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妖精探偵と愛する密室  作者: 山本羊羽
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三章 進展

ユリさんとオーナーさんを結界宿に残し、名刺の片方に記された住所へ行くことに。この世界の街は基本的に広くなく、大抵は歩きが移動手段となる。東端から西端まで徒歩三十分といったところらしい。自動車や電車の線路は存在していない。

「住所が二種類あるというのは、引っ越す前のもの後のものと考えるのが自然かな」

「古いものを処分しなかったと」

「最近引っ越したのかもしれないからね。そういうこともあるだろう。しかし大きくないこの街で引っ越す理由があるかな。家が老朽化したとしても、別の家を立てる必要は無いと思うけれど」

「何か理由があったんでしょう」

二つの住所はどちらもこの街の領域内だ。

「もし家に鍵が掛かっていたらどうします」

「これで開けて、中を探索する」

ウエストポーチから鍵を取り出し天に向ける。

「引っ越したのなら現在は空き家で、何も無いかもしれませんよ」

「彼は親と暮らしていたが、最近一人暮らしを始めたと予想するよ」

「なるほど。それだと親の住まいか、クリード氏の住まいの二択ですね」

「ショウゴ君も何か予想してみてくれ」

「二つの住所の?無茶言わないで下さいよ」

この議論の行く先には何も無いだろうと思いながら街道を並んで歩く。やはり美しい所だ。首を左右に動かしてしまう。日の出からかなり時間が経ち、人が多くなってきた。

「見えてきたよ。あそこだ」

あっという間に目的地に到着した。十分も歩いていないかもしれない。

家の正面に立ち、全体を見渡す。綺麗な壁だ。老朽化はしていないだろう。ここが引っ越す前の住居だとしたら勿体無い。外観は新築にも引けを取らないくらいだ。

シンゲン氏は扉へ歩み寄り、三度ノックした。ここではこれが常識らしい。

その扉は内側から開かれた。鍵を使わずに済んだが、これはつまりもう一つの住所の鍵ということになる。

「はいどちら様でしょうって..まあ!」

シンゲン氏を見て驚いた声を上げたのは、上品な妙齢の女性だった。この人がクリード氏の母親なのだろうか。

「シンゲン様ですよね?よく読んでいるんですよ、貴方の本」

「これはこれは。光栄です」

胸に手を当て、目を細める。私がシンゲン氏を見ると、目が合った。以前出会った頃に、執筆をしているだとか、有名人だとか言っていたのを思い出した。

「本日お邪魔したのは、この方についてお話を伺いたいと思いまして」

クリード氏の名刺を見せる。もちろんここの住所が記されている方だ。

「?うちの息子が何か?」

やはりこの人がクリード氏の母親だった。

当然彼が死んでいる事は知らない。

「理由は後日話しますが、クリード君について色々と教えて頂きたいのです。人物像、人間関係、等々」

彼が死んでいる事は真相が分かるまで明かさないつもりのようだ。

「それは構いませんが、本人に当たるのは駄目ということでしょうか」

「ええそうです。ご理解下さい」

「クリードは半年程前に一人暮らしを始めたので、あまり最近のことはわかりませんが、それでも良ければどうぞ上がって下さい」

シンゲン氏がこちらを向いて表情を明るくした。二つの住所の予想が当たったからだろう。半年も実家の住所が記された名刺を処分しなかったとは、クリード氏は中々ガサツな性格だったのだろうか。

「お邪魔します」

この街の美しい家々の内装を目にするのは初めてだ。結界宿は日本とそこまで変わらない内装だったが、民家には文化風習が現れている。家具のほとんどが純白で、塗装の剥げは見受けられない。招待された客間中央のテーブルは縁が金、それ以外は白。椅子も同様なので、座るのに少し躊躇してしまう。

