4,自慢の妹
「君の家に遊びに行くのはまた今度にするよ。またね」
「……また今度って」
先輩が住宅街の中を歩いて行く。
結局、家の前までついてきた。
先輩の家が何処かは知らないけど、偶然同じ帰り道ってことはない筈だ。僕の家まで来て何するつもりだったんだろう?
玄関の扉を開けようとすると開かなかった。チャイムを鳴らしてみるが返事は無い。
妹はまだ帰ってきてないみたいだ。
「鍵出すの面倒くさいなぁー…………ん? ……あれ? ……あっ」
玄関前で、カバンの中から教科書を出し、ひっくり返しても鍵が出てこない。
もしかして鍵を移し替えるの忘れてた?
「ど、どうしよ、アニメまでに家に入れない!」
そう、五時半からアニメが始まる。腕時計を見ると、今は五時前だ。
よりにもよって録画はしてない。
この時間に妹が帰ってきていないなら、妹はおそらく部活中。そして、帰ってくるのは六時頃。
念のための鍵とか、そういうのは仕込んでないわけで。
「……詰んだ。ああ、こうなったらパイプをよじ登って、部屋の窓から」
「――なーに言ってんのお兄ちゃん。そんなことしないでよ」
最終手段に乗り出そうとしていたら背後から声が。
しかもこの声は妹の。
「あ、も、紅葉! ……部活は?」
妹————紅葉は、僕も半年前まで使っていた通学用鞄を肩に下げ、こちらを睨んでいた。
赤い毛先の黒髪ツインテが、今日も格好可愛い。
「今日は無いよ。……それよりもさぁ、鍵が無いからって登らないで。そんなことしたら、絶対お兄ちゃんに近づかないから」
「……うん、ごめん」
確かにね、パイプをよじ登る人と一緒にいたくないと思う。だってそれ、目撃されてたらヤバいからね。今度からこんな発想やめとこう。
妹には嫌われたくない。
「大体ね、最近この辺りで不審者がいるって噂があるんだから、お兄ちゃんが勘違いされたら……って…ほら、早く中に入ろ?」
「……うん」
紅葉に促され、中に入ってテレビに向かった。
「お兄ちゃん、今日のご飯は何がいい?」
「んーー……材料は何があるの?」
「んーっと……卵、挽き肉、バラ肉、玉ねぎとかレタス……あっ」
「どしたの?」
「あと、冷凍したご飯が大量に」
それは……使わないとな。全部、昨日の残りだ。
昨日は米を炊いたのを忘れて、焼きそばを作ってしまった。
関西人は焼きそばにご飯だろうが、関東人はそうはいかない。
「……ピラフとか? チャーハン?」
「あ、良いね。冷凍ご飯を使えるからチャーハンにしようかな。それじゃあ、お兄ちゃんはお風呂掃除よろしくね」
「はいはーい」
この先一週間の録画設定をして風呂場に向かう。
家事は基本、当番制。
朝昼晩のご飯を作るか、洗濯だとか掃除とかをするか。
スポンジを泡立てながら、少し前の出来事を思い出していた。
突如親の転勤が決まり、九州の方へと連行されかけた。
当然、僕は反対した。
荷物をまとめたくなかったし、慣れない場所に行くのは好きじゃない。
そしたら親は「高校が決まってるからなぁ」と特に何も言わなかった。僕としても、一人暮らしでもしてみたいなぁ、と思っていたから良かった。
さらにその時、紅葉も反対していたんだ。
だが、そっちはそう簡単にいかなかった。
三年生間近で、進路はまだ薄くしか決まってなかったんだ。紅葉個人としては、僕と同じ高校を強く志望していたけど。
父が説得しようとするが、紅葉の「嫌」「うるさい」「臭いから近寄らないで」で一蹴。
毎日のように説得してくるのをうざったらしく感じたのか、ついに紅葉は「お父さんなんて大っ嫌い」なんて言うもんだから、父がとうとう諦めた。
その結果、夫婦水入らずで九州に行って、僕たちはそのままの住まいに残る形に落ち着いた。お金の面では親から送られてくるので心配はない。
家事は……正直、紅葉が残ってくれなかったらスタートが踏み切れなかった、とだけ言っておこう。
もちろん、今は見ての通り家事は粗方できるようになった………妹に教えてもらって。
「「いただきまーす」」
「お兄ちゃん、今日は学校どうだった?」
「……どうもないよ。いつも通り、何事もなし」
「ふーん? 良かった。でも、今日はちょっと遅かったみたいだけど?」
「……先生からの呼び出しがあってね。その後は何も無かったよ」
「へー? ……なんなら友達と帰りに遊んで来たらいいのに」
「……あ、あはは、無駄遣いはよくないからね」
実際、遊ぶような友達はいない。家族には知られたくないんだ。心配かけたくないし。
「それに、六時までに帰ってくるって約束したから」
そう。紅葉との約束。
紅葉は中学三年生で帰りが早い。部活をやってるが、それでも六時までに帰ってくる。
そして、帰ってきたらできるだけ早く風呂に入りたいらしい。
そうなると、ご飯の準備をしてる間に油とかが飛んでしまって、また風呂に入る羽目に。
だから、六時頃にご飯を作って食べてそのまま風呂に入りたい、と僕にお願いしてきたんだ。
それに加えて、一緒に食べたい、と。
まぁ、実際には「冷めちゃうから温かいうちに食べないともったいないでしょ」だったけど、多分寂しいんだろう。
友達もいない僕は予定ができるわけもなく、行事の日を除いて六時までに帰るように約束した。
「ふ、ふーん。お兄ちゃんは私一番のシスコンだもんね」
「ふっ、うん、そうだね」
「ッ!? な、なに言ってるの! お兄ちゃんのバカ!」
「いや、紅葉が言ったんだよ? 僕はノリに乗っただけで」
「……ノリ?」
「あー、お兄ちゃん、今シスコンだって自覚したよ。あー、妹が一番だなぁー」
「っ!」
…………。
静かになってしまった。渾身の棒読みが滑って、笑いを通り越して虚無になったのだろうか。僕には分かりそうもない。
「………私、一番なんだよね?」
「うん」
「…きょ、今日はもう寝る、おやすみ」
「うん、おやすみ」
紅葉は顔を伏せたまま自分の部屋に向かってしまった。どうしたんだろう。
紅葉————妹が一番。
……そりゃあ、他に比べる相手がいないからね。
けれど、いたとしても、紅葉は一、二位を彷徨うぐらいだ。いや、彷徨うって言わないな。一位確定か。
やっぱり家族は大事だから。
ブラコン「(えへへ、即答してくれるお兄ちゃん大好きー!)」




