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雨がシトシト降る朝、朝稲雛子はアラームよりも早く目が覚めた。なぜなら、好きな人に会えるから。
八時十分、窓際の自席に着席し、待つこと約五分後、
「実保ちゃんおはよー。」
「ななちゃんだ、おはよう。」
朝、少し早く登校して、好きな人に一番におはようを言うのが私の日課だ。私に声をかけられると最初に必ず「ななちゃんだ、」って言うところ、とても可愛いと常々思う。実保ちゃんはいつも私の好きのど真ん中にいる。容姿も、性格も、声色も、体型も、雰囲気も、何から何まで全てがどストライクなのだ。
「毎日雨でつゆ真っ只中って感じだねぇ。実保ちゃんは梅雨、すき?」
「うーん、雨は好きだけどたまに降る雨が好きなの。それに梅雨は蒸し暑いし、好きくない。」
実保ちゃんは肩につくかつかないかくらいの髪を持ち上げ、もう片方の手で首元を仰いでいる。かわいい。
「今日髪ゴム忘れちゃった。体育なのに。」
「良ければ貸すよ。そっか、やっぱり梅雨は鬱陶しいよね。」
「うん。鬱陶しい。」
私は梅雨をこよなく愛している。私が蒸し暑くて、他の季節に比べると過ごしやすいとは言い難い梅雨をお気に入りのシーズンとしている訳も実保ちゃんにあった。雨の日、実保ちゃんの体調は良くない。クラスで感染症が流行しても、冬にプールに落ちてずぶ濡れで下校した翌日でもいつも元気な実保ちゃんが、だ。机に突っ伏していることが普段より多いし、時折頭痛がするのかこめかみを押さえている。たまにふらつくし、顔色も冴えない。この前の雨の日、実保ちゃんが保健室にいたので、放課後に養護教諭のもとへ体調不良の原因を探りにいってみたところ、低気圧不調だと言われた。その日は特別気圧が低いと、天気予報でも言っていた。なんでもよく喋るし、デリカシーもあまりない養護教諭なので難なく聞き出せた。目的は果たしたしさっさと帰ろうとしたらまだ喋り続けるつもりのようで、適当に相槌を打って聞き流していると、実保ちゃんが最近頭痛薬を貰いに頻繁に保健室に来室していることを聞いた。
自分の頭痛薬を飲みきった実保ちゃんが、治まらない頭痛に痺れを切らし、手を頭に添えながら牛歩の歩みで階段を降りて、一階の保健室で薬を貰って、先生に心配されることに居心地の悪さを覚える。そんな一連の流れが頭に浮かび、いつの間にか興奮して、ニヤニヤが抑えられない自分がいた。そして、初めて明確にそれが自分の「癖」であると認識した。そうだ、私は昔からそういうのが好きだったのだ。思い返してみると、思い当たる節しかない。小学生の時はいつも保健委員をしていて、それは、体調の悪いクラスメイトを保健室まで連れていくのが嬉しかったからだ。毎日毎日、クラスメイトの体調不良に期待していた。中学生の時もそうだ。隣の席の人が貧血体質で、顔を青白くして吐き気に耐える彼の姿を眺めていると、いつの間にか心が満たされた。日常に転がる些細な他人の体調不良が、私にとって妙に妖艶で魅力的なのだ。本当は、もっと前から分かっていた。わたしにそういう嗜好があって、それは変であることも。
見ていてそう感じただけなのだが、実保ちゃんは周りに気を使われるのを過度に嫌がっている気がする。理由はよく分からないが、自分の不調を隠す癖がある。さっき、雨の日は不調、と言ったが、実際に実保ちゃんの不調に気づけた人はどれほどいただろうか。私ほど実保ちゃんのことをじっくり見つめていてもなかなか気づけないほど、実保ちゃんのポーカーフェイスは完璧に近い。自分の不調を繕って無理している姿も健気で愛らしく、さらに私を魅了した。
そしてそれは今日も例外ではなく、私と話している間、実保ちゃんはずっと心ここに在らずという感じである。頑張って私と目を合わせようとしているが、すぐに目線が机に落ちて、なんだかぼーっとしている様子だった。ふとした素振りに現れる彼女の不調に、私はすごく興奮する。親友の体調不良に興奮するなんてとても不謹慎なことは理解している。しかし、どんなに良くないと思っても、彼女が辛そうだったり、我慢したりしている姿は、私を高揚感で満たすのである。




