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6,狂愛の片鱗を示す





 ————コンコンコン。

 

「失礼します、一年A組の木下です……手紙で呼ばれたんですが…呼んだのって抽冬さん?」

 

 生徒会室には抽冬さんただ一人で、椅子に座って僕を待ち構えていた。手元には弁当箱があって……なんだろう、僕に何の用が?

 

「うん、そうだよ。とりあえずそこの席に座ってくれるかな?」

「あ、は、はい」

 

 二つの長机に椅子が八つくらいあって、そこの席と言われても何処に座るか……


 抽冬さんと机を挟んで対面になる所に座った。

 

「木下くん、紅茶派? 珈琲派?」

「紅茶が好きですけど……」

 

 そう答えると、抽冬さんは生徒会室のドア付近に行った。

 

 確か……来る時に湯沸かし器が見えたから、あそこにセットがあるんだ。

 それで紅茶を作ってくれてるのかな?

 



 しばらくすると。

 

「どうぞ」

 

 紅茶が出される。ご丁寧にシロップとミルクのケース付きで。言ってないのに、シロップとミルクまで用意してくれた。

 甘々じゃないと飲めないんだよね、珈琲も紅茶も。

 

「ありがとう。ところで今日はなんで僕を?」

「あ……えーっと…………ね…………」

「…………」

「……そうそう、木下くんの成績をもうちょっと上げるためにね? 昼休みに勉強会でも開こうかと…思います」

「え、大丈夫です。間に合ってます」

 

 現状で大分満足してる。もうちょっと点数落としても良いぐらいだ。

 これ以上点数取っても評定上がらないわけだし、意味の無いことはできるだけしたくない。だって……その努力をする時間を読書や他の時間に当てることができる。

 

「あ、ああ、そうだよね。木下くんなら大丈夫だよねー……」

「じゃ、じゃあ、僕はこれで」

 

 紅茶飲んで、聞くこと聞いて、もうやることは——

 

「——うん、言うこと間違えてたよ」

 

 その一言に立ちかけた体を元に戻す。

 

 まだ何かあるんだ。

 ……お腹空いたなぁ。お腹が鳴らないか心配だ。

 

「木下くん、クラスで上手く馴染めてないでしょ?」

 

 先生ならともかく、クラスメイトに言われる日が来るとは……

 

 実際のところ、馴染めてない、というか、馴染もうとしてない。

 馴染んだとして、そいつらと付き合うために自分の時間が減らされるのは嫌だ。それに嫌なこともノリに乗ってやらないといけないのが正直面倒だ。


 そもそもこんな僕が馴染めるかどうか不安、という懸念もある。


「………まぁ、そうですね」

 

 できないんじゃなくてやろうとしないだけ、なんてことは言わない。僕は、できないからやらないんだ。

 逆に、やろうとしないからできないんだ、と説教されたとしても、僕は一生このままだろう。

 

「……だから……」

「……だから?」

「昼休みはこうして、私と友達の練習をしよう?」

「…………」

 

 昼休みの度に、時間と体力を消費して三階から一階まで上り下りしろと? それで抽冬さんと二人っきりで緊張しながらご飯を食べろ、と?


 冗談じゃない。

 

 でも……抽冬さんの優しさを無碍にするってのもなぁ。一応はクラスメイトだし。

 んー……よし、決めた。

 

「わか——」

 

 ————ガタッ!

 

「……うん?」

「…………」

 

 生徒会室のドアがガタガタと揺れる。しかし、開かないみたいだ。

 僕は鍵なんか閉めてない……抽冬さんが? ……何のために?

 

 誰が開けようとしているかは、磨りガラスのせいで分からない。


 ————ドンドンドン。


 ついにはノックが始まって——

 

「なんで教室にいないんだい? ()()の昼休みはイチャイチャするのが基本なんだろう?」


 声で分かった。分かってしまったがために、少し恐怖に駆られる。

 いやいやいや、怖い怖い! なんでこの場所が分かったんですか!?

