小峠澄と助手
雪が降る寒い日、小峠澄は助手と共に、〇〇村の温泉宿を訪れていた。
ここには夏にも溶けない雪だるまがあり、雪神様と呼ばれ、信仰を集めているとのことだった。
小峠が宿の窓からしんしんと雪が積もる様子を眺めていると助手が心配そうに声を掛けてきた。
「小峠さん。今日はもう帰りませんか?」
「何を言うの。雪神様を見るまで私は帰らないわ」
村人の話では、雪神様は神社の社殿に安置されており、雪深い夜にしか公開されないそうだ。写真に収めて記事を書くことが小峠の仕事なのだ。放棄はできない。
助手は大きくため息を吐いた。
「わかりました。なら、夜食の準備をしてきます」
助手は襖をパタンと閉じて去っていった。小峠は窓の外に向き直り、雪神様の姿に想いを馳せた。
20時を過ぎた頃、小さな村の通りにちょうちんが灯った。小峠が準備を整えていると、助手が全身血まみれで帰ってきた。
小峠は助手に駆け寄り、半身を起こす。
「大丈夫!? 何があったの?」
「小峠さん。これを持って早く逃げてください。ココはもうダメだ」
助手はそう言って竹の葉に包まれたおにぎりを小峠へ手渡した。
「雪神様のお祭りは罠だ。あなたは生贄にされる。逃げてください」
小峠は顔を真っ青にした。
「だけどこれだけの雪道じゃ」
「大丈夫です。塩を撒いて秘密の抜け道を用意しました。そこから下山してください」
「あなたはどうするの?」
「私は大丈夫です。生きてたらまた会いましょう」
ガタガタ。助手の言葉を遮るように大きな音がした。小峠が窓の外を見ると、村人達が鍬や鎌を持って宿の前に並んでいた。
「急いで!!」
小峠は助手に急かされるまま飛び出した。外に出ると助手の言葉通り、一面の雪の中に歩ける道があり、走って下山した。
ヘトヘトになった小峠が山の麓に着いたのは朝方だった。
「助かった」
小峠の腹の音が鳴った。おもむろに日当たりの良い木の根に腰を掛け、助手から貰ったおにぎりを出す。
笹の葉を解くと、おにぎりと少しの氷が出てきた。何だろうか? 小峠が氷を摘むと重要なことを思い出した。
私に助手なんか居ただろうか?
小峠が思案していると、強い風が吹いた。手に持った氷のカケラは風に奪われるように消えていく。
「お参りに来てくれてありがとう」
小峠の耳にそんな声が聞こえた気がした
〇〇村は1980年代後半には廃村となった。
雪神様を祀られていた神社は近くの村社と合祀され名前こそ変わったものの、今でも沢山の参拝者に愛されている。
特に学生が受験前にお参りすると、会場までの道のりで雪の被害無く歩けるとのこと。