壁に掛けられた銀時計に目をやっていると、

クリード母が飲み物を持ってやって来た。高級感のあるシルバートレーに、白金のカップが二つ乗っている。あらゆる物が金銀白で統一されており、どこか落ち着かない。

目の前にカップが置かれた。中は薄緑だ。お茶だろうが、細かくは分からない。

「どうも」「ありがとうございます」

シンゲン氏と私が言うと、クリード母が向かいの椅子に座った。所作も上品だ。

「申し遅れましたクリードの母のクリス・トールと申します」

クリスさんは深々とお辞儀をする。

「早速ですが、クリード君の年齢と職業を」

「歳は今年で確か二十一になるはずです。仕事は私もよく知らないんです。一人暮らしと同時に商売を始めたらしいとは聞いていたのですが、細かい事は何も」

「そうですか。いえ結構です。では、特に彼と仲の良い人物は思い当たりますか」

「仲の良い人物ですか。幼馴染みのポルコ君は引っ越した今でも会っています。後は、よくここに遊びに来ていたアルハ君にジュリアス君。クリードは狭く深い付き合いをしていたので、すぐ思い付くのはこれくらいですかね。こうして話していると、女性との関わりが少ないと改めて感じます」

「というと」

「クリードも成人したというのに、結婚の事を全く考えていないようなんです。私としては早く相手を見つけて貰いたいのですが」

ユリの名前は未だ出て来ない。

「一人も親しい女性は思い当たらないと」

「ええ。すみません」

「ユリという女性はご存知ですか」

やはりシンゲン氏もそこが気になるようだ。

「ユリさん?うぅん、分かりません」

頬に片手を当て考える。クリードとユリが恋人なら、親が名前くらい知っていてもおかしくないが、知らないらしい。

「もしかして、クリードの彼女さん?」

「それはまだ分かりません。そうだと良いですね」

「もしそうなら安心です」

ユリさんと話した時に、あの二人が恋人かどうかをまず確認しておくべきだったか。

「では、クリード君の使用する魔法について。勿論話せる範囲で結構ですよ」

「クリードのアタックスキルは炎属性で、学校ではいい成績を残していたんです。他の方のお手本に抜擢されるくらいに。それだけ魔法の腕があって、顔も良いのだから、彼女の一人くらいできると思うのですけど、どうもその気は無いみたいで。」

この世界にも学校があるのか。異世界の学校といえば魔術師養成学校のイメージがある。

黒のローブを身に付けた学生を思い浮かべるた。

「ユニークスキルは跳躍強化です。戦闘の授業では常に使用していたので、隠す必要は無いとクリードが言っていました」

強力なユニークスキル持ちは命が狙われると聞いていたが、そんな輩は返り討ちに遭わせる自信があるのだろう。跳躍強化というのだから、文字通りの能力か。私は軽々と飛び跳ねながら戦う炎術師を頭の中に造り出した。なんとも厄介そうだ。

「それは強そうです」

「この辺りは平和なので戦う機会はほとんど無いですけれどね」

跳躍強化は強力そうだが、殺して奪うのに見合う能力とはいえないだろう。

そして、今回の事件との繋がりは見えない。

「彼に道具開発の才はありますか」

「道具?いいえ。学校では戦闘一筋でしたので、そういったのは特には。座学や実験の授業は要らないとよく言っていましたよ」

学校では魔法だけでなく科学的な授業も行なっているのか。後でシンゲン氏から学校について教えて貰おう。

「そうですか。では話にあった、ポルコ君、アルハ君、ジュリアス君の住所は分かりますか。」

「少し待っていて下さい」

クリスさんは立ち上がり、どこかへ行った。

何か住所を確認する物があるのだろうか。

少しずつ飲んでいたお茶のカップは半分程減っていた。知らない風味だが、上質なものであるのが分かる。苦味が少なく飲みやすい。

クリスさんが戻ってきた。手には厚みのあるノートのようなものを持っている。それをテーブルの上に置くと、真ん中辺りから開く。どうやら知り合いの住所が記されたもののようだ。連絡手段の電話や郵便が無いとこういった形式になるのか。

