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20代最後のゲイのエッセイ  作者: 湊 俊介


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あのピーターパン達も大人になった。

大人になるということはどういうことか。29歳になった今も正直わからない。


少なくとも29歳という年齢は大人ではあるけれど、それじゃあ今から大人ですと明確な気持ちの切り替えをした記憶はない。だから僕は社会的大人ではあるけれど大人になったと実感はしていない。


それでは大人になるのは、どのタイミングなんだろうか。  成人式。成人式は大人になることを祝うための式だ。20歳のお祝い。女の子は数年前から髪結いの予約や着物を選んで準備をして、男どもは時間ギリギリにスーツを着て、タバコを吸って喫煙所で大人ぶる。式は長々と話が続いて夜は駅前で朝まで飲み明かす。泥酔して吐いて、初恋の女の子に声をかける。  これが大人になるということなのか。


これをしたからといって大人になれるとは思えない。  サラリーマンになったとき。これも一般的に大人の仲間入りとも思えるけれど、いざ働き始めると子供よりひどい大人たちが威張り散らかしている。これは違う。


大人の対義語は子供、なのだから答えはシンプルかもしれない。僕たちは子供だった。子供から大人に変わるのは、子供に「子供」ができたときだ。親になったとき。僕はそう思う。 ピーターパンにはもちろん子供はいない。ロストボーイズという取り巻きはいるけれどピーターパンの子供じゃない。彼はずっと取り巻きを従えてリーダーを気取っている。だけど仮にピーターパンに子供ができてしまったら、彼は大人になるしかない。


取り巻きの子供たちの面倒を見るんじゃなくて自分の「子供」を面倒見なくてはいけない。  そこにはご飯を食べさせたり、教育したり、育てるための義務が生じる。取り巻き達の面倒を見ることは義務ではなかった。彼らが勝手についてくるだけだ。だけど自分の子供は手をかけないと死んでしまう。義務に従って育てる。義務を持ったものが大人なのかもしれない。  


僕と同じくピーターパンだった人たちはほとんどが大人になった。義務を背負った。29歳になると友人の9割は義務を持って生きている。だからもう川辺に集まってBBQをするみたいな年に一度のイベントも自然と消滅した。みんな会社員として働いて、家を建てて、義務を遂行している。一人で四人分の義務を背負って生きている友人もいる。  


その事実を知ると僕だけ後ろに置いていかれているような気がして悲しくなる。中学三年生の時に周りのみんなが彼女を持ち始めて、女の子を好きでもないのに彼女を探すみたいなあの時と変わらない。  ゲイで子供を持てないのに家族を作らないと、無駄に焦っている。昔から何も変わっていない .


僕は死ぬまでピーターパンだと思う。 あのピーターパン達も大人になった。それは心から祝福したい。僕にはできないことを、生命として至極真っ当なことをしてくれている。


ありがとうと気持ちを込めて「いいね」を押した。

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