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20代最後のゲイのエッセイ  作者: 湊 俊介


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生まれる前に考えることができたなら、みんなこんなに悩んで生きていないのだろうか。ゲイである僕の生きる意味とは。

 僕は疲れてくるとなぜ生きるのかをよく考える。なぜ自分が存在するのか、その理由はあるのかを考える。そもそも地球上に存在する生命の生きる目的は種の存続であるはずだ。自分の子供を作る。子孫を残す。それなのに僕は生きているにもかかわらず同性愛者だ、子孫を残せない。 

 そりゃあ無理にでも女性と性行為をしたり、精子だけ出して体外受精とか可能性がゼロなわけではないけれど異性愛者みたいに、この人と種を存続させていきたいといった理由で人を好きになることが無い。


 客観的に考えれば、生きているのに生命体の根本的な活動をしようとしないのであれば同性愛者たちは精神疾患と言われたり迫害されたり病気と言われたり、そう思われても仕方がないと思う。精子に異常があって子供が作りにくいみたいな病気と一緒で治療すれば治ると思われても仕方がない、と当事者ながら思ってしまう。


 それに思春期の頃には男の子しか好きになれないのは、いつか治ると思っていた。治ると思っていたということは、自分がおかしいと自分が差別をしてたたということだ


 僕は物心がついた頃から好きになるのは男の子だった。別に精神面が女の子なわけではない。女装には全く興味がないし男でありながら男が好きなだけなのだ。そうなると本当に生まれてきた意味が分からなくなる。精神面が女の子で、体が男なら行為の対象は男女関係になるからまだ理解できる。だけど僕の場合は男男関係だ。自然界的に子孫を残せない。


 ならなぜ僕は生きる。子孫を残す以外に目的があるから、子供を作ることなんかに時間を使わないでそっちをやりなさいと神様がしてくれたのか。それならその何かとは何なのか。


 生きるためにピアノを弾いて、なぜ生きるのかを考える。なぜ弾くのかを考える。

 生きるために文章を書いて、なぜ書くのかを考える。なぜ生きるのかを考える。


 僕たちは生きながら同時進行でその事を考えすぎている。どうせなら生きる前に、僕はこの世界をどう生きたいのかをじっくり考える時間があればこんなに今悩んだりもしなかったのではないか。


 精子が卵管に侵入して卵子を見つけるまでの間に、僕たちはこの世界をどう生きたいかをよく考えて、受精するかどうかをその時に選べたら僕たちはこんなに生きながら悩んだりもしなかったのかもしれないと思う。


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