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B級のミカタ

作者: 河神 淳

 ――男は、『B級映画』を観るのが好きだった。

 俗に言う『B級』を好き好んで鑑賞する、かなり変わった趣味を持つ男だった。



 男は、今日も今日とてB級映画を堪能する。

 部屋の電気を全て消し、手にはポップコーンを構え、いつでもコーラを飲める姿勢を取り、映画のラストを見届ける。


 いま鑑賞しているのは、B級アクション映画。

 前々から気になっていたのでDVDを借り、いざ実際に今日初めて観てみたのだが――内容も含めその全てが薄い。

 さすが、巷で『超B級』と言われるだけのことはある。やはり一切面白くない。


 だが、男は観続ける。

 周りが真っ暗闇に包まれる中、面白くない映画を面白そうに1人きりで観届ける。


 映画もついに終盤だ。


 序盤からバレバレだった元仲間の裏切りが発覚し、安っぽいVFXで何の迫力もないバトルシーンが描かれ、ついに最高潮(クライマックス)

 その戦いの決着が描かれる、まさに直前で。


 ――男は、逃れることのできない災いに見舞われた。


 そう、地震だ。突如として地震が発生し、男の家は大きく揺れる。

 とてつもない揺れが襲い、男は一度映画を止めた。一時停止ボタンを押し、そのまま近くにあった机の中へ身を投げる。

 頭を守るように支え、揺れが収まるのを待ち続ける。


 いま男が隠れている机は、非常に小さいものだ。

 だから身体の上半身は無事だが、足に関してはそのほとんどがはみ出てしまっている。


 ――部屋のタンスが、男の右足めがけ勢いよく落ちてくる。

 中に入っていた沢山のB級映画DVDたちが、その右足を集中狙いしてくる。


 映画の内容(ストーリー)自体は軽いものばかりな癖に、大量に積み重なった円盤(ディスク)は腹が立つほど重い。

 右足からは多量に血が吹き出て、痛みが限界を迎える。

 まだ地震の揺れは収まらず、男は先程まで観ていた映画の再生ボタンを押せないまま耐え続け――。





 気が付けば、見知らぬ病院の一室にいた。


 どうやらあの後、男は気絶してしまったらしい。

 気を失い、家の下敷きになっているところを救急隊に助けられたようだ。


 地震が起きてから1週間後。男は命に別状こそ無かったが、両足が使えなくなった。

 リハビリなどという次元の話ではない。右足も左足も共々機能させることが難しくなり、男は一生車椅子での生活を余儀なくされた。


 そして、足だけではない。

 記憶も少しだけ飛んでしまっている。

 守れていたようで実は頭も少し打っていたらしく、その際に軽く記憶も吹っ飛んだようだ。


 自身の名前や家族の名前。学歴や職歴、趣味といった大事なことは覚えている。

 ただ、その中でもたった1つだけ忘れているものがあった。


 ――それは、地震が起こる直前の出来事だ。


 男は確か、いつも通りB級映画を観ていた。

 世間では批判されるような面白くない作品を鑑賞していて、しかもそれは最高潮(クライマックス)に達するシーンだったというのを覚えている。

 だが、その作品がなんだったのかを忘れてしまった。


 一体どれを観ていたのか。

 何という題名(タイトル)の映画を観ていたのか。

 それらが全く思い出せない。

 思い出そうとしても、なかなか記憶の蓋が開いてくれない。


 だからこそ、地震を生き残り命に別状は無くとも、心はずっと晴れないままだ。

 震災から数年が経っても、永劫に曇りきっている。


 ――男は、その後何年間と映画を観続けた。


 『もしかしたら』と思うB級映画を、毎日毎日鑑賞した。

 あの作品を探すため。

 あの、地震が起こる直前に観ていた映画の結末を観届けるため。


 何年、何十年。

 どれだけ月日が経とうと、男は『あの映画』を探すことを諦めなかった。

 この世に星の数ほどある映画を観尽くし、B級映画に限らず『名作』と呼ばれるものも沢山観た。


 もしかしたら、あの震災の直前。自分は何かの気まぐれでB級映画を観ていなかったかもしれない。

 その可能性もあったから、とにかく様々な種類の映画作品を時間の許す限り鑑賞した。


 世界中の人々に愛される名作から、悪評が飛び交う駄作まで。

 激しいバトルが繰り広げられるアクション作品から、頭を使うミステリー作品まで。


 世の中に存在する『映画』を無数に観て、観て、観て、観て、観て、観て、観て、観て、観て、観て、観て、観て、観て、観て、観て、観て、観て、観て、観て、観て、観て、観て、観て、観て、観て、観て、観て、観て、観て、観て、観て、観て、観て、観て、観て、観て、観て、観て、観て、観て、山ほど鑑賞して。



 ――そして、いつしか男の身体は果てる寸前まできていた。


 寿命だ。100を越える齢になるまで生き、それまでに数えきれないほどの映画を観たのだが、しかし男は『あの映画』を見つけられなかった。


 手を動かせず、マトモに食事も取れず、毎日を病院のベッドで送る。


 そんな日々を過ごす中で、男はもう諦めていた。

 『あの映画』を見つけることなど、既に不可能だと。

 こんな状態になった今でも、男の孫が沢山のDVDを病室に持ってきて映画を再生してくれるのだが、やはりそのどれもが『あの映画』ではない。


 何十年経った今でも、地震が起こる直前に観ていた映画だけを思い出せない。


 良いところだったはずだ。本当に決着が付くような、作品のオチを知れる大事な部分だったはずだ。

 それは覚えている。作品の見所とも言えるような箇所で震災が起きた。それだけはしっかりと覚えている。


 だが、その作品の内容だけを思い出せない。


 ――死ぬ。体力の限界だ。

 身体が機能を停止させ、天からお迎えが来るのを感じる。

 あと少しで自身の魂がこの世から消え去るのだと、男はそう覚悟した。


 男の真横では、娘とその夫。そして孫が椅子に座り涙を浮かべている。

 反対側の真横には、机の上にかつての嫁の写真が飾られてある。


 白く寝心地の良いベッドで、その一生を終えていく。

 生涯を、安らかに目を閉じながら終えようとした





 ――その時だった。

 ふと、聞いたことのあるような音が男の耳に響いてきたのだ。


 いつ、どこで、誰と。それは分からない。

 どのタイミングで聞いた音なのかも区別が付かないが、間違いない。


 俳優の棒読み台詞。安っぽい効果音。所々で混じってしまっているスタッフの声。


 それら全てが、かつてどこかで聞いたことのあるものだった。


 男は閉じようとしていた目蓋を開け、斜め上に置かれてある小さなテレビ画面を観る。

 今、その画面では孫が持ってきてくれたDVDの映像が再生されている。


 確か、孫がその映像を再生させる前に言っていた。


「おじいちゃん、今日はこれを持ってきたよ! え~とね……タイトルは……分かんないや。何て読むのこれ? ま、いっか。ちゃんと観れるか分からないけど、おじいちゃん昔の映画とか好きだからね。今日も適当に流しておく! レンタル屋で隅の方に置かれてて、埃が被ってあった何十年も前の映画!」


 それがテレビ画面にて流され、男は目を見張る。

 身体中がしわくちゃとなり老衰を迎える寸前だった(かんきゃく)は、画面(それ)に写し出される映画を観る。


 約80分ある1本の映画を観切って、本当に最後のエンドロールまで全てを瞳に閉じ込め――。










 ――男は、その一生に幕を降ろした。

 映画好きの男は、最期の最後に人生で1番好きなB級映画を見つけ、ゆっくりと銀幕(カーテン)を閉じた。

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