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第二話

 明をお姫様のように抱えたのは、畑仕事をする村の女達よりもずっと細い腕。その延びた先の、単衣(ひとえ)ごしでもわかる華奢な肩。さらに折れそうなほど白い首の上に乗った(かんばせ)は、どこからどう見ても女のものだった。女の子、少女と言っても良い年齢かもしれない。

 そして抱えられている明は、正真正銘、男である。


「面白いな、どうして(おのこ)のお前が、花嫁になぞなっている?それとも、(われ)が社に引っ込んでおった千年の()に、花嫁というのは男を指すものになったのか?」


 獣のような長い爪で傷つけぬようにか、覗き込んだ明の頬をその細白い指の関節でなぜる。まるで子猫をかわいがるときのように。

 見たこともないような美貌が其処にあるせいで、(ほう)けてしまいそうだ。


「あ、アンタが山神様?花嫁を差し出すっていうから、てっきり俺も男だと……」


 そこまで言ってはっとする。

 何を、女の子に、それも神様にしっかりと抱きかかえられているのだと。

 慌てて腕の中から降ろしてくれともぞついたところで、左右から大きな声があがった。


「人間め!(ヌシ)様から離れろ!花嫁と偽って近づくなど!」

「小僧、このお方は我らの(あるじ)。山のすべてのあやかしを束ねるお方!それを騙して神聖なる社へ踏み入るとは、なんのつもりじゃ。ヌシ様を(しい)したもうつもりなら、生きて人の世へ帰れるとは思うな!」


 近づくなもなにも、お前たちの主が降ろそうとしてくれないのだぞ。

 鼓膜をつんざくほど近くで騒がれて、これでは反論もできない。

 そして少女だと思っていた山神の、力の強いこと。


鬼灯(ホオズキ)雛罌粟(ヒナゲシ)も。あまり興奮するとまた倒れるぞ」

「ですが姫様~!」

「ふふ、ばあやの姫様呼びも久方ぶりだな。吾がここの(ヌシ)になってもう五百年は経つというのに……」


 笑うと、少女の頭の狐耳が、ひょこりとちいさく揺れた。兎のようでかわいらしい。

 ばあやと呼ばれたのは、雛罌粟ひなげしという名の老女のようだ。皺の刻まれた顔は蛇を思わせるが、人間と言っても通る容姿だ。しかしよく見てみれば、背の中頃から鱗の生えた尾が、着物をうまく避けて伸びている。

 ここにいる者は、明を除いてすべてがあやかしなのだと、改めて目を見張った。


「すまんなアケル。あやかしというのは血の気が多くてな。大丈夫、取って食ったりはせんよ」


 明の身を、狐神はクスクスと笑いながらようやく自由にする。そのうえ、幼子にするように乱れた着物を直してやるまでしてくれた。

 主になって五百年という言葉から、十五、六の人間など、神にとっては男である前に子供にしか見えていないのかもしれない。

 少女は立ち上がると、もう一度まっすぐに明を見つめる。その瞳の、貫くような鋭さは乙女の髪に輝く金指(かんざし)に似ていた。


「改めて言おう。吾はこの山のあやかしを束ねる山の王。名を(よい)と言う。なに、そう(おのの)くな。見てのとおり、千年生きただけの、ただの狐だ」

「宵様……」

「呼び捨てでよいぞ。お前は私の花嫁なのだから」

「いや、……えっ、お、俺は男だぞ!さっきも言っ……」


 つ、と細い白指が一本、明の唇に触れた。何も言うなと制する意図とは反対に、カサついた唇を撫でるそれは夜のもののように艶めかしくやわらかい。

 宵は明を見つめたまま、唇の端まで撫でてから軽く押すと、くるりと髪を翻して回った。

 後ろには、豊かな狐の尻尾が生えている。


「皆、聞け!」


 狼狽える周囲をよそに、山神の少女は広間の端まで通る声をあげた。

 鐘を鳴らしたあとのように、一気に場が静まり整う。


「久方ぶりに、人間の花嫁が吾がもとへ来てくれた。盛大に祝おうではないか」

(ヌシ)様!?……ですが!」

「雛罌粟、鬼灯も。本当は喜んでいるのではないか?花嫁が()の子であれば、吾と子が成せよう」


 子を成す、という言葉に、明は少しばかり顔を赤くしてしまった。まさか、そっちの意味で食われてしまうのだろうか。

 あんなに騒いでいた老女たちも、主のその言葉に納得してしまったのか言葉を飲みこんだ。


 少女は笑う。それはもう、艶やかに。


「さあ、祝言の準備をしよう」

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