことか?」
「……ふふっ」
あ! 笑った! やっぱそうなんだ! それ脅かし役に失礼じゃないか!?
「お前……」
「……次、約三秒後に右からお化け」
バダンッ 鳴神が言い終わった途端に右からお化けが現れる。
「……壁の向こうから声。そこを曲がるまで。曲がるとお化け」
次々と相手のネタをばらしていく鳴神。やべぇ。つまんねぇ。
「や、あのよ鳴神。別に見計らうのはいいんだが、面白くないんだが」
「?」
小首を傾げて疑問顔の鳴神。
「だから、最初っから相手の手の内が分かってると面白くないからさ」
「……そう」
少し申し訳なさそうに目を伏せる。
「……じゃあ、ミソラには偽情報を教える」
「嫌がらせだろ」
その後、鳴神の偽情報に耐えながら先に進む。
しかし、それだけではなかった。
「……ミソラ。二秒後に上から物」
「本当かよ……ってうぉ」
時々本当の事をいうから厄介だ。
だが当然、鳴神の独壇場もその内終わりが来るわけで。
「……わっ」
予測していなかったのか、壁から現れた……ろくろ首? に驚いて飛び退いた。
…………俺の、方に。
「えっちょ、鳴かぐわっ!」
足をかけ違い、なんかもう、ドサッという効果音がぴったりな音と共に倒れ込む。
「……ってぇな……」
痛みをこらえて目を開ける。
「ちょっと鳴神。目は開けるな」
「……? 何で?」
お前にとって大惨事だからです。
鳴神が倒れ込んできたせいで、目を開けるとすぐ目の前に鳴神の顔があった。
どうしよ。この状況。とりあえず、鳴神を立ち上がらせないと。
「鳴神。そのまま立ち上がれ。マジで」
「……ん」
そう言って鳴神はゆっくりと立ち上がる。
「って痛い痛い痛い! は、腹が!」
「え?」
あ。目開けちゃった。
「「…………」」
しばしの沈黙。そして状況を理解したらしい鳴神は……
「……は、離れろミソラ!」
顔を真っ赤にして叫んだ。
「や、だからお前が立たないとってだから痛いぃぃ! 何だ! 腹に膝立ててんのか!? 未だかつて無い痛みが!」
「いいからっ! 早く離れろ!」
「俺の話聞いてないよなぁ!?」
その言葉でやっと自分が立たないといけないと分かったのか、ようやく立ち上がる鳴神。
「腹が……ひでぇよ……」
「……あ……えっと……ごめん」
未だに顔を赤くしたままの鳴神は頭を下げて謝る。
「いや、仕方ない……かもしんないし、大丈夫だから」
「……そう?」
上目遣いに俺を見る。……な、なんでそんな目で見る……!
「あ、ああ。大丈夫だから」
ちょっと直視できないので、目をそらして答える。
だが、どうやら鳴神はそれを痛みを我慢して目をそらしたととったらしい。
「……本当?」
わざわざ回り込んでまでして聞く。
「本当本当! それより早く先進もうぜ!」
「……あ、ミソラそっちは……」
走り出して先を行く。右に曲がったところで、
『ははははは!』
「うぉあっ!?」
目の前を笑う何者かが横切った。
「……やっぱり来た。だから止めたのに」
「いっとくけどこれが本来のお化け屋敷だからな! 推測するのは違うからな!」
「……そうなの?」
「そうくるか……。お前はお化け屋敷をなんだと思ってるんだよ……」
「……推察力を高める場所」
「そう言うと思ってたわ!」
そう言って未だにその場にいる鳴神の所に向かう。
「つか、早く行くぞ」
「……ん、ちょっと挫いたみたいで……」
軽く足の調子を確かめる。鳴神は少し顔をしかめた。
「……痛い」
「おいおい……大丈夫か? こんな暗いのに……」
「……ごめん」
「俺に謝ってもな……」
嘆息混じりに言う。
すると鳴神が手を伸ばした。
「……ん」
「え? 何?」
「……痛い。だから、こっちの手、持って」
「え!?」
何だこいつ。痛みでどうかなったのか。
「……ん」
なおも手を延ばし続ける鳴神。
「あ、いやその……えぇ……なにこの状況……」
「……分かった」
そう言って手を下ろしたかと思うと、けんけんをして俺の方へ来ると、腕を掴んだ。
「……よし」
「よよよ、よしじゃねぇっ! おま、何して……!?」
「……? 何か?」
「そこで疑問顔が出来るお前は天才だよ……」
俺は限界です。精神的に。
「……そんなことより、はやく行こう」
「あ、この行動はそんなことなんだ。俺の中じゃ錯乱モノなんだけど」
そんなやり取りをしながら、二人で進む。
最も、俺はそれどころじゃなかったが。
なんか腕に感じるこの柔らかい感触は……やばい。これじゃただの変態だ。注意を逸らさねばっ!
「な、なぁ鳴神――」
話でもして気を逸らそうとする。
「……何?」
凄く至近距離に、鳴神の顔があった。
「墓穴掘ったぁぁぁ!」
すぐにそっぽを向く。クソッ! 罠だらけじゃないか!
「……大丈夫?」
「悪い……俺は大丈夫じゃないんだ……」
「……? でも……」
「ん? でも?」
「ミソラといると、安心出来る」
「はっ!?」
突然なんなんだ!?
そんな俺の心中も知るべくもなく、鳴神は続ける。
「……私が初めて学校に来たときも、ミソラが一番に話しかけてくれた」
「あ? ああ……そうだったっけか……」
「……覚えて、ないの……?」
「え? いやそうじゃなくて……。流石に一番だったかどうかなんて俺には分からないからな」
「……そっか。でも、ミソラが話しかけてくれたから、キリアとか、ライカや緋華李に出会えた」
「椎名はどっちかっていうとキリアが最初だけどな」
「……そう。そして、気になるのがミソラの呼び方」
「え?」
「……ミソラはどうして、私達を苗字で呼ぶの? キリアは下の名前で呼ぶのに」
「いや、それは……」
「……どうして?」
「う」
まっすぐに見つめられて、言葉に詰まる。
「えっと……まあ、恥ずかしいしなぁ……」
「……私は気にしないのに」
「お前はしなくても俺はするんだよ!」
「……そう」
鳴神は前を向く。
「……まあ、それはそれで……」
鳴神が何かを呟く。
「ん?」
「……何でもない」
「そうか?」
それきり、言葉はない。
「……あ」
鳴神が何かに気付く」
「どうした? 鳴神」
「……もう少しで、終わり」
「そうか……」
「……」
「鳴神?」
僅かに、ほんの少しだけ、腕を掴む手の力が強くなった気がする。
「……もう少しだけ、こうさせていて……」
「……」
何で……鳴神が……。まさか……違う……よな?
「……お願い」
「……あ、ああ……」
曲がり角を曲がれば終わりだ。外で北崎達を待つとしよう。
とにかく、今は考えないようにしよう。うん。