私のせいじゃないのにクビですか? と思ったら……
「……というわけなの」
「はい」
「ルビーは優秀ですからね」
侍女をクビになった。
先輩の粗相を押しつけられただけなのに。
侍女頭のベルベットさんは私のことを認めてくれていると思ってたから、ちょっとショックだったのだ。
紹介状を書いてくれるとのことだったのでベルベットさんの部屋に行ったら、思いも寄らぬことを聞かされた。
何と今まで勤めていたゴーラム子爵家、潰れちゃうかもしれないんだって。
税金の誤魔化しがバレつつあるんだそうで。
いや、この家ちょっと収支のバランスおかしいんじゃないの? と思ってはいたのだ。
でも私は貴族家の経営について実家の事情しか知らなかった。
何より侍女として下っ端だったから何も言えなかった。
やんぬるかな。
ゴーラム子爵家は取り潰しにならないにしても、使用人の大量解雇は免れ得ない状況なんだって。
ベルベットさんは今回のちょっとした粗相にかこつけて、私を先に逃がしてくれるつもりだそうだ。
実にありがたい。
「ルビーはクルーズ男爵家の令嬢なのでしょう?」
「一応、はい」
貧乏男爵家ではある。
だから侍女として行儀見習いを兼ね、奉公に出ているのだ。
もっとも私のような者は少なくない。
「いいお話があるのよ。タンストール伯爵家で、来年貴族学院高等部に入学する年齢の侍女を探しているのだそうで」
貴族学院は我が国最高の教育機関だ。
教育内容もそうだが、最高の人脈を構築できるチャンスがある。
ああいうところで学べるのは幸せだなあと思うが、学費は超お高い。
私のような貧乏男爵家の、跡継ぎでもない娘が通うところじゃない。
「どういう理由でなのでしょうか?」
「タンストール伯爵家の嫡男もやはり来年高等部に入学なのですって。でも勉強に熱心じゃないらしくて、進学試験に受からないかもという話なの」
学院って初等部からは持ち上がりだと思ってた。
一応進学試験があるんだな。
「可愛い侍女と一緒に勉強させて、やる気を出させるんですって」
「つまり私も一緒に勉強するというお仕事なのですね?」
「編入試験に受かれば、ルビーも高等部に通わせてもらえるのよ。魅力的な話でしょう?」
ええっ?
全然諦めていた学院高等部へ入学できるかもしれない!
燃えるシチュエーションだ。
編入試験は難しいと聞くが、私も私塾では優等生だった。
せっかくのチャンスなのだから、絶対にものにしてみせる!
「大変ありがたいです」
「いいのよ。ルビーのようないい子には可能性をあげたいわ」
ベルベットさんはいい人だなあ。
伯爵家に奉公できるなら、実家も喜ぶだろうし。
「ベルベットさんはどうされるのですか?」
「わたくしも早晩ゴーラム子爵家を辞去します。息子に来ないかと誘われていますのでね」
ベルベットさんの息子さんならちゃんとした方だろうな。
心配なさそう。
「では失礼いたします」
◇
――――――――――デニス・タンストール伯爵令息視点。
「教えてくださってありがとうございます。ためになります」
「えへへ」
新しく入った侍女ルビーは、僕と同い年ですごく可愛い。
落ち着いた深みのある赤毛はルビーという名にピッタリ。
しかもやたらとちゃんとしている子。
実家の仕込みがいいのかな?
ルビーはクルーズ男爵家の令嬢なんだそうだ。
貴族の令嬢であっても、経済的な事情とかで貴族学院に通えない者は多い。
うちで結婚するために辞める侍女が出て、ちょうどいいからとルビーを雇うことになった。
……多分僕にやる気を出させるため。
だって僕と同い年の侍女で、タンストール伯爵家で学費を出すから学院高等部にチャレンジさせるって、どう考えても作為を感じるだろ。
わざとらしい父上母上の作戦でもやる気になるわ。
だってルビーは真面目でメチャクチャ好みのタイプなんだもん。
おまけに普通に侍女として優秀なんだと思う。
さりげなく褒めてくれるし、ちょうど疲れて一息入れたいところでお茶を出してくれるし。
僕と同い年なのに、ルビーのスキルというか、気遣いすごくない?
どこまでが給料の内なんだろ?
