聖女は帰りたかった
「シュリカ。お前との婚約を破棄する!!」
殿下に宣言された瞬間。湧き上がったのは喜びだった。
「お前が偽聖女だという事実は明白。だが、私は鬼ではない。この国を去るのなら許してやろう」
慈悲深い王子だと周りに示したかったのだろう。実際シュリカが聖女だと名乗ってここに来たわけでもなかったから。
「さすが殿下」
「お優しい」
殿下の宣言を一斉に褒める貴族たち。それを聞きながら、
「承知しました」
王都に連れてこられて鞭うちされてやっと身につけたあいさつ。それをして早々にこの場を後にする。
――やっと、ここからいなくなれる。
そんな喜びしかなかった。
シュリカは聖女と言われている。だけど、片田舎の村娘で、いきなり聖女だと言われて王都に連れてこられた。
当然、聖女と言われても意味が理解できなかった。
それから、怒涛の日々だった。
文字すら教わっていなかった小娘に宮廷の礼儀作法が叩き込まれて、覚えられないと鞭が降ってくる。何か失敗すると嘲笑われる日々。
所詮田舎者がと馬鹿にする声も何度も聞いた。
家族とも友達とも引き離された。いきなり知らないところに連れてこられて、聖女だからという言葉で何もかも奪われた。
「なんでお前のようなものと」
聖女だから王族に嫁ぐものと言われて顔を合わせた婚約者はシュリカを気に入らないと不愉快だと睨んでいた。
聖女と言われて連れてこられたが、聖女なら出来るはずの奇跡を何一つできない状況でますます役立たずと扱い、奇跡を起こせとばかりに神殿関係者に見えないところを殴られて、食事を抜かれることもあった。
「もうやだ……帰りたい……」
人目がないところで何度泣いていたか。
しゃがみ込み泣いているところにいつもタオルが置かれていた。それに慰められて、今まで頑張っていた。
だけど、そんな日々も。
「やっと、終わる……」
シュリカの声が漏れる。
ずっと望んでいた。帰れるのだ。
さて、帰ろうと歩き出そうとするが。
「どっちの方向に村があるか、どれくらい距離があるのか。考えないのは相変わらずだな」
呆れたような声が上から降ってくる。
「ジュード!!」
村での幼馴染。そして、今は王都で騎士団の下っ端として働いている姿を遠目で見て来たジュードがそこにいた。
触れられる距離。気軽に話せる距離で。
「いつもタオルありがとう!! やっとお礼を言えたっ!!」
誰にも見つからないように隠れて涙を流していたはずなのにある時から必ずタオルが置かれるようになった。
最初は誰か分からなかったが、しばらくして王城騎士団の下っ端にジュードがいるのを見付けた。別れた時から背も伸びて体格が良くなったが、その顔つきは彼の父親に似ていたからすぐに気づいた。
本当はすぐに声を掛けたかった。でも、互いに不本意で、仲は良好と言えないとはいえ、婚約者がいる立場で他の異性に近付くのはおかしいのは知っていた。だから、直接お礼も言えずたまに見るだけ。
婚約者の王子に恋人がいるのは知っていたが、あっちがいくら浮気をしても大目に見てもらえるのにシュリカの場合は用があるから声を掛けるだけで阿婆擦れ扱いされたので、異性と接触する時は慎重にならざるをえなかった。
「こっちは、タオルしか用意できなかったのにな……」
心苦しいとばかりと告げてくるが、すぐに背中をかがめ視線を合わせる。
「村に帰るんだろう。俺が連れていく」
「えっ、でも……下っ端とは言え、騎士に……」
「俺が騎士の柄かよ。しかも王都なんて面倒だろう。――お前に会いたかったからだよ」
後半恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「えっ……」
「お前のお袋さんやうちのかーちゃんにも言ってある。シュリカに何かあったらすぐに助けられる所に行くってな。とはいえ、そう思うようにいかなくて、お前が泣いてても何も出来なったけど……」
「ジュード……」
落ち込むような声に、ずっと傍にいてくれた事実だけで救われていた。そして、今の言葉も嬉しかった。
だって、ずっと、ジュードのこと……。
「お前が解放されたならもういいよな。――帰ろう」
そう告げられて伸ばされる手。それが嬉しい。
「うん」
その手をしっかり握って、村に帰ろうと意識した途端。
「えっ?」
「はっ⁉」
二人を包む魔力の力。あっという間に村の中心に出現している。
「なんでっ⁉」
これって、転移の術だよね。聖女しか使えない……。
「お前。聖女の力使えるようになっているんじゃ……」
ジュードの言葉に今まで使えなかったのにどうして、とか、どうしようこのままだとまた王都に連れていかれると焦っていると。
「落ち付け!! たっ、確か、聖女の術の一つに自分の大切な人を害する存在を拒む結界とかあるって昔話にっ!!」
「すぐに張ってみるっ!!」
焦りながら村を囲うような結界を想像したらできてしまった。
「どうして………」
困惑している間に、帰ってきたことに気付いた村人が次々と出てきて、
「シュリカちゃん!!」
「よう帰ってきた!!」
「ジュードの坊よくシュリカちゃんを取り戻したな!!」
いろんな人に抱き付かれて喜ばれて、ジュードは頭を撫でられて……。そんな久々の光景に、
「ただいまっ!!」
王都で暮らしている時にすっかり忘れてしまった笑みを浮かべていた。
「馬鹿かお前はっ!!」
偽聖女を追い出して、婚約破棄をしたと報告したら国王と枢機卿が怒りを顕わにして、父上に怒鳴られた。
「聖女が覚醒したのでご報告に参りましたのに」
枢機卿がどう答えていいのかと途方に暮れたように告げてくる。
「えっ……? 覚醒……」
「はい。聖女の能力が出現したと感じましたので……」
殿下の愛が聖女を目覚めさせたと思ったのですがと言われてどういうことだと目を白黒させていると。
「聖女は一身に向けられる愛情を受けて、それに応えることで覚醒する。殿下が聖女を愛したのかと……」
「聞いてない……」
「言ったら、偽りの愛を告げて逆に警戒されるでしょう」
枢機卿に責められるが、
「お前に依存するようにあえて冷遇させたのに……」
「ですから陛下。それをしなくても周りの者の愛でも聖女は覚醒すると……」
「それだと国のためにならないだろう!!」
父上と枢機卿の言い争う声を聞きながら、愛せと言われてあんな田舎娘を愛せるわけないと田舎娘を田舎娘のままにしたものが悪いと責任転嫁しようとする。
そんな彼らのもとに、聖女の出身の村が誰も入れない場所になったという報告が来るのはすぐ。
国外追放を命じたが、結界の影響で他国のようなものになってしまった事実に気付くのも――。
鎖国しました。(ちなみに聖女の力が村の環境は整っている。愛が続けば軽く百年は鎖国できる)




