第2話 選ばれた理由
バッジを受け取った由紀は早速セーラー服の襟に付けた。
「お、おい、失礼だぞ…!後で付けろ!」
「良いんだ山下君。じゃあ神上君、これから君が参加するとある【計画】について話すね」
山下と由紀は前のめりになった。
「この計画の名は【モーセ計画】。まぁ簡単に言うと、ある海域の調査をしてほしい」
「海域の調査…?私一人でですか?」
「いや、もちろん一人じゃない。チームでだ」
由紀は隣の山下を見た。しかし山下は首を振った。
「一緒のチームになるメンバーは私も分からないが、でこぼこチームになるのは確実だろう」
そう言うと松乃は机の角を二回叩いた。
するとたちまち机の表面いっぱいに世界地図が浮かび上がった。
「す、すごいですね…!なんですかこれ大きいスマホみたい!」
「おい神上!あんまベタベタ触るな!」
興味津々な二人とは裏腹に手慣れた様子の松乃は太平洋の中心を二回タップした。
すると白い建物が拡大されて写った。
「これが今いるオリエント基地。その横を見るとNo.56って書いてあるでしょ。つまり、今私たちがいるここは『海域No.56』ということ」
続けて松乃が言った。
「今回のモーセ計画で調査に行ってもらうのは『海域No.82』。誰も踏み込んだ事のない海域だ」
まだ机に興味津々な由紀を置き去りにするように山下が質問した。
「しかし松乃長官、私も無線で軽くは聞きましたが、この海域は噂話ではないのですか?」
「いや、それが実際に存在するんだ。山下君、君はインド洋にある『海域No.83』は知っているかい?」
「はい知っています。実際に行ったこともあります」
「じゃあ話が早いね。その時、一箇所だけ真っ黒な場所はなかったかい?まるで底が無いような真っ黒な場所が」
「そういえば…ありました。でもそこは良くあるただ水深が深い場所なのでは?」
「違う。その場所こそが『海域No.82』なんだ」
ここでやっと机の興味が薄くなった由紀が松乃に言った。
「でもなぜ、今になって調査するんですか?今まで何も問題が起きてないんですよね」
「それがね、一ヶ月前に問題が起きてね。最新の技術によって分かったんだけど、どうやらそこの海底からガスが噴出してるらしいんだ」
「ガス?でも海底のガス噴出は良くあることでは?」
一呼吸して松乃が言った。
「これがまた厄介なガスでね。植物や生物がそのガスの成分とうまく適合してしまうと、大幅な進化を遂げるらしいんだ。大きくなったり小さくなったり…いずれは人間を超える生物が現れるかもしれない。まぁ今のところ全容は解明できてないけどね」
山下が質問しようとすると松乃は時計を見て立ち上がり机の角を二回叩いた。
「さぁ今日はここまでにしよう。この後に会議が入っているのをすっかり忘れていたよ。どっちにしろ続きはメンバーが揃った時に話そうかと思っていてね。そうだ神上君、メンバーの顔合わせは今からちょうど一週間後。アメリカの国際海洋基地『アダムス』で午後の一時からやる。くれぐれも遅刻しないようにね」
由紀は聞きたかったことがまだあったが喉に突っかかるまま返事をした。
「了解いたしました長官。しかし長官、私はこのあと基地ガーネルに戻ったほうがいいのでしょうか」
「もちろん。仲間にお別れを言う時間が必要だろう」
「はい。では失礼致します!」
山下と由紀は部屋を出て小型船に戻ろうとしていた時だった。
「すまん、忘れ物をしてしまったようだ。先に船で待っててくれ」
そう言うと山下は長官室に戻っていった。
「失礼致します松乃長官!」
「おー山下君。忘れ物?」
山下はずっと気になっていたことを聞いた。
「どうして神上が今回のモーセ計画の一員に選ばれたのでしょうか!神上の成績はとても良いとは言えません!」
松乃が笑いながら言った。
「神上君には悪いが、彼女が除隊になることは以前から分かっていた。だから私はモーセ計画の話が上がったときから彼女を推薦すると決めていてんだ。山下君、神上君の船の操縦の成績は?」
「歴代で一番と言っていいほど最低な成績です!」
「潜水の成績は?」
「同じく最低です!」
「じゃあ、海図解析の成績は…」
「全部歴代最低の成績です!どうやって海上自衛隊に入れたのか不思議なくらいです…!」
「では…、銃の扱いはどうかな」
「そ、それだけは群を抜いて特筆していると思われます…。」
松乃がふと遠くを見ながら言った。
「私は初めて神上君を見た時は驚いたよ。射撃訓練を見に行った時、彼女は全ての弾を的の中心に当てていた。それだけだと良くいる優秀な者だが、彼女は違った。全ての弾が一ミリもズレること無く同じ箇所を通っていたんだ。夢を見ているのかと思ったよ」
松乃は続けて言った。
「他の成績を鑑みると隊に居させる事はできない。しかし、かといって彼女を除隊させるのはあまりにも勿体なさすぎる。それがモーセ計画のメンバーに選んだ大きな理由だ」
「そうでしたか…。お忙しいところ失礼致しました!私はこれで…」
山下が部屋を出ようとすると松乃が一言。
「山下君、君も一緒に『アダムス』に来てくれないか。私の補佐役として」
密かにモーセ計画に興味を持っていた山下は迷いはしたものの二つ返事をした。
「松乃長官とまた一緒に仕事ができるなんて光栄です!しかし、私の後任は決まっているのでしょうか」
「明日中には決めておくよ。後任が決まったら引き継ぎを忘れないようにね」
松乃はこの先の全てが見えているかのような目で遠くの光る水平線を眺めていた。