「ポルコ君に..アルハ君..」

ポルコ氏の住所は前の方のページにあり、アルハ氏とは間が空いている。クリード氏とポルコ氏は幼馴染みということだから、昔に書き込んだのだろう。

「ジュリアス君..はい三人共ありました」

三人分のページに指を挟ませて言う。ジュリアス氏の住所はアルハ氏より数ページ後だ。

シンゲン氏は手帳とペンを取り出す。装丁の素材はレザーのようで、使い込んでいる。

全ての住所を書き留めると、

「どうもありがとうございます。ではこれからポルコ君の所に行ってきますので」

と手帳を閉じると、クリスさんが問いかけてきた。

「あの、クリードについて聞かれた理由はまだ私には教えられないのでしょうか」

「その時が来ましたらお教えしますよ」

微笑みながら答える。その時が来ると思うと心が痛む。

そういえば。私はこの家に入ってから何か喋っただろうか。


まだ何か言いたげなクリスさんに別れを告げ、ポルコという男の住所へ向かう。

すれ違う人が若干多くなり、活気を感じる。

多くが人間だが、所々に別の種族が見える。

ドワーフのような人が荷物を担いでいたり、

翼の生えた人が物を売っていたり。人々の髪色が様々な所も異世界といった感じだ。

シンゲン氏は時折声を掛けられるが、軽くあしらっている。やはり有名なようだ。

「さっき話に出た学校というのは」

「やはり気になっていたか。学校に関する話はより興味深そうに聞いていたね」

そんな風に見えていたのか。

「この世界には一つの国に少なくとも一つずつは教育学校が有ってね、何歳でも通う事が出来るんだ。このカナロ公国にも、''カナロ・アカデミー''なんて捻りの無いネーミングの学校がある。ここの隣街に」

「そういえば、この街の名前って何です?」

「ああ言っていなかったか。ここはウタノバだ。そして、隣街はイノレイ」

ウタノバにイノレイ。覚えておこう。

「イノレイも平和で中々良い街だよ。ここに負けず劣らず美しいしね。話を戻すが、学校では主に魔法について学ぶ。アタックスキルとユニークスキルを日常的に使えるようになるには、学校に通うのが効率的なんだ。その人の使える魔法を鑑定する設備があるんだが、その設備は貴重で学校にしか設置されていない。ショウゴ君もこの事件が一段落したら鑑定して貰おうか」

「私も魔法を?」

「これまでの転生者も例外無く二種類の魔法が使えたから、ショウゴ君も使えるだろう」

そうだったのか。実は移動中の暇な時に右手に力を溜めるイメージをしたり、片目を閉じて念じたりしていたのだが、それらしい手応えが無かったので、魔法は使えないと思っていたのだ。まさかこの歳になって学校に通いたいと思う時が来るとは。

「腹は減ってないかい」

「少し減りました」

あの死体を見た後だが、異世界に来てから約半日程飲まず食わずで歩き回っているので多少お腹は空く。

「ポルコ君の家まですぐだが、あそこの店の串は旨いんだ。買ってくる」

シンゲン氏は歩幅を広げて店の前まで行ってしまった。何かの串焼きのようだ。十秒も経たずして戻ってきた。

「はい」

両手に持った串焼きの片方が差し出された。焼き鳥に見えるが、大きさが一般的な物の倍はある。茶色のタレが輝き滴っており、先程まで感じていた微量の空腹が一瞬にして膨れ上がった。紙に包まれた持ち手を掴む。

「焼き鳥ですか」

「向こうの世界にもあるかい」

「ここまで大きいのは見たことが無いです」

「ギガントって鳥は大きくて旨い上に繁殖能力が高いから、よく食べられているんだ」

シンゲン氏は口を開け、最上の一つを口内に収める。口の端が茶色になった。それに倣い私も食べると、日本の焼き鳥より美味しく感じた。空腹感のせいではないと思う。数個食べた後に口の端を触ると、タレが指に付いた。食べ終わった後で綺麗に拭いておこう。

焼き鳥を食べながら歩いていると、最後の一つを残してポルコ宅に到着してしまった。急いで食べ終えると、シンゲン氏がこちらに右手を伸ばした。シンゲン氏の口は綺麗になっている。串を渡すと、懐から黒い袋を取り出してそれに串を入れ、また懐へ。

ポルコ宅は二階建てのアパートの一室のようだ。住所には確か二号室とあった。

「では行こうか」

「留守だったらどうします」

「そんな心配は要らないよ」

そう言うと二号室の扉を三度ノックした。

「ゴッ」「うわあ!」「ダン」

中から何か声と音が聞こえた。するとすぐに

男の子が現れた。成人しているかどうか分からない、童顔で眼鏡の少年だ。ポルコ氏はクリード氏と幼馴染みらしいから、この少年がポルコ氏なら二十一歳前後だろう。眉間に皺を寄せ足の指を抑えており、涙目になっている。どこかにぶつけたようだ。

