表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

人類進化論 1

 

 ピピピピ、ピピピピ…。


 枕元に置いておいたスマホから、小気味の良いアラーム音が控えめに鳴り出した。薄らと目を開けると、寝室は暖かな朝日で溢れている。天気予報通りのいい朝だ。無造作に体にかけていたタオルケットを除けると、ベッドの脇に脱ぎ捨てられたスリッパに足を滑り込ませる。

リビングに出てみると、大きな窓に付けられたカーテンの緑色が部屋の中を優しく照らしていた。


Cera(セラ)、カーテンと窓開けて、テレビも点けて」


“了解 しました”


 テレビの隣に置かれた黒い円柱の中心が、声に反応してエメラルドに光る。それと同時にカーテンがゆっくりと開き、窓も重なるようにして開けられていった。爽やかな風が一気に部屋へと入り込む。


『——ではここで、最新のニュースをお伝えします。本日午前2時頃、都内の自宅マンションにて政治家の後藤理人氏が倒れているところを内縁の妻が発見し、病院へ緊急搬送されたのち、死亡が確認されました。現在死因は判明しておらず——』


「朝から嫌なニュースばっかだな」


 天気はこんなに良いのに、と独りごちながら洗面室へと足を運ぶ。簡単に歯を磨くき、冷水を顔に当てるだけの洗顔をする。


 洗面室を出ると再びリビングに戻り、そのままキッチンへと出向いてインスタントの珈琲を入れる。働き始めるまで特に珈琲が好きだったわけでもないし、友人に勧められたら飲む、くらいだったけれど、働くようになってからは何故か毎朝飲むようになった。

マグを片手に窓から外を眺める。流石東京都内というだけあって、高層ビルやら電車などで視界が埋め尽くされる。日光に反射して煌めく高層ビルの窓たちは美しいが、あの中で今日も必死に働いている人たちがいるのか、と思うと少しだけいたたまれない気持ちになった。自分の仕事は嫌いではないし、寧ろ大好きと言ってもいいくらいだけれど、世の中には辛い思いをして仕事をしている人たちがいることも知っている。

ゴクリ、と最後の一口を飲み干すと、マグを小型の食洗機に入れボタンを押す。洗い始めたことを確認すると、寝室に戻った。


 ハンガーに掛けていた真っ白なワイシャツに袖を通すと、ヒヤリとした感覚が身体を包んだ。普段はあまり着ることがないから首元が少しむず痒いが、今日は仕方があるまい。セミオーダーのスーツも着ると、壁際に置かれた黒い長方形の鞄を手に取る。アタッシュケースの黒バージョン、のような怪しい雰囲気を醸し出しているが、断じて拳銃や大量の現金など物騒なものは入っていない。というか、何も入っていない。中に充電器から外したスマホを入れ、会社で着けるために、と深い緑色のネクタイも放り込む。見た目の割に中身のない鞄をひょいっと持ち上げると、寝室を後にした。


「Cera、窓とカーテン閉めて。あとテレビも消して。じゃ、掃除よろしくな」


“了解 しました”


玄関先でそう言うと、ブツリとテレビアナウンサーの声が途切れ、カーテンや窓が閉まる音が聞こえ始めた。使い古したお気に入りの白いスニーカーを履き、玄関の扉を開ける。出勤だ。


 マンションの前にある大きな横断歩道を渡り、5分ほど歩いたところにあるビルが職場だ。家から近いから出勤時間ギリギリまで眠ることができるのが、気に入っているポイントだった。


 ビルは中くらいの高さのものがふたつ、α棟とβ棟に分かれ数本の渡り廊下で間を繋ぐ形で前後対になって建っており、そのすぐ横には少し大き目のマンションが一階フロアを共有する形で接続している。


「おはようございます」


「おはようございます、雨宮(アメミヤ)様」


 ビルに入るには、α棟とマンションが共有している1階エントランスを通る必要があり、そこには、24時間体勢で最低ひとりは警備員がついている。

 エントランスは広くとってあり、受付デスクと、その横に6基ほどゲートが並んで配置してある。さながら駅の改札と空港の金属探知機を付け合わせたような見た目だ。雨宮は——雨宮葵はゲートの1つに歩み寄ると、そっと右手首をかざした。


processing(読み込み中)〉の赤い文字が目の前に現れる。ゲートに取り付けられたいくつものセンサーが、雨宮の瞳孔や顔のパーツの位置等を分析していく。3、4秒ほど待つと、〈verified(認証完了)〉の緑色の文字と共にゲートが開いた。


ゲートの先はエレベーターホールになっている。左側の壁に4台の大きなエレベーターが埋め込まれ、右側には通過したばかりのゲートと同じものが4基並んでいる。その奥の建物は社宅マンションとなっており、そこから直接出勤する者が使うのだ。



“地下3階です”


現在時刻は8:45。

今日もまた、研究が始まろうとしている。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