5,繰り返される朝
チョロイン「あれ? お兄ちゃん? 寝てるのー? ……しょうがないなー、今日は私がご飯作ってあげよーっと」
————ピッピピピッピピピ。
「……うん?」
うるさい時計を見ると、七時半。
「……あっ」
まずい。今日のご飯当番だった。
急いで一階のリビングに行くと、料理をしている紅葉が見えた。制服姿で、とっくに自分の用意は終わっていた。
今はスクランブルエッグでも作っているんだろう。
「ご、ごめん。寝坊しちゃった」
「いいよいいよ。その代わり掃除やっといてね。あと、弁当出しといて」
「…う、うん」
戸棚から青と赤の弁当箱を取り出して机に置く。
「着替えてきたら? 丁度ご飯ができると思うよ」
「うん……ありがと」
二階の自室へ戻り服を脱ぐ。
「あれ? 今日の紅葉、変じゃなかった?」
いつもなら…こう……
「何で忘れてるの? 朝ご飯食べれないなんて最悪! おにぎりでいいから早く作って! 弁当もそれでいいから早く作って! お・に・ぎ・り!」
……と、こんな風になぜかおにぎりコールが始まるんだ。今まで五、六回あったが、全部おにぎりだ。おにぎり、大好きなのかなぁ?
そんなこともあって、今日の紅葉はちょっと変に見える。
学校に行く用意が終わって下に降りた。
言ってた通り弁当も朝ご飯も作り終わっている。紅葉は凄い、僕じゃこんなに早く作れない。
もうそろそろ徒歩で間に合う時間を過ぎるので、朝ご飯を口に掻き込み、弁当箱を鞄に突っ込んで家を出た。
「はぁー、憂鬱だ。学校に行きたくないなぁ」
そう言いながらも、ここまで来たのだからと校門を抜ける。今日休んでノート取れなかったら……嫌だし、借りれない。
————ガチャ。
「はぁー……ん?」
ロッカーを開けると、またしても見覚えのある手紙があった。
また、手紙。
先輩かぁ……はぁー、なんで手紙で……あぁ、メールとか教えてないな。
アドレスを教えたら呼び出しが増えそうだ。教えない方針でいこう。
「よぉ、秀秋。おはよう」
「ッ!? お、おはよう」
び、びっくりしたぁ。昨日も声をかけてきた背の高い怖い人だ。
ここまで話しかけられると、知り合いなのかと疑ってしまう。
「……昨日、姉さんが迷惑かけてごめん。何もされなかったか?」
「え? ……あ、良い、良いよ? 全然? うん、全然気にしてないから? 何もされてない、し……」
誰? この人のお姉さんって。まさか、あの先輩? ……絶対違う。姉弟でこんなに背が違うことはないだろう。だって四十……五十センチぐらい差があるぞ?
聞いてみるか。
「ご、ごめん……その、失礼で、申し訳ないんだけど……君の名前、知らないんだ」
「……俺は一年B組の依木春樹だ」
依木……あっ肝心な先輩の名前を知らなかった。
「…………」
依木君かぁ……
他のクラスとあんまり接点が無いからなぁ。自分のクラスでもあるかどうか分からないぐらいだし。なのになんで僕の名前を知ってるのか……どうでも良いか。
「……ところでそれ、姉さんからか?」
「多分そうかも」
「そうか。今は少し気の合わない所もあると思う……できれば長い目に見て、姉さんのことを嫌いにならないで欲しい」
そう言い残して階段を上がって行った。
……姉さんねぇ?
「おはよー、木下くん」
「…おはよう、抽冬さん」
抽冬さんと挨拶を交わして席に着く。
今日は抽冬さんがいる。手紙を見れそうにない。休み時間にトイレで見よう。
さてさて、今日は昨日読めなかったラノベでも読もうか。
ぺら、ぺら。
————ガラガラ。
椅子の引く音が聞こえた。
まだ教室には僕と抽冬さん二人だけ。気になって抽冬さんの席に目を移すと、いない。
視線を小説に戻すと、小説の陰から目が見えた。
「……ん?」
「じー」
「ッ!?」
「どしたの? そんな驚いた顔して」
いやいや、抽冬さんがどうしたんですか?
わざわざ僕の前の席に座って、本越しに僕を見つめてくる。
「ねーねー、それ面白いの?」
「面白いですよ。男子向けですけど」
「ふーん」
「…………」
「今日は暑いねー、クーラー早く効かないかなぁ」
「……何か用ですか?」
「別にー?」
「そ、そう?」
読みづらい。なんで今日はこんな所にいるんだ?
用事も無いって言ってるし……
朝練組が来ても動くことはなく、うつ伏せになっている最中も話しかけてきた。
最終的にその席の持ち主である女子が来て、自分の席へ戻っていった。
ほんと、一体何なんだ?
会話は当たり障りのない内容。
昨日のご飯だとか、何のテレビ観てただとか。
目的がつかめない。
三時間目の移動教室の帰りに、トイレで手紙を見てみた。
[木下くんへ
昼休みに生徒会室で待ってます]
「なん…だと?」
生徒会室?
はぁ、僕、なんかやっちゃったのか?
過去の行動を振り返ってみるが、呼び出されるようなことや人目を浴びるようなことはしてない……気がする。先輩とのことは……ノーカンだろう。
先輩の手紙を無視してああなったし、行くしかない。また、本を読む時間が削られる……はぁー。
……そして、差出人名は無い、と。
昼休みに生徒会室ってことだけど、ご飯を食べてからでも良いだろうか? ……何か言われたら嫌だから、早く終わらせてからご飯食べよう。
さて、教室に戻るか。
「——わぁッ!?」
「ん?」
ドアを開けるとトイレの前ではノートが散らばっていて、転けた格好の抽冬さんがいた。
「……抽冬さん、大丈夫?」
「うん、平気平気。またドジっちゃった」
「手伝うよ」
「ありがとっ」
教室で自然と聞こえる会話の中に、抽冬さんがドジって慌てている姿が可愛い、とかがあった。
こういうドジっ子属性が人気を集めている理由の一つなんだろう。