シンゲン氏を見ると、彼の瞳が輝いた。

「シンゲンさん!シンゲンさんですよね!」

またしても有名人だと思わされる。この少年もシンゲン氏の本の愛読者か。

「ポルコ君だね」

「はいそうです!一体僕なんかになんのご用件で?」

「この人物について教えて貰いたいんだ」

クリード氏の名刺を見せる。住所は引っ越し先が記された方だ。

「クリード君の?どうしてです?」

「理由は後日教えるよ。今はまだ話せない」

「また何かトラブルでも起こしましたか。まったくしょうがないなぁ。」

また?ここは掘り下げておくべきだろう。

「いやぁまさかこうしてシンゲンさんとお話出来る日が来るなんて!クリード君には感謝しないとですね。僕、小さい時から本が好きで、その頃からずっと読ませて頂いているんです。この近くに住んでいるんですか?知らなかったです!先々月に出た痛ぁ、のも何回も読み直してて!」

落ち着きの無い少年は歩きずらそうにしながら奥へと入っていく。シンゲン氏と私もそれに付いて部屋の中へ。

この家の内装もほとんど白一色だ。床、壁、靴箱、机、椅子、視界に映る物のほとんどが白を基調とし、端々に金と銀の装飾がなされている。床には何やら本が積まれているが、一目では何の本か分からない。

クリード宅と似たテーブルの片側二脚に座り、反対にポルコ氏が座った。

「ではまず、君の使える魔法について。話せる範囲で結構だよ」

「はい、アタックスキルが風属性で、ユニークスキルは即時睡眠といって、まあ文字通りすぐにいつでも寝れるって地味なものです」

「風属性といえばシンゲン氏と同じですね」

「そうなんですか!ふふ、エルフですもんね」

即時睡眠は忙しい現代人や不眠症の方々が羨ましがることだろう。これも今回の事件とは無関係に思える。

「クリード君と君は幼馴染みと聞いたが」

「学校に入学したのが八歳で同じ時だったので、話すことが多かったんです。それから仲良くなって、もう十三年になりますか」

ではポルコ氏はクリード氏と同じ二十一歳となる。

「最近会ったのはいつ頃かな」

「ええと、先週かなあ。二十五日の夜にクリード君の家でお酒飲みながら少し話してました。近況報告みたいなことを」

今が十二月一日。クリード氏が死んだのが二日か三日前だから、十一月二十八か二十九日だ。暦は元の世界と同じものなので分かりやすくてありがたい。

「具体的に話した内容は」

「二人共結婚を急かされていて大変とか、一人暮らしは気が楽だとか、何でもないような事を三時間くらい話してました」

「その時のクリード君にいつもと違う所はなにかなかったかい」

「ええ?ううん、いつも通りだったと思いますけど..あっ、最近薬を飲みだしたんですけど、でもそれくらいですかね」

「「薬?」」

私のこの場での第一声とシンゲン氏の反応が重なった。クリード氏の死体で最も奇妙なのは胃袋のみ損傷している点だ。飲み薬は明らかに怪しい。

「何の薬かは聞いたのかい」

「普通の胃腸薬だったはずです。カプセル剤でした。なんでも最近胃もたれが酷いとか。ストレスでも溜まってるのかなあ」

クリード氏のポーチからは出てこなかったから、引っ越し先の自宅にその薬があるのかも知れない。もしそうなら調べなければ。

横を見るとシンゲン氏の口角が上がっているのに気付いた。

「では次に、ユリという女性は知っているかな」

「ユリ..ユリ...聞いた事無いと思います」

「クリード君との会話で登場したりしなかったかい」

「いいえ、全く」

大きく首を振る。ユリさんを知っている人は未だ現れない。近しい人にも関係を隠しているのか、それとも初めて出会って間も無く二人で宿に泊まったのか。

「クリード君と仲の良い人は誰か思いつくかな」

「そうですね、まず出てくるのはアルハさんです。何年か前に学校で仲良くなって、それからよく遊ぶようになったみたいですけど、なんというか、悪友って感じなんですよね。何度か僕も会ったことがあるんですけど、こう目付きが鋭くて、口調もぶっきらぼうで」

