7,お弁当に秘めた想い
あぁ、風が気持ち良い。秋かつ曇り空限定で、外で食べるのも良いかもしれない。
教室はうるさいから寝にくいし、読書もしにくい。イヤホンなり耳栓をして対策はしてるが、ここではそんなことしなくていい。
先輩に連れてきてもらって良かった。
——まぁ、唯一の欠点と言えば、その隣に座る先輩だが。
「嬉しかったよ」
「何がですか」
諦めて人気のない中庭の隅でご飯を食べていると、先輩が喋りだした。
僕は疑問を尋ねて弁当に集中する。
うん、紅葉のご飯美味しい。
「抽冬さんを振ってくれたこと」
「……別に振ったわけじゃないです。ただ、抽冬さんには僕よりも相応しい人がいるだろうなという考えの下、そっちを薦めただけです」
「ふふっ、多分、二人も面倒事を受けたくなかっただけだと思うけど……僕は尚更、君と結婚したくなったよ」
……またしても理由を言い当てられた。
読心スキルでも持っているのか?
しかし、面倒事だと分かっているならこんなことは止めて欲しい。
「ああ、でもね? 昼休みに何処か行くんだったら、場所ぐらい教えておいて欲しかったよ。お陰で探すのに苦労したんだからね。しかも、抽冬さんと二人っきりなんてダメだよ? 僕達はもうすぐ夫婦になるんだから」
……というかさぁ?
「先輩」
「何かな?」
「友人になった先輩が、僕を嫌いにならなければ付き合うっていう約束でしたよね?」
「そうだよ? 時間が経ったら僕たちは晴れて結婚…と言いたいところだけど、婚約だ。すまない、君の気持ちは分かっているが、日本の法律がそうなんだ、諦めてくれ」
日本の法律云々はともかく。
「どうして付き合うことが、婚約になってるんですかね?」
「僕は初恋に想いを馳せる純情な乙女だよ? ……初めて付き合った人とは……特に君とは絶対に結婚したいと思ってる。初恋、だからね」
「……先輩の初恋って……今までしなかったんですか、恋」
「そうだね。する暇がないさ————君に惹かれっきりで」
「うっ……そ、そうですか!」
内心、ちょっと照れてしまって、顔に出さないためにご飯を口に掻き込む。
……あれ?
「……先輩? これ、僕の弁当ですか?」
「ん? どうして?」
「いや、なんか、少し味が違うなぁって思って。この卵焼き、いつもは甘いのに」
紅葉が砂糖でも入れ忘れたんだろう。それに量を間違えたのか、醤油たっぷり目の濃い卵焼きだった。
今日は急いでたから仕方ない。その原因を作ったのは僕だ。まぁ、それでも美味しいんだから、紅葉はすごいよなぁ。
……でも、改めて弁当箱全体を見ると、色合いが茶色に偏りすぎているような? いつもなら多彩なのに、茶色と白の二色。
早く作り終えるために揚げ物重視にしたのかもしれない。
「……ま、不味い?」
「美味しいですよ、当たり前じゃないですか。なんなら食べます?」
「はぁー、良かった」
「え? どうして先輩が良かったって思うんですか?」
「だって、僕が作ったから」
「…………」
……ん? 今なんて? 作った?
「口に合ったみたいで良かった、嬉しいよ」
「こ、これ、僕の弁当じゃ?」
「うん、僕が君のためだけに作った君の弁当だよ?」
「……そうですか。先輩、料理が得意なんですね」
「まさか。料理本と睨めっこして、生まれて初めて作ったよ」
「……器用っすね」
「愛は最高のスパイスってね」
「…………」
僕よりも美味しい……料理本を見ただけの人に負けるなんて…あの、料理を猛特訓した春休みはなんだったんだろうか。
「起立!」
足首を軽く回し、腿も伸ばしておく。
——準備運動よーし。
「気をつけ——」
鞄を手に持って、教室の扉を確認。
——逃走経路の確認よーし。
「——礼!」
その合図で走り出した。
「あ、おかえり、お兄ちゃん……なんでこんなに急いで帰って来たの? 息切れてるよ?」
「はぁっはぁーっ…いや、ちょっと、走りたく、なって」
よし、成功。明日からこの作戦で行こう。
先輩に捕まらないために走って帰ってきた僕を、紅葉が出迎えてくれた。
エプロン姿だから、ご飯を作っていたんだろう。
「お兄ちゃん、弁当箱洗うから出しといて」
肩にかけてあった鞄から弁当箱を取り出す。ズシリと、腕に想定外の重みが伝わった。その原因は言わずもがな、中身があるからで。
「あっ………」
「あっ、って何?」
「……今日、食べてないんだ」
「ッ!? だ、大丈夫!? 気分悪くない!? 病院行かなきゃ!!」
「ち、違う。紅葉の弁当じゃなくて、せんっ……違う物食べたからお腹一杯で」
