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20代最後のゲイのエッセイ  作者: 赤井獺京


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一番純粋な恋は思春期の頃の行き過ぎた友情の先にあるものだと僕は思う。

好きな作品で言えば『怪物』だったり『CLOSE』といった少年同士の友情と恋の間にある名前のない関係を描いた作品が僕は好きだ。


その名前のない関係は、名前が無いからこそ特別に感じて当事者にとって受け入れがたい事実になる。実際にどちらの映画でも、自分の中の友情がそれじゃない別の何かになってしまって、それに気づいたときにその相手を拒絶するようなそんなシーンが描かれる。


僕はその時の葛藤が好きだ。


普通に好きといえない。それでも好きな相手。


僕たちの関係はその相手を好きと認めることの葛藤から始まる人が多いと思う。思春期の、自分の性が他の人と違う。それに気がついてしまった時の自身との葛藤。

僕たちは葛藤を超えて人を好きになる。


だけど僕の人生に葛藤から始まる恋でハッピーエンドは無い。みんなもそうだと思う。大体の人たちはね。


現実の恋愛にハッピーエンドは少ない。それも思春期の頃ならなおさらだ。傷ついて、傷ついて、立ち直れなくなるまでへこんで、また恋をする。


 現実の世界で好きになった相手が自分と同じ同性愛者で、なおかつ自分を好きになるなんてそんな可能性は極めて低い。気になった人がいても相手はノンケなら何も物語は始まらない。それに映画みたいに物語が始まったとしても、名前のない関係の映画や、同性愛の映画ですらハッピーエンドで終わらない。


どちらかが死ぬか、両方死ぬか、片方に異性の恋人ができるか、別れるか。


そういった作品は作成する監督自身もハッピーエンドを体験していないから、不幸で終わらせるのだと思う。


だから世には不幸な同性愛作品があふれている。だけど不幸な実らない恋で終わるからこそ、世界で一番純粋な恋でいられるのだと思う。


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