ポルコ氏は両目尻を人差し指で持ち上げる。

「ジュリアス君は知っているかな」

「ああ、話には聞いていますよ。クリード君とは最近仲良くなった人で僕はまだ面識がないんです。クリード君から聞いた話だと、優しくていい人だそうですけど」

友達の友達は他人といった所か。

「それ以外に仲の良い人は」

「クリード君結構シャイで無愛想で、中々心を開かないからなあ。これだけだと思います。」

「では先の発言だが、またトラブルでも、というのは?よく起こしているのかい」

シンゲン氏もそこが気になっていたようだ。

「アルハさんと友達になってからそうなんです。感情のコントロールが下手になって、やたら舌打ちとため息を繰り返してるとおもってたら、次の日には変に上機嫌になったりとか。この前飲んだ時も机叩いて怒りだして、落ち着けるのが大変だったんですよ。ジュリアスの奴がどうのこうのって。その調子でお店でも悪態をつくのもしばしばで、店員さんを困らせてるんです」

「そうか、ありがとう。良い事を聞いたし、そろそろ失礼させてもらうよ」

シンゲン氏が腰を浮かせながら言う。

「あっあの、シンゲンさん!あのう..」

「うん」

「サイン、頂いても..?」


玄関前でお辞儀をするポルコ氏に背を向け、次はどこに行こうかという話になった。

「ここで一度ユリ君の所に戻るか、アルハ君を訪ねるか、ジュリアス君を訪ねるか、クリード君の引っ越し先に行くか。ここから近いのはアルハ君の家だが」

「それはやっぱりユリさんの話が気になりますよね。もしかしたら少しは落ち着いてるかもしれませんし」

オーナーさんを置いて結界宿を出てから、かれこれ三時間が経過していた。

「ではそうしよう。当事者が折角居るんだから早くヒントを聞かなければね」


徒歩十分で結界宿に戻ってきた。シンゲン氏に土地勘がある上、道幅がある事も幸いし、迷わず到着した。

扉を開けて右手にある受付ではオーナーさんが頬杖をついて本を読んでいた。

入ってきたのが我々と気付いた。

「ああお二人とも。ユリさんなら三号室で休まれていますよ。彼女の手ではロックの解除は出来ませんが。」

部屋の生体認証を彼女で登録すれば、もし彼女が殺人犯の場合いつでも逃げる事が出来てしまう。それを考慮しての判断だろう。

オーナーさんは立ち上がると、我々の前を歩いて三号室へ向かう。

「お二人が出て行かれた後しばらくして少し落ち着かれたようで、ユリさんが体の汚れを洗い流されたので、軽食を用意させて頂きました。それからはまた一人にさせて置いた方がよろしいと思いましてロックを掛けておりました」

「面倒を押し付けてすまないね」

「いえいえ、シンゲンさんにはお世話になっているのでこれくらいは」

そんなやり取りをして、三号室の前まで来た。ロックが掛かっている。

オーナーさんが何も言わずにロックを解除し、扉を開ける。左手には袋に入ったサンドイッチ。

「ユリさん?具合の方は..」

部屋に入りながらオーナーさんが声を掛けるが、途中で打ち切られた。

私も中を覗くと、ベッドで寝息を立てているユリさんが。泣き疲れたのか、死体との同室から解放された安堵からなのか。

「寝ている女性を起こすのは気が引けるな」

小声でシンゲン氏が呟く。同感だ。

オーナーさんがベッド横のテーブルにサンドイッチを優しく置くと、三人で静かに部屋を出た。

「ではクリード君の引っ越し先の家に行こうか。ここからなら一番近い」

「そうですね。一通り回ってからまた戻って来ましょうか」

再びオーナーさんに別れを告げ、街を歩く。


「シンゲンさんってペンネームの由来はやっぱり武将の武田信玄からですか」

「ああ、そうだよ。向こうの世界の教科書を読んでいた時に気になって、あれこれ調べていたのがきっかけで名付けたんだ。風林火陰山雷って有名な言葉の中で、俺の使えるのは最初の風だけだけれどね」

それでいくと武田信玄は一つも使えないということになるのでは。

それは口に出さず、以前から抱いていた疑問を尋ねた。

「この世界に私の世界の書物が存在するのがずっと不思議だったんですけど、もしかして、他の転生者も私と同じく本を持って転生していたんですか」

私の持っていたのは藍裏御朗のミステリ小説だった。この予想が合っていれば、御朗の記事が載っていた雑誌や、日本史の教科書を持って転生した人間が居るということだ。

「確かあの時は話さなかったが、その通り。転生者は必ず一冊何らかの本を持っていた。それら様々な分野の本が世界中に点在しているが、ショウゴ君の世界に関する研究は未だほとんど行われていない。調べた先に得る物は何も無いだろうし、何より研究材料が不足している。」

