自宅にて
その様子を私はパソコンで眺めていた。
離婚すると決めたとき、防犯用のシルエットだけ映るものから、鮮明な映像に設定を変えた。
幼い頃から誘拐の危険が常にあるため、監視に対して寛容なのだ。
数か月前、別荘の使用人から注進があり、シルエット画像で浮気の映像を見た。
私の別荘で、夫婦の寝室で……。
結婚式で誓った言葉が、踏みにじられた。
それなら、罰を与えないといけない。
夫の言葉に傷つき、愛を育もうとしていた私は消えた。
冷静になって眺めれば、口先だけの中身のない男。
「いつか大きなことをなしとげる」
「お前を幸せにしてやる」
それは、いつ、どこで、どのように?
具体的な策が一切ない、単なる自己陶酔のセリフではないか。
金持ちにすり寄っておこぼれをもらう寄生虫の分際で、自分の実力だと勘違いする道化師。そう気付いたら、もう駄目だった。
「元・若旦那様はどうなると思います?」
都心のタワマンの一室で、家政婦が楽しそうに質問してきた。
「行きに使ったうちの車は、もうこちらに向かっているから足はないでしょ。
別荘の管理人には、あいつからの要請は無視していいと伝えてある。
近隣のタクシー会社には、『全車出払っていて配車不能』と回答するよう通達を出したわ。
営業妨害ではあるから謝礼金の手配をしたし、あの界隈でうちと関係がない会社なんてないから」
「お嬢様に土下座して、『もうしない』って言いますよ、きっと」
この家政婦は、とある家政婦のドラマが好きで業界に入ったという強者だ。
浮気画像の編集とプリントアウト、別荘に貼りに行くのを楽しんでやってくれた。
行き帰りは運転手つきの高級車で、「途中、隠れ家レストランに寄ってもいいですか?」としっかり許可をもぎ取っていった。
こっそり行ったらサボりだけれど、許可されたら「休憩時間と食事時間を兼ねる」労働者の権利になるという理屈。
運転手と二人分の飲食代は出張経費になるかと頭を捻っていた。それは経理担当に相談しろと言っておいたが、どうなったのか結果は聞いていない。
「あいつの土下座なんて、一銭の価値もないパフォーマンスよ。やる度に価値が下がっていくのが、わからないみたいね。
惚れた弱みに付け込まれて、随分と甘い対応をしてきた気がするわ。
あんな奴と同じ空気なんか吸いたくない」
スマホをちらりと見るが、なんの反応もない。
まあ、喧嘩の真っ最中だから、連絡は来ないか。
鬼のように電話やメッセージが届くのを無視するのも一興かと思っている。
私からの連絡をおざなりにした日々を、後悔するがいい。
「だから、旦那様が反対していたじゃないですか。
これで、『ほれ見たことか』と酒の肴にされますよ」
……あなたも、そうするつもりよね?
「お父様の嫌味くらい我慢するわ。男を見る目がなかったのは事実だもの」
小学校からエスカレーター式の女子校で、大学でいきなり共学というのは……免疫がなくても仕方ないでしょう。
箱入り娘と言われるのが、一番嫌い。
ムキになって、「普通」のふりをした。標準的な中流階級の研究をして、社会的に影響力がない青年の夢を「すごい」と賞賛して持ち上げて――
無理するものじゃないわね。
金持ちの家に生まれてしまったことを恥じて否定しても、なんにもならなかった。
お金があるからこそできることを考えた方が、有意義だし、社会のためにもなる。
「もう、あの別荘いらないわね。取り壊しちゃいましょう」
なんだか、すっきり片付けたくなった。
「だったら、社員の保養所にくださいよ」
家政婦が口を尖らせて、反対してきた。
「清掃にお金かかるじゃない。それに見る度に怒りが復活しそう」
「ですが、新しく建てることになったら、坊ちゃまが設計に口を出されますよ」
家政婦は自分の腕をさすりながら「怖ろしや~」と言う。
「あの、珍妙で使いにくい『俺様、天才シリーズ』かぁ」
「ですです。歩くだけで痩せる階段とか、回転するトイレとか。
それよりは、ハエ屋敷の方がまだましというものです。
建築資材も値上がりしていますし、特殊清掃をしてもらえれば再生可能だと保証します」
「あの男と泥棒猫ごとクレーンでぐしゃりといきたかったのに」
こうなったら、きれいさっぱり、爽快になることをしたい。
「さすがに殺人までやってしまうと、旦那様に怒られますよ」