ルビーは私塾で一年間だけ読み書き計算及び一般常識だけ習い、その後は侍女働きしていたそうだ。
学院初等部四年間で習うべきことを、一年で詰め込まれていることになる。
高等部に編入できる学力レベルに全く達していない。
のだが……。
一緒に勉強していて、やたらと覚えが早いと感じる。
本来ルビーはかなり頭のいい子なんだろうな。
学院初等部に通えなかったのは可哀そうだと思う。
「私に勉強させてくれるなんて、旦那様には大変感謝しております」
「でも編入ってすごく難しいと聞くよ?」
編入枠は特別優秀な者だけに開かれた道だ。
何らかの事情があって初等部に通えなかった者や平民の天才児、外国からの留学生等のための枠。
学院の内部進学生に刺激を与えるためという、うがった見方もされている。
ルビーの勉強の進捗が、編入試験までに間に合うかな?
「はい。せっかくチャンスをもらえたので頑張ってみようと思います」
「うん、応援してる」
「ありがとうございます」
にこっと笑顔を見せるルビー。
えへへ。
いや、僕が足を引っ張っちゃいけない。
大体ルビーと一緒に高等部に通えたら素晴らしいじゃないか。
本気になって勉強を始めてみてわかったが、僕の理解って浅かったわ。
ルビーに質問されてええと? ってところが多かったもん。
こんなことじゃダメだわ。
父上は僕の内部進学試験が通るかを心配していた。
さすがに進学試験が通らないなんてことはないだろうけど、僕ももっと勉強しないといけない。
だってもしルビーが編入試験に通ったら、当然最優秀クラスに在籍することになる。
今の成績のままなら、僕は下位クラスだろう。
せっかくなら高等部でルビーとクラスメイトでありたいじゃないか。
僕が懸命に勉強に取り組むことは、父上の思惑通りなんだろうと思う。
でも癪だという気には全くならない。
だってルビーと同じ目標に向かって努力できるんだから。
僕は目の前の赤毛の美少女と高等部に通うんだ!
「よし、もう少し勉強を進めようか」
「はい」
◇
――――――――――半年後、タンストール伯爵家邸の当主ザカリーの書斎にて。ベルベット視点。
「いやはや驚いた。あのデニスが最優秀クラスですよ」
「頑張りましたわね。もっともあなたの子でわたくしの孫なのですから、それくらいの地力があるのは当然とも言えます」
「母上の寄越してくれたルビーのおかげです」
ルビーは真面目で機転が利き、何でもそつなくこなせる子でした。
以前の職場、ゴーラム子爵家邸はまあ。
わたくしが侍女頭として迎えられた時はひどい有様でした。
家の緩みが使用人の統制にも表れていたんでしょうね。
私も職務として、締めるところは締めました。
ただ調査をして、やはりゴーラム子爵家はダメだと思いました。
ルビーのような子に出会えたのは幸運でしたね。
そしてあの子を潰してしまうのはもったいないと思ったのです。
「母上は今後は?」
「ええ、ゴーラム子爵家を最後の仕事にします。今後はタンストール伯爵家に置いてもらっていいかしら?」
「もちろんですよ。うちの使用人どもをビシビシ鍛えてください」
あら、ザカリーはまだわたくしを働かせるつもりかしら?
もう引退のつもりでしたけど。
わたくしは元々王宮女官でした。
陛下の子供時代に教育係だったこともあります。
ザカリーの父親と出会い、恋に落ち、死別して。
各方面からの援助もあり、一人息子ザカリーが成人して正式にタンストール伯爵家を継いだ時はホッとしました。
同時に喪失感も覚えて。
当時はまだ王太子だった陛下から依頼を請けたのはそんな時です。
放漫な経営の貴族家がいくつかある。
侍女として潜入し、調査してくれないかと。
侍女働きは若干畑違いかと思いましたが、王宮女官だったわたくしです。
特に問題はないでしょう。
王宮からの紹介ならどこでも高待遇で雇ってくれますしね。
王太子殿下直々に命じられた、やり甲斐のある職務でした。
いくつかの家を渡り歩いたわたくしの潜入捜査は、貴族の引き締め効果があったと思いたいです。
「母上の最後の任務になりますか。ゴーラム子爵家は」
「そうですね。ひどいものでした」
子爵はこってり絞られると思います。
しかし陛下の温情で、男爵に降爵ですみそうな気配です。
恨まず真っ当な経営に立ち返って欲しいものでありますね。
ゴーラム子爵家でルビーを見出せたのは、本当に幸運以外の何物でもないです。
ルビーももう少し勤めていればゴーラム子爵家の経営がおかしいことに気付き、自分から辞めようとしていたかもしれません。
それくらい聡い子です。
「母上の考えとしてはあのルビーを?」
「デニスの婚約者でいいのではないかと思います。しかしこれはタンストール伯爵家当主のあなたとデニス本人で決めることでしょう」
