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第十二話


「あなたでしたか。どうぞ中へ」


 先日訪れた時と同じ司録官がランプを手渡しながら言葉少なに入室を許可する。



 重い扉を開いた先に広がる暗闇。ランプの灯りに照らされた室内は、以前入った文書保管庫と同じ様に壁一面が書類で覆われている。


 ただ、あそこよりも人の手が加えられているらしく、綺麗に分類された書類があるべき場所へと収まっていた。



「さすが秘録文書室ってか。……なんだって、こうも整ってるもんかね」


 ぼやきながらも足を動かし、目当ての書類が保管されている棚を探していく。

 視線が棚を滑り、ついに彼の目がある一点で止まった。



「Lの棚は──っと、ここだな」


 その中から適当な物をひとつ取り出して名前を確認する。




『リリー・セラフィン 詳細非公開記録』




 アイヴァンの手が微かに震えた。


「……こういう運の良さはいらないんだよ…」



 資料の一枚目に指をかけ、そこで一度、アイヴァンの動きが止まる。


 目を閉じ、深く息を吸って吐き出す。それからようやく意を決した様に、止まっていた彼の指がゆっくりと表紙をめくった。





 ──王国歴712年霜月第12日、王都第三商工区旧染織倉庫群(廃棄指定区域)において実施された違法取引摘発作戦(近衛騎士団第三隊指揮)により、未登録児童4名を確認。

 うち1名は保護前に死亡、残る3名は重篤な状態で発見・保護された。



 該当児童の1名については、公的記録・出生届等一切の登録情報を持たず、外見及び身体発育状況等から推定年齢10歳前後と診断。


 身体各所より、長期にわたる暴行及び性的搾取の痕跡を確認。損傷の分布、処置遅延の痕跡等から、被保護者は極めて非人道的かつ劣悪な環境下に置かれていたものと推察される。



 保護当時、当該児童は意識不明・低体温・高度の栄養失調状態にあり、搬送先医療機関の初期診断においては「生存見込み極めて薄」との所見が記録されている。




「……っ…」


 想像を遥かに上回る余りにも過酷な内容に、アイヴァンは言葉を失いただその場に座り込んだ。


 指先が徐々に冷たくなっていく。


 それでも目が文字を追うのを止められなかった。





 ──当該作戦により、現場からは非登録商人複数名及び、資産家層に属すると見られる取引関係者が拘束され、人身売買を含む違法行為への関与が確認されている。児童は当該取引の対象として確保・監禁されていたものと判断される。


 なお、当該取引に関し、王都上層貴族の関与が一部記録及び証言により示唆されたが、身分保護規定第17条に基づき、対象者に対する直接的な司法調査・聴取は実施されていない。





 ──保護後は、旧ラクリマ庇護院に一時収容され、当時の院責任者である修道女セリアの監督の下、保護措置が実施された。


 この過程において、当該児童には「リリー」との名が与えられ、姓「セラフィン」は保護者代行を務めた修道女セリア(旧姓:イングリッド・セラフィン)の姓を準用したものである。



 以降の記録において、正式名称は「リリー・セラフィン」として登録されている。


 本人による過去の証言は断片的かつ不確定であり、正確な出自、経緯等は依然として不明。一定期間の観察・育成措置を経たのち、王国騎士団への適性が認められ、後に近衛騎士団へと転属されている。



 本記録は特別保全対象に指定されており、正規の閲覧には王国保全局および近衛騎士団上位指揮官級の閲覧権限を要するものとする。




 アイヴァンは資料の束を両手で握り締めた。

 紙の上に温かな水滴が落ち、インクの文字がじわりと滲む。



 震える指先、喉の奥にせり上がる感情は怒りか、悲しみか、それとも──。



 ただ一つ確かなのは、彼女がこんな過去を誰にも語らずに生きてきたという事だった。





 アイヴァンは、その後どうやって自室に戻って来たのか覚えていなかった。


 気が付けば消灯の時刻は過ぎ、灯りの落ちた部屋で一人呆然と横になっている。



 彼があの日以来まともに眠れた事はない。


 目を閉じる度に、彼女を手に掛けた夜の記憶が頭の中を埋め尽くしていった。



 ──「ひとり殺していく事に、あの日の私が救われた…っ!!!」



 彼女の過去を知ってしまった今になって、あの言葉が胸の奥に鈍く響く。


 徐々に重く、冷たくなっていくリリーの感触は、時間が経ってもアイヴァンの腕から消える事はなかった。



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