第九話
◇◇◇
「もう大丈夫そうだねぇー、明」
「ええ、お顔が変わりました」
「そうかな?でも、あれからずっと、姫様に顔を褒められるからなあ」
明のことを気遣ってか、ただの惚れた相手への愛の言葉のつもりか。宵はその晩から今日まで、明の良いところを伝え続けた。
実際、明は神が惚れるのも仕方のないような、人間にしては綺麗な顔をしている。
色素の薄い髪色や、切れ長だが大きい瞳。幼い頃は少女に見間違われたのではないかと思う、名士の若君と言われても疑わないような容姿だ。
祝言の為の正装を着付けながら、小梅も桃緒も、義母らがいじめた一因はこれだろうと苦々しく思った。
人間というのは、うつくしいものがあれば傷つけたくなる。自分よりも整ったものがいれば、壊したくなるものだ。
明はここへ来なければ、きっと、近いうちに本当に壊されていただろう。
「姫様って呼ぶと怒られますよ」
「そうだった。じゃあ、行ってくる。宵のところへ」
広間へ続く回廊には、小さなあやかし達が灯りを点らせて待っていた。不思議なことに、明の踝程度の背丈の子どもが、光る烏帽子を揺らして案内してくれるのだ。
昼間だと言うのに薄暗いのは、外が雨のせい。
ここでの天気は外の世界とつながっているので、今頃は村にも雨が降っているだろうとのことだった。
降らせてくれた本人には何度も伝えたが、雨だれから落ち続ける雫を見て「ありがとう」と呟く。
これで村は助かるだろう。山も、枯渇して動物たちが瀕することもない。
それに、雨の日の祝言は縁起が良いのだそうだ。
千年生きたという狐に教えてもらった。
「なあ、この格好、変じゃないかな?」
案内してくれた小人に聞いてみても、烏帽子の頭を傾げるだけだった。
小梅と桃緒は「かっこいい」と褒めてはくれたが、お世辞だろう。こんな上等な服や身支度をしたことがないのだから。
祝言をする、花嫁にする、と何度も言われたので、また女物の着物を着せられるのかと思いきや、明は皺ひとつない漆黒の袴をしっかりと着付けて出された。
髪も椿油で整えられ、金箔を塗った見栄えの良い扇子まで持たされているという仕上がり具合だ。
広間の戸の前で、ふ、と息を吐いてみる。すべてが生まれてはじめてのことで、緊張している。
するとどこからどういう原理で響いてくるのか、頭の中に若い男の通りのよい声がした。
「花嫁の、おなーりーー!」
廊下の両脇には誰もいないのに、勝手に戸が開く。
相変わらず靄のかかった室内には、やはりずらりと人ならざるもの達が並んでいる。どうやら皆正装をしているらしく、ヒト型で着物を着た者が多くなっていた。
鬼灯も雛罌粟も、袴と、綺麗に染められた着物を纏って背筋を伸ばしている。おそらく、宵の親代わりなのだろう。
明が一歩進むと、その足元から徐々に靄が明けていく。
末席には桃緒と梅もしっかり着替えて座っていて、少しだけ安心した。
一番奥の席で待つ宵は、今日もため息を吐きたくなるほどに銀色で美しい。輝きに吸い寄せられるようにして進むと、宵は扇子の隙間からこそりと微笑んだ。
「はじめて会った時の白無垢も良かったが、こちらはこちらで、男ぶりが上がって良いな」
「それって、馬鹿にしてる?」
「しておらんよ。どうだ、吾の方は。衣装を褒めてはくれないのか?」
褒める隙もないくらい完璧なのに、どこをどう褒めたものか。明は今までに女人を褒めることなど、勿論したことがない。
けれど、明がどう答えるのか楽しみにしているのが、狐耳のぴょこぴょこした動きで見とれた。
整えられた毛並み。流れる銀の髪。明を見つめる瞳。可愛くないわけがない。
「綺麗だ。今すぐ嫁にしたいくらい」
「それはできぬな。お前はもう、私に嫁入りしているだろう、アケル」
盃を交わせば、あやかし達がわっと沸き上がる。
小梅も桃緒も、今日は無礼講だと言わんばかりにあやかしに交じって笑っていた。
山中のあやかし達が山神と花嫁を祝い、宴の喧騒は三日三晩続いたと言う。
◇◇◇
こうして、千年生きた天狐の少女と、生贄に差し出された人間の花嫁は、しあわせに成りました。
めでたし、めでたし。
◇◇◇
次回は番外編(小梅と桃緒視点)です。
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