第五話
警備詰所から目と鼻の先、庁舎群の中央に位置する王国行政局の文書保管庫。
その入口を警備する兵と軽く言葉を交わし、アイヴァンは中へと足を踏み入れた。
「覚悟はしてたが……」
壁一面を覆う棚と、そこに隙間なく収められた資料を前にアイヴァンは大袈裟にため息をつく。
額に手を当てて「やれやれ」と首をふり、先程得たばかりの教会についての資料探しに取りかかった。
過密に格納された資料を無理矢理引っ張り出し、ひとつひとつ確かめる作業は思った以上に骨が折れる。分類は雑然とし、索引などは始めから存在していない。
アイヴァンは時折似たような名前に惑わされながらも、手を休める事なくひたすらに作業を続けていく。
気づけば蝋燭の芯はすっかり短くなっていた。
窓のない保管庫内は時間の流れもわかりにくく、いつの間にかかなりの時間が過ぎていたらしい。
それからさらに少しの時間を費やして、ようやく彼は目的の資料にたどり着いた。
『王都庇護区 聖セリア教会(旧ラクリマ庇護院)登録事項記録簿』
アイヴァンはやっとの思いで見つけたそれを手早くめくり、教職名簿の欄にある神父の名前を確かめた。
「……はは、こりゃまたなんとも」
行政局でかなりの間資料探しに奮闘していた彼が城に戻ったのは、普段ならもうとっくに仕事を終えている時刻だった。モーリスの調書を保管するために、アイヴァンは記録室へと急ぐ。
「随分遅かったのね」
手元の分厚い紙の束から顔を上げつつ、リリーは今しがた部屋に入ってきたアイヴァンへと声をかける。
そんな彼女の姿を確認して、アイヴァンはにこりと笑顔を作った。
「その分の収穫はあったさ」
そう答えながらリリーへ歩み寄り、先程作成したばかりの新たな調書を手渡した。
「なんと第一発見者どころか目撃者様だ」
リリーの眉毛が微かに動く。手渡された調書にすぐに目を走らせる彼女を視界に入れたまま、アイヴァンが続けた。
「それで分かったのが、なんと現場には二人いた。その片方が聖セリア教会の神父じゃないかって事だ」
「……そう、そんな事まで」
調書から目を離す事なくリリーが答える。
「明日は朝からそこへ行こう。……ってわけで、お前も今日はさっさと休めよ」
そう言ってアイヴァンは出口に向かい、
「──あ、そうそう。その神父、ファミリーネームがセラフィンっていうらしい。珍しい名前じゃないとはいえ嫌な偶然もあったもんだな」
そう言い残して記録室をあとにする。
彼が出て行ってからも彼女はしばらく手に持った調書を眺め、その場に一人留まっていた。