「そうなんだ。それなら良か————良かない! 良くない! 良くないよお兄ちゃんっ! ……これ、食べて」
これ? ……弁当? ……えぇ? 保冷剤入れてたし、今日は涼しいからまだ腐ってないと思うけど……
「……夜ご飯は?」
「いいから食べて! ……もう明日から弁当作ってあげないよ?」
「うっ……分かった」
明日から紅葉のご飯を食べられなくなるか、今日頑張って腹に詰めるか。
当然、今頑張る。
机に座って弁当を開いた。
この量を今から……あ、箸が無い。
「じゃ、あーん」
「…………」
「あーんっ」
「…………」
「…あーんっ!!」
「……あ、あーん」
「けぷっ……うぁ、た、食べたぁー」
「食べてすぐ寝ると豚になるよー」
台所から紅葉の声が聞こえる。
ここまで徹底的にしたのは紅葉だろうに。
今日の紅葉は容赦が無かった。
弁当を食べ終わって部屋に帰ろうとすると「晩ご飯だよ? お兄ちゃん」と言って椅子に座らされた。
それから目の前に大盛りカツ丼を置かれ、妹様から食え、という目線がくる。思わず悲鳴出してしまったよ。
吐き気を催しながらも全て食べて、ソファーに倒れこんで今に至る。
もちろん、弁当もカツ丼も美味しかった。
「まったく……今度からはちゃんと食べてよね」
「うん、分かったぁ」
僕が倒れたソファーにちょこんと紅葉が座った。
はぁ、明日から今日みたいに先輩が……そうだ! 同じ女子の紅葉なら、先輩への対処法が分かるかもしれない。
「なぁ、紅葉」
「ん?」
「友達にさ、好きでもない人に言い寄られて困ってる奴がいるんだ。どうやったら解放されると思う?」
もちろん、僕と先輩の話。
「んー…言い寄られてるってどういう風に?」
「交際を断っても諦めないし、逃げても追いかけて来る。挙げ句の果てに弁当まで作ってくる……らしいんだ」
「…弁当美味しかった?」
「まぁ、美味しかったよ。でも紅葉には敵わない——」
「——妹の弁当を差し置いてその人の弁当食べたのに、よく言えるね、お兄ちゃん」
「…………」
おっと、ハメられた。つい返事をしてしまってバレた。妹様はお怒りのようだ。さっきから僕の体を叩いている。
痛くないから構わないけど……これから何か食わされるのかなぁ? 流石にもう胃袋は限界だ。
「……で、その人に言い寄られてるのは分かったけど、どうしたいの? もちろん別れるよね?」
「うん。ただ、どうすれば良いかなって」
ん? 弁当のことはお咎め無し? 見逃してくれたんだろうか?
「振っても諦めないんじゃ、お兄ちゃんを嫌ってもらうしかないんじゃない?」
「ああ、先輩にも、もし嫌いになったりしたら振って、って言っといた」
嫌ってくれなくて困りつつも、若干嬉しい自分がいる。気付かないようにしているけど。
「ふーん、先輩、年上……ま、イベントの時に努力するしかないね」
「イベント?」
「好きになってもらいたいってアプローチしてくるはずだから。学年が違うんだから偶然なんてあり得ないし……デートに誘われたり、弁当を作ってきたり、ね」
「努力?」
「そう、お兄ちゃんは心が痛むかもしれないけど、そのプランをぶっ壊すつもりでいないと」
壊す……ね。極力したくはない。
「……もう一つ聞いても大丈夫かな?」
「ん、良いよ」
「また友達の——」
「——お兄ちゃんがどうしたの?」
うん、分かってた。もう友達の話と言うのはよそう。
「……最近、同級生の女子が怖いんだ」
「…へぇ、また女子。しかも同級生」
「僕に、何でもするから付き合ってって言うんだ」
「は?」
「しかも、いつも明るい声が機械みたいに抑揚のない低い声になって迫って来て、意味も分からないこと言い出すんだ」
「…………」
「最終的には結婚しようとか言ってきて、もう怖くて怖くて……紅葉?」
「へ、へぇ? …ど、どうしたの? 断ったの? 断ったよね?」
「う、うん。先輩と違って色々言ったら諦めて————ッ!?」
「……どしたの?」
「いや、なんでもない。寒気がしただけ。とりあえず諦めてくれたよ」
なんか急に背筋がゾクッとした。
こういうの、悪寒が冴える、と言うのか?
「ふーん」
「ありがと、話を聞いてくれて。今日は早く寝るよ。おやすみ」
「うん、おやすみ……お兄ちゃんに虫が……」
「え、虫? 何処に?」
「うん、大丈夫大丈夫、私が取ってあげるから」
「う、うん…」
一目惚れした○ン○○「(ふふふふ、木下くんが私と釣り合わないなら、私が釣り合うように頑張れば良いんだよね。待っててね、木下くん。色々準備してあげるから)」