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20代最後のゲイのエッセイ  作者: 赤井獺京


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知らないところに行きたい。その場所には名前が無くて、その場所も僕を名付けない。

知らないところに行きたいな。

誰も自分を知らなくて、自分が誰かも分からない場所へ。

その場所には名前が無くて、その場所も僕を名付けない。

僕たちは常にどこかのだれかだった。


いつかの自分は、1年1組出席番号18番で図書委員だった。

いつかの僕は、野球部のキャプテンだった。

いつかの私は、元彼の彼女だった。

いつかの僕は宿題をちゃんと出して成績も十分な優等生だった。


いつかの僕たちは、どこかの誰かに所属していて、誰かにとっての何者かでしかなかった。


自分を名付けるのは自分じゃなくて常に他者やその場所。

どこに住んでいる、誰の息子、どこの学校に通っている。


そんなものでしか僕を見てくれなくて、本当の何者でもない僕を誰も知らない。


自分は自分と言う場所にいて、自分と言う名前でしかない。


どこの誰でもない。自分にとっての自分だ。


何を言っているか分からないかもしれない。

でもきっと、まだ君が「どこかの誰か」としてしか生きていないからだ。


だから、たまには独りで知らない場所に行ってみるといい。誰も知らない自分になって、自分を感じてみよう。


人の目なんか気にせずに、自分をする。


僕にももちろんどこかの誰かになりたい時期はあった。

誰かの彼氏になりたかった。

いい役職に就きたかった。

誰かの僕でいたかった。

憧れのあの人になりたかった。

ずっとどこかの誰かしらに憧れていた。


だけど疲れてしまった。どこかの誰かで何者かでいることが。

僕は僕で僕の物だ。


だから憧れるのをやめた。


僕は僕をやろうと決めた。


憧れることをやめて何者かになることを辞めてしまえば、人生はそんなに大変じゃないと思う。


辞めてしまえば、後は自分を楽しむだけ。


自分の欲求だけに耳を傾ける。


それが自分、僕になること。



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