【第5話】前代未聞暗殺者アイドル、誕生
その日、俺はまたアーヴィンに呼ばれて楽屋にいた。
そこに尋ねてきたのは――どう見ても、怪しい人物だった。
黒いフードを深くかぶり、見えるのは口元だけ。
だが、立ち姿だけで分かった。
無駄がない。
息遣いが静かすぎる。
「……客か?」
俺が警戒して声をかけると、
「違う」
低く、刺すような声が返ってきた。
「ふざけた命令を受けて来た」
その一言で、嫌な予感が確信に変わる。
横を見ると、アーヴィンは案の定、いつもの顔で頷いた。
「ああ、来たね」
……やっぱりお前か。
「フード、取ってもらえる?」
アーヴィンがそう言うと、男は一瞬だけ黙った。
それから、舌打ちに近い音を立てて、フードを引き下ろす。
――は?
思わず、目を見開いた。
整いすぎている。
艶やかな漆黒の髪。
刃物みたいに鋭い紫の目元に、均整の取れた鼻筋。
戦場で何百人も見てきたが、こんな顔のやつ、いたか?
「……じろじろ見るなよ」
不機嫌そうに言われて、我に返る。
「悪い。ただ……見たことのない顔だと思った」
「だろうな」
男は肩をすくめ、それから――
真っ直ぐにアーヴィンを見た。
「あんた。オレ、暗殺部隊所属なんだけど」
暗殺部隊。
存在だけは知らされている。
だが、その構成員は完全に秘匿され、どこでどのような活動をしているのかも一切不明と言われている部隊。
こいつが――その、暗殺部隊の人間?
「どこで情報掴んだ?」
空気が、ぴり、と張り詰める。
一歩、距離が詰まった。
殺気――いや、殺せる距離感。
反射で、俺は前に出ていた。
「待て」
男とアーヴィンの間に割って入る。
「ここは戦場じゃない」
男は俺を一瞥し、鼻で笑った。
「忠犬かよ」
「……任務外の戦闘は規律違反だ」
「残念。オレたちに規律は通用しない」
次の瞬間を覚悟したが――
「ふふ」
背後から、間の抜けた笑い声。
「大丈夫だよ、レオン」
振り返ると、アーヴィンはまったく動じていなかった。
「彼が暗殺部隊の構成員だってことも、承知の上で呼んだ」
「……!お前……何考えてんだ」
俺が低く言うと、アーヴィンは軽く肩をすくめた。
「アイドル戦士部隊の強化だよ」
「は?」
「お色気枠。この顔を出したら、絶対話題になる」
男が、心底呆れた顔をした。
「……馬鹿なの?」
そのまま、はっきり言い切る。
「顔出しした時点で、暗殺者としての価値ゼロになるだろ」
正論すぎて、俺も何も言えない。
だが、アーヴィンは即答だった。
「それについては、上の許可がある」
「…………はあ?」
男の目が、完全に死んだ。
アーヴィンは緑の瞳を細め、真っ直ぐに男の姿を見つめる。
「ヴァイオル・ヘルヴェイン准尉」
そう呼びかけられて、男の眉がぴくりと動く。
おそらく、本名も秘匿されていたんだろう。
本当に、どうやって情報得てるんだ、こいつ。
「君の上官は、今日からこのレオンハルク・ヴァレンティア大尉だ」
「……」
「だから、これからはアイドル戦士部隊として、ヴァレンティア大尉の指示に従ってもらう」
……いや、急に隊長扱いするな。めちゃくちゃ睨んでるじゃねえか、ヴァイオル。
「お前な……こんな時だけ調子いいんだよ」
俺が頭を抱えて呟くと、アーヴィンはにっこり笑う。
「頼りにしてるってことだよ」
……都合よく使われている気しかしねぇ。
ヴァイオルは数秒、天井を仰いだあと、深く息を吐いた。
「……最悪」
そう言いながらも、逃げる気配はない。観念したらしい。
「よろしく、『大尉』?」
皮肉たっぷりに差し出された手を、俺は少し迷ってから、握り返した。
そして、早速の衣装合わせ。
「……なんだ、その格好」
鏡の前に立っていたヴァイオルが、ゆっくり振り返る。
紫の軍服。
両肩の部分だけが開いて、肌が見えている。
戦場ではまず見ない仕様だ。
「アイドル仕様だってさ」
ヴァイオルは肩をすくめる。
「似合ってるだろ」
「防御が甘いな」
……まあ、あの衣装の俺が言えた話じゃないが。
それだけ言うと、ヴァイオルは一瞬、きょとんとしてから吹き出した。
「はは、そこ?」
「そこだろ」
「……へえ」
ヴァイオルは唇の端を歪め、面白そうに近づいてくる。
一歩、また一歩。
「……おい、なんだ?近い」
「そう?」
わざとらしく首を傾げ、俺の肩に手を置く。
「このくらい、普通だろ」
「普通じゃない」
すると、横で黙って見ていたアーヴィンが、静かに口を開いた。
「そこまでにしておこうか、ヴァイオル」
声は穏やかだった。
だが、余計な感情は一切ない。
「レオンは、そういう意図で見てない」
その言い方が、妙に断定的で、ヴァイオルの動きが止まる。
「……へえ?」
「からかうつもりなら、相手を選んだ方がいいよ」
ヴァイオルは一度、俺を見る。
次に、アーヴィンを見る。
そして、ゆっくり息を吐いた。
「……なるほど」
一歩、距離を戻す。
「あんたたち、そういう関係?」
そういう関係?
俺は意味が分からず首を傾げる。
「誤解しないで」
アーヴィンは淡々と言う。
「部隊の空気が乱れるのは困るだけだよ」
その言葉に、ヴァイオルは一瞬だけ眉をひそめた。
「……厄介だな、大尉」
紫の瞳が、探るように俺を見る。
「無自覚で線を引くタイプか」
「何の話だ」
「いや、いい」
ヴァイオルは肩をすくめる。
アーヴィンも、それ以上は何も言わなかった。
「さて、じゃあステージネームを発表しようか」
ふいに、空気が変わる。
「いや唐突だな!?曲は?」
俺が反射的に尋ねると、アーヴィンは微笑んだ。
……あの黒い笑顔で。
ヴァイオルが目を瞬く。
「へえ?ステージネームね……」
ひょいと差し出された端末を、ヴァイオルが覗き込む。
そこには。
《ヴァイオレット☆ヴァイパー准尉》
「……」
毎回お決まりの、沈黙。
そして、ヴァイオルは一言。
「……ダサッ」
こうして、俺のアイドル戦士部隊には、前代未聞の「暗殺者アイドル」が誕生したのだった。