「シンゲン氏はあの雑誌以外にも持っているんですか、それらの本を」

「実はね、二階の一室の本棚に保管しているんだ。しかも何十冊も」

「何十冊?」

「人伝に得たものばかりだけどね。主には推理、ミステリー小説の情報を聞き付けては譲渡して貰っているんだ。それ以外にも役に立ちそうなものは色々と。」

「まさか、シンゲン氏、執筆しているっていうのは..」

「内容を写して売っているとでも?そんな事をしても面白くないだろう。それに金銭には興味が無い。小説を書き始めたのは俺の発想が世間に認められるかどうかが気になって始めただけさ」

「それを聞いて安心しました」

「家に帰ったら君の、藍裏御朗先生の小説を読まなければね。噂に聞く名探偵御朗がいかほどの腕か気になっている」

この事件が解決するのはいつになるのだろう

か。つい遠い目になってしまう。


数分後クリード氏の家に到着した。一人暮らしなので、当然中には誰も居ないだろう。

シンゲン氏はクリード氏のウエストポーチに手を入れ、鍵を取り出した。

それを鍵穴に差し込むと、カチリと小気味良い音が鳴った。予想通りこの家の鍵で正解だった。

扉を開けるが、当然明かりは点いていない。

壁のスイッチを入れると、そこにはこれまでと同じく白ばかりの家具。と思いきや、黒いものもある。どれも全く剥げていない美しい漆黒。テーブルには二つ椅子が収まっており、一つが白でもう片方が黒、テーブルは白だ。テーブルの縁や背凭れにはやはり金や銀が装飾されている。

クリス宅ポルコ宅とは違った雰囲気だ。

一人暮らしのトラブルメイカーの家とはとても思えない。

「探す目的はカプセル剤だ。俺はリビングとキッチンを探すから、ショウゴ君は奥の部屋を頼む。当然それ以外にも手掛かりがあれば良いが、まさか日記を書くほどまめじゃないだろうな。それがあれば早いんだが」

「そうですね。では何か見つけたら言いに来ます」

そう言って奥の部屋の扉を開ける。ここも明かりは点いていないので、照明のスイッチを入れる。金と黒のベッドに、純白の机と椅子があり、どちらの周りも散らかっている。やはりガサツな性格だったようだ。投げ置かれた本の端が折れてしまっていたり、曲がっていたりしている。

まず机の上に何かないかと見てみる。すると写真立てが倒れてしまっているのがまず気になった。家族や友人との集合写真をイメージしたが、そこには男二人のツーショットが。

左でピースをしている男は恐らくクリード氏だ。この髪型には見覚えがある。だが右の金髪の男は見たことが無い。容姿は端麗だ。話に聞くアルハ氏かジュリアス氏だろうか。仲良さげに肩を組んでおり、微笑ましい一枚だ。一応シンゲン氏にも見せておこう。

写真立てを立たせた後、机の上から目を外して、すぐ下にある引き出しに目を付けた。取っ手の部分が金色だ。最上段のそれを掴み、引っ張る。かなりスムーズに滑るので、力は不要だった。中身を確認するが、目ぼしい物は無い。ノートが幾つか入っていたが、どれもこれも日記ではなかった。金色の鍵も入っているが、どこのものかまるで分からない。

二段目に手を掛ける。こうして漁っていると空き巣でもしているような気分になる。

すると中を見て驚いた。刃物だ。肘から指先まであるかというほどの長物。両刃のサバイバルナイフのように見える。刃の部分には布が巻きついている。だがこの事件と何か関わりはあるのだろうか。これも報告しておこう。