 

「……恋…人? ……え? …何ですか、それ。まだ、先輩は……ッ!?」

「いや、先輩。違います。僕らは()()です」

 

 そう。友人……いや、()()()()()()()()になりはしたが、それに付き合うつもりは毛頭ない。

 ああ、友人に近しいもの。

 先輩が僕のことを一方的に知っているようだけど、僕は全然、何も知らない。そんなのを友人と呼べるか? いや、知人とすらも呼べない。互いに程々に知り合ってこそ、初めての知人、友人だ。

 

 この生徒会室に来たのも、三分の一が先輩から逃げるためだ。

 ……残り三分の二? ……それは、昨日約束を放ってああなったから、それと生徒会室に呼ばれているのが気になったから。

 

「今日、告白するんじゃなかったんですか?」

「ん? そんなこと言ったかな? 僕は昨日、木下君に告白して受け入れてもらえたんだよ」

「くっ!」

「……受け入れてないんですけど……」

 

 僕と先輩が本当に付き合っていると勘違いされないように、受け入れてないと言っておいた。


 僕らの発言を聞いた抽冬さんは突然立ち上がり、表情を暗くする。

 

「どういうこと?」

 

 ……僕の言葉に対してかな?

 

「……先輩が僕と友達になっただけです」

「そして、時間が経ったら……ね?」

 

 教える気は無かったけど、今の抽冬さんは何か様子が変だ。素直に従っておこう。

 

 って、先輩、うるさい。余計なことを言わないで。

 

「時間が経ったら?」

()()だよ」

「は? がはっごほっ」

 

 先輩から思いもよらぬ言葉が聞こえて、つい心の内を出してしまった。咳をして誤魔化したけど気付かれてないか心配だ。

 

 深呼吸、深呼吸……よし、落ち着いた。


 今はクラスメイトの前。さっきのは上級生に対してあるまじき発言……いや、行為だった。反省だ。

 

「…そんなこと、あるわけないですけどね」

「ねぇ、木下くん」

「はい? 何ですか?」

「不公平って好き?」

 

 突然なんだろう? やっぱり何か変だ。雪女のような霊が取り憑いているような……

 

「な、何かな、突然そんなこと聞いて」

「いいから答えて」

 

 仕方ない。不公平か……不公平…………

 

「……世間的に見れば、不公平なんて何処にでもあることだし……好きとか嫌いとか、意味無いよ」

「木下くんが純粋に好きか嫌いか、知りたいなぁ」

「僕は……嫌い、かな」

「そっかぁ、そうだよね————木下くん」

「は、はいッ!」

 

 なんか怖い。

 

 いつも明るいトーンで喋っている抽冬さんが、低く冷たい声で話しかけてくる。

 さらに雰囲気も相極まって、にじり寄られている感覚に襲われる。咄嗟に後退りしてしまう程に。実際に迫ってきているかもしれない。


 地雷でも踏んでしまったのか? 今までの会話の何処にそんなものがあったんだ? ……とりあえず今は爆発しないように気をつけて喋ろう。

 

「扉、開けてくれないかい?」

 

 忘れていた頃に、先輩の声が外から聞こえる。

 

 いや、無理に決まってるじゃないですか。こんな状況で扉を開けに行けるわけがない。

 

「木下くん……ならさ、人間誰しも機会は平等に、って言葉、好き?」

 

 なんだろう、抽冬さんの造語か? 機会は平等に……嫌いではない。

 

「ま、まぁ、嫌いじゃないです。でも、現実じゃそんな——」


「——なら、()()()()()()()()()()()()()があっても良いはずだよね?」

「……え?」

 

 なにその暴論。むちゃくちゃすぎる。

 

 これ以上厄介ごとを増やしたくない。

 というか、そもそも、なんで、僕と、友達になるなんて考えになるんだ! クラスメイトにも、僕よりかっこいい奴、頼りになる奴一杯いるだろ!

 友達になるならそいつらにしとけよ!

 

 ……あ、そうか。もう全員と友達で、あとは僕だけってことか? それなら別になっても……

 

「と、友達なら別になっても——」

「——もちろん向かう先は()()だけどね?」

「……それはいくらなんでも……」

 

 全力で拒否したい。どうすれば……って、え? 今のって、所謂告白だよな? ……え!? なんで抽冬さんが僕に?

