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第四話

 背中には大きな十字の刀傷。その周りには無数の鞭や棒で殴ったような跡。

 赤く爛れたままのものや、随分古いものまである。

 服で隠れる部分、つけられるところにはすべて傷をつけようとしたかのような身体だった。


 少女の一人はそれを見て、顔をすっかりこわばらせてしまった。


「あ、明……その傷……」

「ああ、怖がらせてごめんな。すぐに着るから」


 何事もなかった風に新しい着物を羽織って笑んでみせるが、凍った空気は解ける気配はない。

 肌に触れた着物は上質で、新しい傷に触れても痛くない。

 喰われる時には、八つ裂きにされる前にきちんと脱いでお返ししよう。そうひとりで頷いた。


 明は、豪士の一族の末子。好色な父が妾との間に産ませた子どもだった。


 実母が三つの時に病死して本家に引き取られてから、それは始まった。

 妾とその子どもの明が気に食わなかったのだろう。本妻とその子ども達に、毎日のようにいびられた。

 使用人以下の襤褸(ぼろ)を纏い、寝食は薄暗い納屋でした。

 ここしか居られるところはないからと、せめて少しでも気に入られようと一生懸命働いたが、毎日難癖をつけて殴られた。体に傷が増えなかった日はない。


 それでも、幼馴染のあの娘だけは、明と友達でいてくれた。

 同じように親のいない境遇で傷を舐めあっただけの存在だと、他人は笑うかもしれない。

 それでも、明には少女の存在だけが、唯一の安らげる場所だった。


 あの少女を救いたいと思った。


「だから、俺は山神に食われても誰も悲しまないよ」

「で、でも……その娘さんは、悲しむんじゃないですか?明様が身代わりになって助けたのでしょう?」

「彼女は、生贄になるのが決まった晩に、神社の池に身を投げたよ」


 彼女とよく遊んだ、神社の裏手にある池は毎年綺麗な蓮の花が咲いた。それを来年見られないのは心残りだが、それ以外に、村や生家に残した思いはない。

 あの子がいない(せかい)には意味がない。

 ならば、はやく山神に八つに裂かれて同じ場所へ行かなければ。


「彼女と一緒に身を投げようと思ったんだけど、それだと彼女が逃げたと思われるだろ?こんな俺でも、最後に人の役に立てるなら、と思って、村人を騙して身代わりになったんだ」


 だから、本当に花嫁になるわけにはいかない。

 山神に囲われて、安穏と生きるわけにはいかないのだ。

 手足を()がれ、(はらわた)を啜られ、痛みと苦しみの中で喰らわれないと。身を投げた少女の名誉を守れない。


「そんな……」


 こんな、年上とは言え何も知らない少女たちにするような話ではなかった。

 桃緒など、おとなしい見た目どおり、伏しめがちな目をさらに落として黙ってしまった。


 村の大人たちにばれないよう、白無垢に隠れて黙って来たのに。一言も発さなかったのに。

 この社は、やはりなにか不思議な力のある場所なのだろうか。


「……明、その話、梅が旦那様にして来るよ!」

「え!?」

「小梅!?そんなことをしたら……」

「旦那様にウソをついてたんだもん。しかも、花嫁になる気がないなんて。宵様はあんなに喜んでたのに。だからこんな話をしたら、きっと怒って明なんてひとおもいに食べちゃうと思う」


 小梅は気を遣ってくれているのだろう。

 頭一つ分は上にある明を見上げて、まっすぐに訴えてくる。明も頷く。


「そうか。そうだよな」

「だから、明は自分の口から言ったらいいよ。そしたら望みどおりその場で、えぇーっと、八つ裂きにされて、内臓を出されて、それからお鍋で煮て、お塩かけて食べられちゃうから!」

「そうか。わかった。俺、自分で話してみるよ!ありがとう、小梅」


 小梅はなんとも素直でいい子だ。明の身の上話を聞いて、同情してくれたのだろう。


 山神に喰ってもらえるかもしれないとなって、少年は異様にすっきりと前が拓けたような顔になる。

 桃の花の着物の少女は一度だけため息を吐くと、困った顔をしたまま梅柄の着物の少女へならった。


「では、そうと決まれば正装に着替えましょうね。神様にお願いをするのですから。髪も整えなくては」

「ありがとう、桃緒」


 少女二人に丸め込まれ、結局、婚姻の正装をさせられていることに、本人は気付いていない。

 男子の支度は、娘ほどはかからない。すぐに支度を終えて少年を追い出すと、部屋に残った少女たちは二人で顔を見合わせた。


「それにしても、なんて信じやすい方なのでしょう」

「本家でいじめられてたって言ったもん。きっと悪い人に言いくるめられてたんだよ。明が悪いって信じ込ませて、悪いことがあれば明のせいって言ってさ」

「人間って、そういうことにだけは知恵が回りますものね」

「梅たちも、元は人間だけどねぇー」

「まあ、あとは主様にお任せしましょうか。

 明さんも、はやく契りを交わして、汚い人間などやめてしまえばよいのですわ。私達のように」

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