勝ちたいという、思い
なんかもう自分でもびっくりするくらい長いです。初めてですこんなに書いたの。
二学年になって初めての大会。ここでベスト8以上であれば県大会に出場することが出来る。
「鳴神、勝てるのかな?」
「さあ? 相手次第じゃない?」
北崎と椎名が話している。まだ始まっていないため、というか鳴神の緒戦は後の方なので会場から少し離れた野球場を眺めながら芝生に座っている。野球場ではどこかの学校が練習しているようで、掛け声が聞こえてくる。春先で暖かい陽気、おまけに柔らかな風まで吹いている。なので眠くなりそうだ。
「あー……のどかだねぇ……」
「お前はどこの農民だよ」
「……遅くなった」
そこへ今日の主役である鳴神が現れる。出歩いても問題ないらしい。
「おう。鳴神も座ったら?」
「……ん」
俺の隣に座ると鳴神が何かの紙を見せてくる。
「あーそれ対戦表だね? セイラどこ?」
北崎が紙を取りながら言う。
「……ここ。134番。第67試合目」
「確かここのコートは十五コートあるから……四番目かー」
「てことはまだ時間があるのね。で、セイラ。勝てそうなの?」
全くストレートに聞く奴だな……。もうちょっと聞き方があると思うが……。
「……三回戦までならいけると思う。四回戦は相手次第。一人去年県大会に行った人がウォークオーバー(棄権)したから。ただ五回戦。……このブロックには去年の第四位がいる」
「五回戦ってことは……ちょうどベスト8決定戦じゃん! セイラ……」
そこで北崎は一旦間を作る。そして、とびきりの笑顔で言った。
「がんば!」
「他人事過ぎるなおい」
「だってー。結局行けるか行けないかはセイラ次第じゃーん?」
「ま、確かにな」
キリアが北崎に賛同する。確かにそうなんだけど。
「はぁ……。まあ、いいや。鳴神、改めて頑張れよ」
「……ん」
「ねえ」
「ん? ってうお! 椎名いつからそこに!?」
いつの間にか俺と鳴神の間に椎名が立っていた。
「結構前からいたわよ!」
「まじか! 気付かなかった!」
「つまり私が小さいってことでしょう!」
「いや、そういうわけじゃ……」
「まあまあ、ひかりんも落着いて。ひかりんはちっちゃい方が可愛いから! 万事オッケー!」
「どこがよ!?」
騒がしい限りだが、周りにあまり人もいないために視線は気にならない。
そうして話しているうちに鳴神のオーダーがかかる。いよいよ第一試合がはじまるのだ。
「……行って来る」
「いやまあ俺達もいくけどな?」
「では私達も所定の位置につこうではないか!」
「そんなの決めてないでしょうが」
試合コートに着くと、すでに対戦相手は待機していた。
「三回戦まではあまり声張らないように。セイラは本当に応援欲しいとき以外に声張っちゃうと変に緊張して逆にダメになっちゃうから」
「分かったわ」
北崎が椎名に説明している。
コートに入った鳴神。どうやらサービス(サーブを打つ人)らしい。ラケットを構え、ボールを上げる。鳴神から放たれたボールはそれなりの速さを持って相手のコートへと飛んでいく。
「わっと」
それだけなら普通に打ち返されてしまうだろうが、鳴神が得意とするのはスライスサーブだ。ボールがコートに着いた瞬間、大きく左にまがり、相手は取れずに最初の一点を与えてしまう。
「へぇー、セイラはスライスサーブ得意なんだね」
「お、椎名よく知ってるな」
「何度かテレビでみたから」
「あー……。なるほどな。それにしても、相手は一年生っぽいな」
先ほどから見ているが、バックハンドのストローク(打球)があまり上手くない。
「これじゃセイラの相手じゃなさそうだね。良かった良かった」
北崎が腕を組みながら言う。
「そうだな。これなら問題あるまい」
