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【第1話】不穏な召集

――最近、空気が重い。


俺は、訓練場を見渡しながら、それを実感していた。

兵の動きは正確だ。規律も崩れていない。

それでも、彼らの目の奥の光は、どこか鈍い。


(士気が落ちている)


当然だ。

隣国との終わりの見えない戦争。

定期的な帰省もままならず、家族にすら会えていない者がほとんどだ。


「――ヴァレンティア大尉、『至急、司令室へ』との命令です」


……そんな中での、急な呼び出し。

嫌な予感がしないわけがなかった。


司令室の扉を開けた瞬間、俺は小さく息を呑んだ。

ずらりと並ぶ上官たち。

そして――その中に、見慣れた人物の姿がある。


(……アーヴィン?)


俺の幼なじみでもある、アーヴィン・クロムウェル中尉。

緑の瞳と、視線が合う。

その表情は、いつも通りの穏やかな微笑みだった。


「レオンハルク・ヴァレンティア大尉」


司令官が口を開く。


「君を呼んだのは他でもない。新たに編成される部隊の指揮を任せるためだ」


「新部隊、ですか」


戦況が膠着しているこの状況だ。そんな話が出ても不思議じゃない。

一体、どんな部隊を――と思案を巡らせた俺の耳に、重厚な口調で告げられたのは。


「名は――アイドル戦士部隊」


「…………は?」


一瞬、言葉の意味が理解できなかった。


(今、なんて言った?)


「戦場の象徴となる存在だ。士気向上、対外的影響力、そのすべてを担う」


――いや、何を真面目に言ってるんだ?この人は。


頭の奥が、じんわりと痛む。


「そして」


司令官の視線が、横へ移る。


「参謀には、クロムウェル中尉を据える」


俺は、思わずそちらを見た。


「……クロムウェル中尉を?」


わずかに目線を送ると、クロムウェル中尉――アーヴィンが一歩前に出る。


「はい」


きっちりとした敬礼。


「よろしくお願いします、ヴァレンティア大尉」


その声は、あくまで公的で、完璧だった。

だが――その口元には、確かに「いつもの笑み」がある。


(……こいつ、絶対に何か知ってる)


「以上だ。異論は認めない」


そうして会議は、一方的に終わった。



――司令室を後にした直後。


「アーヴィン!!」


俺は、先を歩くアーヴィンに詰め寄った。


「どういうことだよ!?なんだよ、アイドル戦士部隊って!?」


「声が大きいよ、レオン」


公的な場を離れれば、俺たちはガキの頃から変わらない、いつもの口調に戻る。

アーヴィンは苦笑しながら周囲を確認し、声を潜めた。


「説明、必要だよね」


「当たり前だろ!アイドルって何だ!!しかも俺に指揮を任せるだと!?全く意味がわかんねぇぞ!!」


「まあ落ち着いて、レオン」


「落ち着けるか!」


アーヴィンは、少しだけ真剣な目になった。


「……皆を守るためだよ」


その一言で、俺は言葉を詰まらせた。


「士気が落ちているのは、現場にいる君が一番わかってるだろう?このままじゃ、部隊が先に折れる」


「だからって!アイドルとかふざけすぎ……!!」


「――ふざけてるのは上官」


アーヴィンの穏やかな声が、俺の叫びを遮る。

穏やかなはずなのに……なぜかやたら冷たく響く声。


「長引く戦争で、士気も国民の支持率も落ちる一方。何とかしろって、国から命令されたんだってさ。でも、知っての通り上にもそんな気力はない――で、僕に丸投げ」


にこやかなのに、目は明らかに笑っていない。


「無茶な命令を遂行するには、まともな策じゃ無理だと思わない?」


一瞬、背筋が冷えた。


ああ――これ、逆らっちゃいけねえやつだ。


「予算もばっちりぶん取ってきたよ。僕に任せるっていうんだ、当然だよね?」


さっき見た、司令官の真面目な顔が脳裏に浮かぶ。

……こいつ、司令官にもこの調子で迫ったのか。


「これからは、君はこの部隊の隊長、僕はプロデューサー兼参謀」


「プロデューサー?」


「そう。ほら、君の設定も考えてあるんだ」


アーヴィンは端末を操作し、俺に画面を突き付けてくる。


《士気向上プログラム:アイドル戦士部隊》


「お前、相変わらずこういうの得意だな……」


端末をスクロールしていくと――


《ステージネーム:マッスル☆ピュアハート☆大尉》

《方向性:筋肉と熱血を前面に押し出したパフォーマンス》

《決め台詞:守るぜ、みんなの命と国境線☆》


「……やめろォォ!!!」


画面いっぱいに表示された、狂気の文言の数々。

端末を投げ捨てそうになりながら絶叫した俺に、アーヴィンは涼しい顔で告げる。


「かっこいいでしょ?」


「どこがだよ!!!なんだよ『マッスル☆ピュアハート☆大尉』って!!?」


俺が壁を叩けば、アーヴィンは相変わらず微笑んだまま。


「『ヴァレンティア大尉』より、何倍も親しみやすいと思わない?」


「親しみやすさ通り越して失笑されるやつだろ!!!」


「大丈夫。君はもともと人気者だから、絶対に盛り上がるよ」


そう言う時のアーヴィンの笑顔は優しい。でも少しだけ黒い。

昔からそうだ。俺の弱みも強みも、全部知ってる目だ。


「……なんで、俺を選んだ?」


「君以外に誰がいるの?近接戦闘部隊のエースで、身体を張って皆を守る隊長。士気を上げる象徴として、これ以上の人材はいない。僕が保証する」


俺が黙っていると、アーヴィンの緑の瞳が、妙に真剣な光を帯びる。


「終わりの見えない戦争で、兵士も国民も疲弊している。立ち上がるには、理屈じゃない『偶像』が必要なんだよ」


「······」


アーヴィンはたぶんわかって言っている。そう言われれば、俺が引き受けるしかなくなると。

恨めしい気持ちを抱えたまま、俺はアーヴィンの整った顔を見た。


「……で?お前もやるんだろうな?アイドルってんなら、お前のほうがよっぽど適任だろ」


「もちろん僕も参加するよ、ほら」


《ステージネーム:スナイプアイズ☆プリンス·エメラルド中尉》


「おい、お前ふざけんな!普通にかっこいいじゃねぇか!!!!」


「王子枠も必要かなって」


「自分で言うな!!!」


アーヴィンは笑った。

……やっぱりどこか黒い笑みで。


「レオン、僕は君にしか頼めないんだ……ね?」


なぜだろう。この一言に、毎回俺は逆らえない。

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