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【第3話】サイコホラーアイドル誕生

「有益なデータも取れたし、他のメンバーに声をかけに行こうか」


訓練場の片付けを終えた直後、アーヴィンが何でもないことのように言った。


「他のメンバーって……もう決まってんのかよ」


「めどはついてる。っていうか、もう上の許可は取ってあるから、拒否権はないけど」


……俺は、いきなり「アイドル戦士部隊に入れ」と言われるそいつが哀れになった。


しかし。


「医務室に行こう」


その台詞に、嫌な予感がした。


いや、正確には――


めちゃくちゃ嫌な予感しかしなかった。


「……おい、まさかとは思うが」


「その『まさか』だよ、レオン」


こいつは、たまに俺の心を読む。

しかも一番嫌な方向で。



医務室の扉を開けた瞬間。

鼻を刺す消毒薬の匂いと、異様な静けさに包まれた。


白く清潔な空間、整然と並ぶ器具。


……なのに。


壁一面に並べられた医薬品の瓶には、【毒薬】のラベルが貼られたものが圧倒的に多い。


「ようこそ、ヴァレンティア大尉」


奥から現れたのは、後ろで一つに結んだ長い銀髪、透き通るような銀の瞳を持つ男。


軍医、ディアノス・ラザリウス少尉。


その評判は、軍隊中に轟いている。


凄腕。

有能。


そして――完全にヤバいやつ。


「今日は、どのようなご用件で?見たところ、どこにも出血はないようですが」


「……残念そうに言うな」


穏やかな微笑み。

丁寧な敬語。


だが、俺は知っている。

こいつは、俺が怪我をして運び込まれるたび、嬉しそうに目を輝かせる男だ。


「今回は怪我じゃないんだ、ラザリウス少尉」


アーヴィンが一歩前に出る。


「君に、異動命令だ」


ディアノスは瞬きを一つ。


「……軍医の私が異動、ですか?どちらへ?」


「アイドル戦士部隊」


意味不明の部隊名。だが、ディアノスはそこには反応しなかった。


「……医療研究の妨げになるのですが」


「大丈夫。上とは話がついてる」


さらっと言いやがった。


「あと、君に納得してもらえるように、ちょっとした実験も用意してる」


俺は首を傾げた。


「は?俺は聞いてねえぞ」


「今聞いたでしょ」


「そういう意味じゃねぇよ!!」


置いてけぼりの俺を無視して、アーヴィンはさっさと話を進める。


「というわけで、さっそく衣装合わせと曲の確認をしよう」


「曲?」


ディアノスの眉が、ほんのわずかに動いた。



楽屋――


いや、正確には「楽屋と呼ばれる鏡張りの部屋」。

俺は人生で二度目の地獄を見ていた。


「衣装」を着たディアノスが、部屋一面に映っている。


キラキラした青い軍服の上から白衣を羽織り。

首には聴診器。


手には――注射器。


「……絶対ヤバいだろ!!!」


「そうかな?」


アーヴィンはにこやかだ。


「マニア枠として、こういうのも必要なんだよ」


「枠で決めるな!!」


ディアノスは鏡の前で、衣装を整えている。

表情は変わらない。


「次は、テーマソング」


アーヴィンが端末を操作すると、スピーカーから不穏な旋律が流れ出した。


低く、歪んだ音。

心拍音のようなリズム。

モニターに歌詞が表示される。


《♪大丈夫 壊しません 壊れきる前で止めるだけ》

《♪あなたの恐怖 私の栄養 ほら 数字が跳ねる》

《♪愛してると叫べ もう遅いでしょう?》

《♪この命のBPM 私が支配する》


俺は……耐えきれずに叫んだ。


「……怖すぎるわ!!完全にホラーじゃねえか!!!」


「君とは方向性が違うからね」


「違いすぎだろ!!どこにアイドル要素があんだよ!!!?」


そんな俺たちのやりとりは意に介さず、ディアノスは、歌詞を一読すると――


「……まあ、やってみましょう」


小さく頷き、何の躊躇もなく、歌い始めた。


「♪愛してると叫べ もう遅いでしょう?」


――上手かった。

異様なほどに。


音程は完璧、声は静かで、冷たくて、甘い。

背筋が、ぞわりとする。


その瞬間。

ガタン!と、外から大きな物音がした。


「……な、なんだ……?」


いつの間にか、楽屋の扉が半開きになっている。


外では、数人の兵士たちが、ディアノスを見て立ち尽くしていた。

その姿に心まで奪われたように、目を見開いている。


「……尊い……」


陶然とした呟きに、ディアノスは歌を止め、ゆっくりと振り返った。

銀の瞳が、細まる。


「ふふ……あなたたちも、私に支配されたいですか?」


穏やかな声。

それを聞いた瞬間、先頭の兵士が卒倒した。


「……」


何も言えない俺。

ディアノスは、納得したように呟いた。


「なるほど……視覚と聴覚に訴えることで、人心を操るのですね。理解しました」


「君のファンになる人間は、一度刺さったら崇拝するタイプだからね」


アーヴィンの言葉に、ディアノスの瞳が、かすかに細まった。


「……それは」


一拍。


「実験台が増えますね」


にこり。


「いいでしょう」


俺は背筋が凍った。


「よくねぇよ!!!!」


そして――あの瞬間がやってくる。


「じゃあ、ステージネームを発表するよ」


アーヴィンが端末を操作し、ディアノスの前に差し出す。


「……」


画面を見たディアノスは、微笑んだまま、完全に固まった。


「……?」


俺はそっと覗き込む。そこに浮かんでいたのは――


《サディスティック☆アンプル少尉》


「……ふざけすぎだろ!!!!」


即座に叫んだ。


「プログラムによる客観的評価だよ」


「嘘つけ!!俺の時といい、絶対悪意あるだろ!!!」


数秒後、

ディアノスはゆっくりと瞬きをした。


「……なるほど」


その声は、いつも通り穏やかで。


「とても、的確ですね」


俺は泣きたくなった。


「ちなみに」


ディアノスが、注射器をくるりと回す。


「本番のライブは?」


「まだだよ」


アーヴィンが答える。


「全員揃ってから。初陣でやる」


「それは、楽しみですね」


……俺は楽しみじゃねぇ。


「ヴァレンティア大尉」


ディアノスが俺を見る。


「ご安心ください」


嫌だ。

全然安心できない。


「歌唱中に死亡する可能性は……極めて低いです」


「『死亡』とか言うな!!!」


背後で、アーヴィンが微笑んだ。


「保険は効くよ」


「そういう問題じゃねぇ!!!!」


こうして――

俺のアイドル戦士部隊は、まず一人、確実におかしな仲間を迎え入れたのだった。

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