そのまま何も言わず傍観していると6-0のストレートで鳴神が勝利した。
「おう! お帰り」
「……ただいま」
楽勝だったのか、あまり息も上がっていない。
「いいウォーミングアップになったんじゃない?」
「まあ、緒戦から変に強いよりはいいか」
「じゃあこのまま三回戦まで突っ走ろう!」
「……ん」
その後順調に勝ち進んだ私は、最初の問題、四回戦に向かった。オーダーにはかつて6-2で勝った相手だ。今回も勝てるだろうが、油断はしないようにする。
「……」
試合の前にミソラが言ってくれたことを頭の中で反芻しながら、相手のサービスを待った。
……たしかこの人はフォアのロブ(高く打ち上げるボール)が苦手だったはず……。克服していなければ弱点になるから狙ってみてもいいかもしれない。
一回レシーブを返し、ロブを打ち上げる。相手は簡単にミスった。まだ克服できていないようだ。
……とても静かなコート内。いくつかのコートでは声を出したりしているところもあるが、基本的に応援以外選手は一切そういったものがない。
「セイラー! 頑張ってねー!」
軽く手を上げて応える。この試合も恐らく無難に終わるだろう。
集中的にロブを打ち続け、相手から得点を奪ってゆく。そのうち相手も諦めてきたのか私のサービスがまともに返ってこなくなった。
「あ、セイラお帰り」
「……ただいま」
試合を終え、黄鶯学園の荷物置き場に戻る途中でミソラ達がやってくる。
「ちょっと危なかったんじゃないの?」
「……6-3だから、あまり危惧する必要はなかった。問題は次の試合」
「なるほどねぇ……。あ、セイラの予想通り、その四位の人、三回戦勝ったわよ」
偵察にでも行ったのか、緋華李がそう言った。
「……分かった」
「ってことは次が本番みたいなものかな?」
「……そう」
でも、勝てるか、と聞かれたらたぶん負けると思う。
「セイラ。一つだけ言っておくわよ」
「……?」
「うん。アンタは強い! だからもっと自信持ちなさいよ!」
「…………」
「えっと……そこで黙られるとすっごい恥ずかしいんだけど」
「……ふふっ」
「笑われた!?」
いちいち面白いリアクションをする緋華李の頭に手を置く。
「……ありがとう。私も出来ることなら県大会行きたいから。私のためにも、部活のみんなのためにも」
「出来ることならじゃなくて出来る、でしょう!」
「……ん」
四回戦までくるとオーダーの回りも速く、すぐ呼ばれた。
「じゃ、今度こそ頑張ってね! ひかりんの激励も聞いたことだし、行こうか!」
「激励……なんかいいわね! 生徒会長っぽくて!」
「そんなことでいちいち喜ぶか……」
三人のコントのような会話を背に、私はコートに向かった。……キリアもいたけど。
「……では、私からサービスで。よろしくお願いします」
「……よろしくお願いします」
手短に挨拶をすませ、ラケットを構える。……部活仲間によれば相手は唯一ボレー(ネット際で打つ打ち方)で浅く打たれると弱いらしい。ただ、ストロークが強いので不用意にこちらから仕掛けると抜かれるらしいが。
そう考えていると、相手がサービスを打つ構えに入る。ラケットを構えなおし、相手を見据える。
相手のサービスが放たれる。……結構重く速いが、タイミングさえ合えば問題視するほどでもない。
しばらくのラリーの後、相手のボールが浅くなった。それを同じく浅く返し、ボレーの体勢に入る。
「……っ!?」
相手はそれに対して私の方に勢い良く打ち込んできた。思わず後ろに下がる。当然、返すことも出来ず、相手の打球はストレートを抜く形でコートに入った。
桁が違う。絶対小学校からやっているような人だ。
心の中にはもう、緋華李の言葉など残っていなかった。