最後の三段目。ここは前二つより底がある。重みを感じながら引き出すと、まず上部に入っていたのが親指より太さのある麻縄だ。まとめられることなく雑に仕舞われている。

それを掴んで床に落とすと、そこには布、そして細い縄がもう一本。

これらは一体何に使うのだろうと思い、持ち上げて考えてみるも、答えは生まれない。

ここで一旦シンゲン氏に報告をと思い、右手に写真立て、左手にナイフを持ってリビングに戻る。そこではシンゲン氏がなにやら床を注意深く見つめていた。

こちらに気付くと、腕組みを解いた。

「その手に持っている物騒な物は何だい」

「彼の部屋の引き出しにありました」

写真は表向きにし、ナイフは顔の横に掲げる。シンゲン氏は写真立てを手に取る。

「クリード君は生前こんな顔だったのか。折角の男前が台無しだな。横のは誰だろうね。ポルコ君がアルハ君は目付きが鋭いと言っていたから、ジュリアス君かな。こんな写真を飾るくらいだ、相当親密な関係だろう」

確かに。この金髪の男は垂れ目がちだ。

「そして、このナイフ。かなり大きいな。およそ一般人が持っているような代物じゃない。謎の商売とやらの道具かもしれないよ」

「他にも縄や布なんかがありましたけど、何に使うんでしょうね」

「不明な点ばかりだが、まだまだ掘れば謎が出てきそうだ」

そうして捜索継続となった。

クリード氏の部屋やバスルームを片端から調べたが、それ以降特にそれらしいものは見付からなかった。

成果無くリビングに戻ると、向こうのキッチンをシンゲン氏が調べていた。

「ここにあったよ、ショウゴ君。例のカプセル剤だ。」

透明な袋に何錠か入れられており、半分が赤い一般的なカプセル剤に見える。

「何か怪しい点はありますか」

「いや、幾つか割って調べたが、どれも普通の薬だったよ。」

調理台の上に敷かれた小さな布に、それらしい残骸が置いてある。

「クリード氏の飲んだ薬にだけ何か細工をされていたんでしょうか」

「その可能性が高い」

その後も捜索するが確定的な証拠を得られず、期待外れとばかりに家を出た。シンゲン氏は薄い笑みを浮かべている。太陽のような天体は真上に昇っていた。


「ではアルハ君を訪ねに行こうか」

「そうですね。あの写真が彼かどうかも一応確認しておくべきでしょうし」

アルハ氏はクリード氏の悪友だ、とポルコ氏は言っていた。あの写真の男はとてもそんな風には見えない。

今は十二月のはずだが、気温は全く低くなく、肌寒さは感じない。ここも日本の環境とは異なる。街の人々は長袖と半袖が半分ずつくらいだ。気付けば異種族への驚きは無くなっていた。

「探偵シンゲン氏はこの事件のどこまで分かっているんです?まさか殺害方法に気付いていながら私に隠しているとか」

「確かに助手にすら推理を明かさない探偵は多いね。しかし勿体振らなければ読者にとっては興醒めだろう。調べて即解決なんて読み応えに欠ける」

「つまりシンゲン氏は何か分かっていると」

「その通り。だが話すのはまだ先だ」

この人、いやこのエルフは根っからのミステリーファンの探偵だ。反対に私には全く真相の姿形も見えない。

アルハ氏の家にも十分ほどで到着した。この街の規模が小さいとよく分かる。

外壁は変わらず白い。ドアノブも屋根も美しいが、カーテンの閉められた窓は少し汚れている。

シンゲン氏は玄関扉を三度ノックする。これももう見慣れた光景だ。

程なく男が現れた。頭髪の乱れやルーズな服装からはあまり良い印象を受けない。悪友という前評判からイメージされる姿そのものだ。髪色は暗い赤なので、例の写真の男ではない。

