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20代最後のゲイのエッセイ  作者: 赤井獺京


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実家に帰ると、いたれり、つくせり。

いたれり、つくせり。


実家に久しぶりに帰ると当てはまるのはまさにこの言葉だ。


駅に着けば迎えに来てくれて、家に着けばご飯ができている。何が食べたいかと聞いてくれて御馳走が用意される。帰りには野菜や米を持たせてくれて、駅まで送り届けてくれる。


これはかなり贅沢で、良い両親で、それも健在であるからできていることでとても恵まれていると実感する。だけどそれは、僕がこの家のお客になったみたいで、僕の部屋はここにはなくて、実家にいる時が実家から離れて暮らしているのだという実感をより感じされる。


昔みたいな、お風呂入っちゃいなも、ご飯食べちゃいなも、お風呂洗いしておいても、何もない。


ここは確かに実家で、久しぶりに会う両親は老眼鏡をかけていて、お風呂の椅子が変わっていて、僕の部屋は物置になっていて、外には雪が降っていて、飼い猫のタマももういなくて、ここは僕が育った確かな場所なのに、少しだけ落ち着かないのが悲しくなって、僕の家はどこなんだろうって、明るい砂浜を永遠にさ迷う感覚に陥る。


祖母の家にいけば91歳だけどまだ元気で、だけど昔みたいに手料理は出てこなくて少し悲しくて、新幹線を降りたら駅のスーパーが巨大なゲームセンターに様変わりしているのも切なくて、駅には思ったより人は歩いていなくて、友達はもう元には誰もいないから帰省しても会う人がいなくて、こっちじゃ自分がゲイだってことを隠していなきゃいけなくて、彼氏と住んでいることを友達と偽って、だから名残惜しいけれど僕の帰るところはやっぱり都会なのかと思ったり、もう少しここに居たいなって嘘でも思うようにしたり。


懐かしいおもちゃと、知らないおもちゃ、僕の買った椅子と、知らないこたつ、僕の知らない僕の実家でそんなことを思ったりする29歳のゲイでした。


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