「相当強いな」
「そうね。私さっきあんなこと言ったけどたぶん勝ったら奇跡よ」
椎名はやはり勝てるとは思っていないらしい。それは俺も思うが……。
「やっぱり勝って欲しいよなぁ……」
「でもこの状況でどうやって……」
「わからないけど……」
すでに3ゲーム取られている……。
「ねぇ」
「ん?」
「セイラ……もうあきらめてるよね? アレ」
北崎が指差す。鳴神はろくに動かず、その目からは勝ちたい、という思いが消えているように見える。
「あー、ホントだ。ああなっちゃもうダメだなー」
椎名が北崎に言っている。……ああ、クソッ。鳴神は勝ちたいって言っていたんじゃなかったのか? 表面だけなんてあいりえない。だって、鳴神は言っていたはずだ。
自分のためにも、部活のみんなのためにも……って。
「鳴神っ!」
「……?」
「ちょっとミソラ!? いきなり叫ばないでくれる!?」
隣で椎名が俺に言う。
「鳴神は勝ちたいんじゃないのか!」
「……でも」
「でもじゃねぇ! どっちだ!? 勝ちたいのか!? 勝ちたくないのか!?」
徐々に周りの人が何が起きてるんだと言ったような顔をしてこちらを見始める。かなりはずかしいがもう、こうなったらヤケだ。
「……勝ちたい」
わずかに、聞き取れるかどうかわからないほどの声で、鳴神は確かにそういった。
「だったら俺らに見せてみろ! 鳴神がどれだけ勝ちたいのか!」
「そーだぞセイラ! 私達を信じなさい!」
北崎が俺に続いて言う。
「なんかもう青春とか通り越して痛い人たちみたいになってるんだけど……。もういいわ! セイラ! 生徒会長のこの私が応援してるんだから、負けたら承知しないわよ!」
椎名まで参加してくれる。
「……分かった」
鳴神は頷くと、ラケットを構えた。
「……なんだか私が悪役みたいで凄くやりづらいんですが……。ちゃんと本気でやった方がいいですよね……」
「……ごめんなさい。みんなああいう人だから」
「ああいう人は中々いませんよ。鳴神さんが少しうらやましいです」
相手は笑いかけながら言う。
「手加減なんて期待しないで下さいよ!」
「……当然」
「うわー恥ずかしかったなぁー」
「ホントに……ミソラが変なこと言い出すからよ。お陰で私達まで飛び火しちゃったじゃない」
「まー面白かったよー? 流石はミソラ! 発想が常軌を逸してるよ!」
「それ絶対ほめてないだろ」
結局鳴神は相手から一ゲームも取れずに終わった。ベスト16。県大会には行くことが出来なかった。
「……ごめん」
「セイラは悪くないよ! あの、あれだけ私達が青春を感じていながら『この私が、負けただとぉ!?』ってやられなかった相手が悪い!」
「ずいぶん楽しい考え方してたんだな」
「……でもみんな、ありがとう」
「お互い様でしょ! セイラも頑張って! 次は県大会行ってよー? 最後かもしれないんだから!」
「……ん」
そうか……。二年は夏季大会が負けたら引退か……。
そんなことを考えながら、窓の外を眺めながら寮へと戻るまでの時間をすごしていた。
「……ミソラ」
「ん?」
大会から数日後、二日だけ臨時で図書室の当番となった俺達は、また暇な時間をすごしていた。
「……本の世界だと、私達みたいに、いくつかの種族が暮らすファンタジー物の本とか見かける」
「あー……なんか魔法とか使えるような世界が舞台の本だろ?」
「……そう」
「なんか、本みたいに魔法使えるといいんだけどなぁ……」
「……違う」
「え?」
「この世界にも、魔法はある」
鳴神にしては妙にはっきり言う。
「じゃあ、どんな?」
鳴神はこちらを向くと、少し照れたようにはにかみながら言った。
「人を、夢中にさせてしまうような魔法」