第七話
奇しくもリリーの声で我に返った兵士の一人が飛び出し、今まさに扉の奥へ姿を消そうとするローザへ槍を構える。
「おい!?やめ──」
アイヴァンの静止も遅く、放たれた槍の切っ先が容赦なくローザの腿を貫いた。
肉を裂く鈍い音と共に、彼女の身体が崩れ落ちる。
その刹那──リリーが吠えた。
「──貴様ぁぁぁぁっ!!!」
これまで一度も見せた事のない激昂にその身を震わせ、彼女は何の躊躇いもなくその兵士の首を力の限りに切り捨てた。
肩を上下させ、荒い呼吸を繰り返す。
それでも尚溢れ出る激しい感情のやり場を求めるかの様に、リリーの鋭く光る眼差しが次の標的を捉え──
「……ひぃっ……!!!」
怯えきって動けないでいる様子の兵士に、ふらつく足で一歩ずつ歩みを進めていく。
「……う、うわぁぁぁぁぁ!!!くっ、くるな……っ!!やめてくれ……っ!!」
彼は極度の恐怖に支配された様に取り乱し、でたらめに槍を振り回しながら後ずさる。
「やめろ……っ!!と、とまれぇぇっ!!」
渾身の力を振り絞るように大きく槍を突き出した時にはもう──彼の息は既になかった。
リリーが空で刃を一振りすると、まとわりついていた血液が床に飛び散り礼拝堂を冷たく汚す。
そして、僅かに理性を取り戻し、ようやくローザの元へと駆け寄った。
「ローザ!!」
「……リリー…っ!ごめんなさ、うぅ…っ!」
「そんな事はいい!すぐに応急処置────っ!」
ローザの傍らに膝をついたその時、リリーの視線が、ふとそれを捉える。
扉の奥に光る二つの目玉───縁いっぱいに涙をため、息すら止めるかの様に口元を小さな手で必死に抑えつけ、震える子供。
この教会に引き取られている孤児の一人がそこにいた。
「いつからそこに──」
「……騎士様…また、悪いやつがきたの……?」
ギリギリで留まっていた涙がせきを切ったように溢れ出し、彼の頬を濡らす。
「……っ!」
「僕ら、また……痛い事される……?」
その言葉にリリーの表情が崩れた。
「……違う、そんな事はもう絶対にないわ。約束よ。」
一瞬だけ悲痛に顔を歪め、奥歯を噛み締めた後に力強く彼女はそう答える。
「ユリ。シスターが少し怪我をしてしまったの。一人で神父様を呼んでこられるかしら?」
リリーの言葉に安心したのか、ユリと呼ばれた少年──ユリウスは、腕で一度目を擦ると、大きく首を縦に振った。
「ありがとう。いい子ね」
リリーは顔に少しの微笑みを浮かべながらそう告げると、走り去って行く小さな背中を確認してからローザへと言葉をかける。
「ローザ。聞いていたわね?すぐにオレアがここに来るわ。それまで耐えて」
「……えぇ。わ、私なら大丈夫…っ」
腿に突き刺さった槍の周囲から鮮血が滲み、水溜まりの様に広がっていく。
想像を絶する程の痛みがローザを襲っているのは明らかなのに、彼女は気丈に笑ってみせた。
その痛ましさにまたもや顔を歪めるも、リリーは迷わずローザの修道服に手を伸ばす。
槍の刺さった部分から赤黒く染まった布を引き裂き、それを手早く捻って腿の付け根を強く締め上げた。
「うぅ……っ!」と彼女の口から苦痛がもれる。
一通りの応急処置を済ませ「手当てが終わり次第オレアと逃げて」と、その言葉を最後に再びリリーは剣を手にして立ち上がる。
「……どうして何も言わないの」
︎︎この様子をただ黙って見過ごしていたアイヴァンへと刃を向けた。