「誰?」

頭皮を右手で掻きながら不機嫌そうに訊く。

「小説家のシンゲンという。今日はこの人について色々と伺いたいと思い来たんだ」

クリード氏の名刺を男に見せる。

「アルハ君、だね」

「オレの事誰から聞いた」

口調は乱暴だが、高圧的では無い。

「クリード君の母から。彼と仲の良い人は誰かと尋ねたら、君の名前が出た」

「ハァ、ったく。長話は嫌なんだが」

「ここで立ち話五分でどうかな。手間は取らせないよ」

その言葉を聞いて、ああ、と短く返す。

「それで、小説家サンがなんでクリードについて聞きてェんだ」

「それだけれど、実は今朝方、彼の死体が見付かったんだよ」

「シ、シンゲン氏?言って良いんですか」

「アルハ君なら大丈夫だろう。これまでの二人は強いショックを受けそうだったから隠していたんだ。」

そう会話する私達の前には大きく目を開いたアルハ氏が。

「クリードが死んだァ?おいおい、お得意の炎魔法がありながらなにしてんだ、アイツは。」

「事件の詳細は言えないが、許してくれ。俺達二人は彼の死因と殺した犯人を探っている。」

オーナーさんの運営している結界宿の為にも、死亡場所は隠さなければならない。

「それで、オレが容疑者だとでも?」

今までずっと作っていた眉間の皺をより一層深める。

「いや、そうじゃない。犯人についてはあたりがついている。君が犯人であるのは有り得ない」

なんとシンゲン氏、犯人の目星を付けているとは。しかもアルハ氏は犯人でないとまで言ってしまった。一体いつヒントを手に入れたのだろう。まさかクリード宅で何かを見付けたが、私に隠している?

「ふぅん、それで?何聞きたいワケ?」

「俺が聞きたいのは、彼と仲の良かったジュリアス君についてだ」

「まさかユリウスが犯人なんて言わないよ

な。この流れだとどうも怪しんでいる様に聞こえるが」

「「ユリウス?」」

ポルコ宅以来のぴったりなハモりだった。

「本名も知らねぇのかよ。アイツの名前はユリウスで、ジュリアスっつうのはアダ名」

初耳だ。ポルコ氏は会った事が無いと言っていたので、クリード氏からの話でしか彼を知らないはず。そうすると本名を知る機会は無かったのかもしれない。それはクリード氏の母クリスさんも同様だ。

「ほら居んだろ、カエサル。ユリウス・カエサル。それってジュリアス・シーザーなんて呼び方もあんだろ。そっから取ってんだと」

異世界にカエサルがいるはずもないので、私と同じような転生者が持っていた本を読んだのだろう。

「本名すら知らねぇなら、あんたら何も知らねぇんじゃねえか、アイツの事」

その通りだ。まだ私達はユリウス氏に関する事をほとんど知らない。

「ユリウス君は、この人だろう」

と、彼の部屋にあった写真立てをみせた。クリード氏と金髪の男のツーショット。

「そうそうコイツ。やっぱ、しょっぺえ面してんな。二年前の学校卒業間近って時に、コイツ、イジめられてたんだよ。気弱でナヨナヨしてる癖して、顔が良いから女にモテるっつってな。んで、そこを助けたのがクリードとオレってワケ。まあ大体はクリードがシバいたんだけどな。そいつら下級生五人を丸焦げにしちまったから、こりゃあ退学だと思った。けど、クリードの魔法実技の成績に救われて、オレら二人仲良く二週間の停学で済んだんだよ。」

不良のアルハ氏に染められてクリード氏も不良になったと思っていたが、二人共とんだ正義漢ではないか。

「そんでそれがきっかけで、ユリウスのバックにはヤベえのが付いてる、手を出さねえようにしようってなって、見事命の恩人の誕生だ。けど、それからのクリードとユリウスは、なんか、気持ち悪ぃ。学校を卒業した後もやたら頻繁に会ってるし、互いの合鍵ももってやがる。恋人かっての」

この時、この瞬間。私は見逃さなかった。

シンゲン氏の口角が大きく上がったのを。

「うん、実に良い話を聞けたよ。ありがとう。これからユリウス君の家に行こうと思っているんだ。そろそろ失礼させて貰うよ」

今のアルハ氏の話を聞いている間、私の頭の中に推理の搭が組み上がってきていた。しかしそれは、まだ完成でない。一つの要因で簡単に砕け散ってしまう代物だ。

アルハ氏に背を向けようとした時、彼が声を掛けてきた。

「ちょっと待て。ここ来て最初に、最初の二人には隠してたっつったよな、クリードが死んだ事。一人は多分クリードの母チャンだろ。んでもう一人は誰だ」

「ポルコ君だ。クリード君の幼馴染みの。」

「あのチビ助か。で、いつ伝えんだよ。クリード死んだって」

「この事件に決着が着いたら話そうと思っている。」

「そうか。なるべく早くしてやれよ。クリードが死んだ事実を知りたいのはオレなんかじゃなくて、その二人だぜ」

「ああ。助言ありがとう」

それを最後に、何も言わず扉が閉められた。

ポルコ氏に会ったら、アルハ氏の印象を訂正しなくてはいけない。


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