第十一話
厚い石壁に囲まれた地下牢は、昼でもほとんど光が届かない。
苔むした床と、どこか遠くから漂う腐臭が鼻を突く。
そんな場所に姿を現したアイヴァンは、その目だけで見張りに立つ兵士の一人に合図を送った。
兵士が「はっ!」と短く敬礼をして、腰の鍵束を鳴らし牢の扉を開ける。
「悪いが二人にしてくれ」
アイヴァンの言葉にその場にいた兵士が全員牢を離れた。
「元気か……ってのもおかしな話だな」
簡素な机と椅子が置かれるのみの牢の中、静かに佇むオレアに向けて声をかける。
「結局、上は貴族共の醜聞を隠す判断にしたらしい。あいつが起こした事件はただの猟奇的な連続殺人として処理されたよ。……巷じゃあいつは極悪人だ」
アイヴァンは返事を待たずにそう続けて鼻で笑った。
「そう、ですか」
「あんたも表向きはただの異端者としてここにいる」
机を指の先で二度叩いてからようやくオレアの前に腰掛けた。
「──なぁ、教えてくれよ。どうしてあいつはあんな事をした?
確かに全員クソ野郎だったさ。でも殺す程かって言われるとそうじゃないのも混ざってたはずだ。」
未だ謎に包まれたリリーの動機への疑問を口にする。
「それは……わかりません。私にも彼女の全てを理解するのは難しい」
「……じゃあ質問を変えよう。何故あいつの犯行を止めてやらなかった?」
アイヴァンがこれまで秘めていた怒りを瞳に滲ませ、目の前のオレアへと詰め寄った。
「あんた、殺した後も刺し続けるリリーの腕を取ったんだろう。それを何で殺す前にやってやれなかったんだ」
「……見られていたんですね。自分でもわかりません……ただ、彼女を救いたかった」
苛立ちを隠す様子もなくアイヴァンが小さく舌打ちをもらす。
「殺人を見逃す事が救いか?」
「──ええ、あるいは」
そう言って少しの間口を閉ざしていたオレアが、呟く様に言葉を続けた。
「リリーがこれまでに殺してきたのは、全員が子供を害していた者達です」
「……害していた?」
アイヴァンがその言葉を聞いて眉を顰める。
「孤児や人身売買によって手に入れた子供達を、弄ぶ……と言えば伝わりますか?」
「あの子……ユリウスは、彼女が初めて殺人を犯した夜に連れてきた子供です。
日常的に伯爵から酷い扱いを受けていたらしく、暫くは誰であれ大人を酷く怖がりました。……ただ一人、彼女を除いては。
ユリウスにとってリリーは、自分を救い出してくれた、唯一信用の出来る大人だったのでしょう」
アイヴァンが額に手を当てて俯き、「…本物のクソ野郎じゃねぇか」と奥歯を噛んだ。
「しかし……使用人にも隠し通せるような事じゃないだろう」
「ええ。もしかしたら気付かなかったのかもしれませんし、そうではないのかもしれませんね」
そのオレアの言葉に一度深く息を吐いて、アイヴァンが口を開いた。
「……そうか。しかしそりゃユリウスにとっての救いだろ。あんたが言うリリーの救いってのは何なんだ」
「──彼女の……いえ、私達の過去はご存知で?」
文書保管庫で見た三人の記録がアイヴァンの脳裏に蘇る。
同じ日、同じ場所で保護されたと記されたその下に並ぶ、またしても共通する"詳細非公開"の一文。
「そこに答えがあるかもしれません」
それ以上語るつもりのない様子のオレアに、アイヴァンは黙って椅子から立ち上がる。
「私からも、最後に一つ質問をしても?」
開いたままの牢の出口に歩みを進めていた背中に、オレアが声をかけた。
アイヴァンは無言のまま振り返り、黙って続きを促す。
「彼女……ローザの容態は?」
「……ああ、……生憎、今朝早くに」
彼の言葉に、オレアは一拍の沈黙のあと、ただ静かに目を伏せた。