「ハハッ、デニスはルビーを好いておるようです。反対しては恨まれそうですな」
よかった。
ザカリーにもルビーをタンストール伯爵家に迎え入れることに対して、特に反対する理由はなさそうですね。
ダメを押しておきましょうか。
「これを」
「何ですか?」
「ルビーの実家、クルーズ男爵家の調査報告書です」
「おお、さすが母上。抜け目のないことです」
「裕福でこそないですが、取り立てて問題視する点はありません。交易の得意な我がタンストール伯爵家が助力してやれば、特産品となりそうなものもありますよ」
「ほう? 興味深いですね」
真剣に検討を始めましたか。
これで十中八九ルビーはうちの子になるでしょう。
実に楽しみです。
◇
――――――――――ルビー視点。
侍女仲間には、やっぱりね、ルビーは特別だと思ってた、と言われた。
何がって、私がタンストール伯爵家の嫡男デニス様と婚約したことがだ。
特別な目で見られていたとは。
いえ、デニス様を発奮させろ、何とか高等部に進学させろというところまでは、最初に請け負ったとおりだと思っていた。
でも聞いてた印象よりもデニス様は真面目だし、一生懸命勉強していた。
これで勉強に熱心じゃない、高等部に進学できるかわからないと言われてしまうのか。
さすが貴族学院のような我が国のトップの学校ともなると、レベルも大変なものだなあ、と思っていたら違うらしい。
ちゃらんぽらんのデニス様が驚くほど勉強に身を入れるようになったと、伯爵様直々に褒められたのだ。
デニス様は優しいし親切だよ?
元々勉強も何かの拍子にするようになったんじゃないかなあ?
多分私は関係ないと思う。
でも褒められるのは嬉しかった。
デニス様とともに学び、知識を吸収していくことが楽しかった。
私も学院高等部に編入できるよう頑張った。
高等部に通える者の発表は、内部生も編入生も同日だ。
デニス様は私の編入試験合格を自分のことのように喜んでくれた。
いい人だなあ。
内部生の進学試験は同時にクラス分けを兼ねているのだそうだ。
私はデニス様と同じ、最優秀クラスになった。
やっぱりデニス様できる人ではないか。
進学が危ぶまれているとは何だったのか?
でもまた伯爵様からお褒め与った。
デニス様が最優秀クラスなんて、初等部時代の成績からは考えられないと。
本当なのかな?
ここで結構なサプライズがあった。
何と以前ゴーラム子爵家邸でお世話になった侍女頭ベルベットさんは、伯爵様の母君なのだそうだ。
ええ?
いや、でもそれなら私をタンストール伯爵家に推薦してくれたのも納得だ。
ベルベットさんみたいな素敵なレディにすごく評価されていたんだなと考えると、とても嬉しい。
何でもベルベットさんは最初から私をデニス様の婚約者としてちょうどいいと、タンストール伯爵家に送り込んだらしい。
どうして?
家格の差は歴然と存在する。
男爵家は数多あれど、伯爵家ともなると我が国に一〇家しかない。
紛れもなく高位貴族だ。
私は貧乏男爵家の娘に過ぎないのだが。
でも学院高等部の最優秀クラスに名を連ねるくらい優秀なら、全然構わないんだって。
最優秀クラスの女子生徒は数人しかいないから、却って羨ましがられるくらいだそうで。
一種の見栄なのだろうけど、貴族にとって周りからどう見られているかということは重要だ。
学歴や成績もまた一つの判断材料なんだと、改めて強く感じた。
ともかく私は大手を振ってデニス様の婚約者でいいらしい。
今のところは。
「僕だってルビーのような賢くて真面目で可愛い令嬢が婚約者なんて嬉しいんだ」
「ありがとうございます。そう言ってもらえると何よりです」
「だから少し肩の力を抜いて、遊ぼうよ」
「誘っていただけるのは喜ばしいことです。ただ私がデニス様の婚約者であることを許されているのは、成績のおかげなのですよ。成績を落とすわけには参りません」
「そ、それもそうか」
「一緒に図書室へ行きませんか?」
「うん。ルビーと一緒なら何でも楽しいよ」
わたくしの目に狂いはなかったとベルベットさんには言われるけど、何が何やら。
せっかく勝ち取った学院に通う資格と、デニス様の婚約者の座なのだ。
キープするために、一にも二にも勉強というのが私にできること。
学ぶことは好きだ。
私の好みにデニス様を巻き込んでしまっていることは申し訳ない。
が、学院高等部を優秀な成績で卒業できれば、タンストール伯爵家次期当主としてプラスになるだろう。
「ルビーは本当に真面目だなあ。でもそんなところが好き」
「私も親切で努力家のデニス様が好きです」
「頑張らざるを得ないなあ」
デニス様の笑顔が優しい。
できることからコツコツと。
それが今の私達。
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