 

「なってくれないの? 何か理由があるのかな? 教えて欲しいなぁ、何がダメなの? 私かな? 周りかな? それとも先輩?」

 

 抽冬さんは、僕の防壁となっていた机に上がり、膝をついて僕に迫ってくる。


 さながら、進撃してくる超超大型巨人。

 僕は捕食されるのをただ待つだけのウサギ。


 心の内側が恐怖で掻き毟られ、膝が震えて動けない。抽冬さんの右手が顔に近づいてくる。こ、これは金縛り!?

 

「直せる所ならなんでも直すよ? 木下君がして欲しいことなんでもしてあげる。だから私を——」

「——ひっ!?」

 

 抽冬さんの氷の様に冷たい手が頬に触れた瞬間、椅子を蹴散らして壁に逃げてしまう。


 あ、足が動いた。生存本能でも働いたのか。

 ……抽冬さん相手にそんなの働いてどうするんだ。

 

「悲しいなぁ、やっぱり私がダメなんだね」

「ッ!? …いいい、いや、抽冬さんがダメな訳じゃなくて」

「じゃあ、なんで逃げるの? なんでそんなに震えてるの?」

 

 抽冬さんが机を降りて、壁まで逃げた僕をゆっくりと追ってくる。

 何、なんなの! 抽冬さんに一体何が起きたっていうんだ! 迫ってこないで! もう禎○だよ! ホラー映画だよ!

 

「……ぼ、僕! 僕がダメだ! 僕は…抽冬さんとこんな僕じゃ釣り合わない!」

「……そう、なんだ。分かった」

「え?」

 

 ………や、やった! やったよ! 諦めてくれた!

 

 ————思いの外、あっさりと、分かってくれた。


「因みに、何処が釣り合わないのかな?」

「………ぼ、僕って、言ったら陰キャでしょ? 格好だって根暗極まってるし、教室の隅で孤独に本を読んでるボッチ……抽冬さんとは全然釣り合わないよ」

 

 言ってて悲しくなるが、改善しようとは思わない。

 

 髪だってボサボサだって分かってるけど、面倒臭いから切らないし、ごく稀に切った時でもスタイルなんかにこだわらない。

 目に髪が入らなくて、痒くなければそれでいいと思ってる。

 教室でだって、誰かと絡むより、隅っこで本を読んでる方がずっと楽しい。

 

「そう……分かったよ。ごめんね、昼休みに呼び出しちゃって」

「い、いや、別に大丈夫」


 ふぅー……諦めてくれた。


 途中のあの悍しい抽冬さんは何だったんだろう。今ではすっかり、いつもの抽冬さんだ。今まで僕が気づいていなかっただけで、抽冬さんは案外感情の起伏が激しい人なのかもしれない。

 

 さて、新たな平和の脅威は去ったことだし、教室に帰って昼ご飯を食べよう。


 ————ガチャ。

 

「あっ………」

「木下君、中庭に行こうか」

 

 忘れてた。

 笑顔? まぁ、口は笑って出迎えてくれたが、目は笑ってない。分かる、紅葉と同じだ。中々に怒ってらっしゃる。

 ……なんで? 色々なことに疑問をぶつけたい。

 

「いや、その、弁当は教室に」

「これのことかな?」

「…………」

 

 先輩の手元から青色の弁当箱が出てきた。

 それこそまさしく、逃げる口実にしようとしていた弁当。

 

 なんで持ってんですか! わざわざ取りに行くなんて、どんだけ暇なんですか!

 

「水筒を——」

「——持ってきてるよ」

「………もう好きにしてください」

 

 僕の貴重な昼休みが……



ストーカー予備軍「こんにちはー、木下君は居る? ……え? いない? ……図書室かな?」


ストーカー予備軍「んー…いない……食堂はどう?」


ストーカー予備軍「……いない……はぁ」


ストーカー予備軍「あれ? 生徒会の電気が点けっ放し……あぁッ!? ――――木下君、何、してるの?」

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