変なところで常識人な家政婦は、釘を刺してきた。
もう……ちょっと言ってみただけです。
「ところで、あの男を社長にした会社はどうするんですか?」
「系列の会社が、扱いに困っている顧客をまわしているだけだもの。
紹介がなければ、あっという間に干上がるでしょ。
ああ、そうだ。父の会社から出向させていた人たちを、引き上げないとね」
会社をやると言えば、すんなり離婚届に署名する気がする。
それはそれで、腹が立つけどね
「会社をあいつにやって、別荘を保養所にするために手元に残すなら、引っ越し先は会社にした方がよかったわね」
まあ、また引っ越しすればいいだけだ。
家政婦に「二度も引っ越しするのは手際が悪いと、旦那様に突っ込まれますねぇ」と言われた。
告げ口するのを隠す気もないのだ。
まったく、この家政婦には敵わない。
「若手実業家とか言って羽振りがよかったのに、急降下ですね」
あらあら、まあまあと言いながら、パソコンの画面から目を離さない家政婦。
他人の不幸は蜜の味と、彼女の目が語っている。
引っ越しの荷物が届いたようなので、モニターを四分割の画面に切り替えた。
引っ越し業者が顔をしかめている。
あら、ごめんなさいね。後で特別手当を支給するわ。悪臭に対する慰謝料ってところかしら。
「あの女衒まがいの『親友』の勤め先にもご注進さしあげたいわね。
麗しき友情を讃えて、『浮気の偽装をしてくれる凄腕ですよ』と言うのはどうかしら。
多少は、評価が下がるといい気味なんだけど」
「こちらがあのボケナスの情報でございます。
共通の知人はこの方ですから、連絡先はこちらに」
あの親友を処す下準備まで整えているとは――「凄腕」と言う言葉は、この家政婦にこそ相応しいのかもしれない。
「……その言い方、嫌だわ。『共通』なんて言われると、私まで同類みたいな気がして滅入ってしまう。
連絡するのは、後回しでもいいかしら」
「お嬢様に切り捨てられた元夫が、『親友』にすがりつくのを見てからでもいいかもしれませんね。
幼なじみを寝取っておいて、どんなことを言うのやら……。
それまでは、親友さんへのお仕置きは一時中断ですね。承知いたしました」
取りすがる姿を見るためには、寄りかかられる側の人が立っていなければ。
同時に両方に社会的制裁を加えたら、その見苦しい様は見られないというわけだ。
時間差で攻撃すべき案件ね。
あの女は……まずは手を出さずに、どうなるかを眺めよう。
つまらない女なら、親友に言い訳して別れたくないと縋りつき、夫に責任を取れとまとわりつき、金がなくなったらどこに流れていくのだろうか。
もし、二人から離れて自力で立ち直ろうとするなら拍手を送るけれど……。
なお、妨害しないとは言っていない。
もしかしたら、私が考えたありきたりな転落劇以上のすごい結果が見られるかもしれない。
想像力がたくましくない私なんかより、よほど――ゾクゾクするわね。
ああ、リアルで泥沼が楽しめる。惨めな姿をぞんぶんに晒してちょうだい。
「これは最高の娯楽じゃない?」
つい、呟いてしまった。
「そういうところ、旦那様に似てきましたね」
家政婦がほくそ笑む。
「それが嫌で、普通のお嬢さんを目指していたって知っているくせに。
いいわ、もう、認めます。
恩は倍返し、恨みは十倍返し。父の後継者に名乗りを上げましょう」
家政婦はパチパチと拍手を送ってくる。
これで、お兄様も好きな道に進めると喜んでくれるかしらね。
このタワマンの一室は、賃貸にしてもいいかもしれない。
あいつらが連絡を取るために突撃して来て、エントランスで騒ぐのが目に浮かぶ。
あの男がステイタスだと言って購入したが、意外と住みにくかった。
エレベーターで見ず知らずの人と同じ空間にいるのが、あまり好きではないし。
「はあ~、仕方ないわね。取りあえず弁護士を呼んで。
さっさと離婚してしまいましょう」
「はい! 喜んで」
あ、それ知っているわ! 居酒屋の元気な店員さんの真似よね。
私も元気よく、明日を迎えよう。
ささやかな夢が破れただけだもの。
あまりドラマチックにはなりませんでした。
韓流に刺激されて書き始めましたが、高級感より生活臭が漂う仕上がりになった気がします。
評価、感想などいただけると嬉しいです。
誤字報告ありがとうございました。




