3,先輩の正体
「ふわぁぁ」
あー、眠い。これから掃除が……今日は無いな。
荷物を鞄に詰め込んで、さっさと帰……はぁ、体育館裏に行こう。
そしてさっさと終わらせて帰ろう。
————ぐしゃっ。
「うん?」
紙が潰れた音がして探してみると、机の中に手紙らしきものが三通入っていた。
先輩の言っていた、再三、というものだろう。いつの間に入れたんだ?
……ってか、朝のと合わせて一枚多くない?
今日は移動授業が多めだが、教室は戸締りをして、鍵はその日の日直が持つから教室に入れない。
午前中はトイレに行ってないし……クラスメイトの誰かにでも頼んだのか?
一応手紙を読んでみたものの、最初の一通とほぼ同じ内容だった。文面は段階に応じて荒くなっていて、内容は待ち合わせ時間や場所が変わっているぐらい。
一枚目には時間を二時間目の休み時間に変更し、場所を図書館にするというのが書いていた。
二枚目は場所は同じ図書館で昼休みに。
三枚目も図書館に放課後。
ここで一つの疑問が出てきた。
今朝の手紙と昼休みの脅迫では、昼休みと放課後に体育館裏で。
時間は分からないが、三枚の手紙には二時間目の休み時間、それに昼休みと放課後に図書館。一枚目二枚目はそこまでだが、三枚目は少し不思議に思う。
あの時、先輩に脅迫されてから席を動いていないんだ。尿意も無いし移動教室もなかった。つまり、手紙を入れられたのは午前中の授業の合間。
僕がそこに行かないとは限らないのに、どうして午前中に昼休み分の訂正メールのようなものを?
……途中で予定が変わったとか?
こんな頻繁に予定がガラリと変わるだろうか。予定が変わるなら明日でも良いじゃないか。
……そんなに今日、僕を来させたかったってこと?
……念のため、スマホのボイスレコーダーを起動させておこう。電池を食うが、これからの身の安全のためだ。
それから、向かう場所は……最後に言われた体育館裏にしよう。
体育館裏に着くと、影の中で壁にもたれかかっている女生徒がいた。おそらく昼休みの先輩だろう。
「来ました、先輩」
名前が分からないので、とりあえず先輩と呼んでみることにする。
呼びかけられて気付き、影の中から出て来た。
顔がハッキリと見えるようになって、やはり見たことも会ったこともないと再確認した。
「ああ、来てくれた。嬉しいよ」
「……脅しに近いですけどね……それで一体、僕に何の用ですか?」
あの時の脅迫と同じ声、同じ口調だ。間違いない、この人だ。
先輩の初印象はというと……とても可愛らしく見える。先輩にも関わらず中学生のような身長、子どもらしいクリクリした黒目。腰まで伸びた黒髪が風で煽られてヒラヒラと舞っていた。胸元には赤色のリボンがあって…先輩は先輩でも、二年生の先輩か。
お嬢様系ロリ、と一言にまとめることができるだろう。先輩に失礼だけど、中学生にしか見えない。そんでもって……全然、不良には見えない。
「分かっている癖に、僕に言わせるんだね。でも、僕が呼び出した訳だし……うん」
「君のことが好きだ、付き合って欲しい」
「ッ!? ……ぼ、僕は先輩のことを知らない…ので、無理です」
あまりにも突拍子なことを言われて反応が鈍ったけど、返しはこうだ。
本当に何も知らない。名前とか聞いたことないし、見かけたことだってない、初対面だ。
「…そんなことは付き合ってから知れば良いじゃないか。聞いてくれれば、何だって教えるよ」
「大体、先輩は僕の…その…何が好きなんですか? 一目惚れなんですか?」
純粋にこれは気になる。
性格最悪の、容姿が平凡極まりない僕の、何処に惹かれる点があったんだろう。
自分でも思いもよらない惚れる点があったとして、まだ半年しか通ってないここで、初対面の先輩が僕を好きになる原因を教えて欲しい。
直感だとか、ひと目見た時からだとか、そんなのだったら————それは。
「誰相手でも分け隔てずに接する程優しいじゃ無いか。こうして、僕のところにも来てくれているし。容姿だって僕の好みだ。あまりにも背が高いのは苦手でね。他にも、真面目で、おどおどして可愛い所もあって——」
「——もういいです! ごめんなさい! 先輩とは、付き合えません」
「……どうしてか、聞いてもいいかな?」
「…先輩が後悔するからですよ。それじゃ、失礼します」
ああ、明日からどうしよう。僕から振る気はなかったんだけど……あまりにもムカついたからついやってしまった。後悔はしてない。
振るとしても最後まで聞こう、そう意気込んでいたのに、全くもって予想通りだった。
振った勢いで先輩に背を向け、歩みを進める。
誰だって外面だけじゃなくて、内面も好きになって欲しくないかな? まぁ、相手が好きで、外面だけでも好きになってもらって付き合いたいって人は別だけど。
僕は外面と内面に差がありすぎるんだ。
要するに腹黒、というやつだ。自分で言うのもなんだが。うん、ちょっと違うかもしれないけど。
だから外面が好きな人とは付き合えない。
例えば、付き合っても、結婚しても、僕は相手にその外面で演じ続けないといけない。せっかく付き合ったのだから、嫌われたくないからだ。
僕はそんな息の詰まることしたくない。相手からしてもきっと嫌だ。好きな人にすら本心を見せず、嘘の顔だけで接するなんて、一番嫌いなものだ。
きっと先輩は僕の外を好きになったんだ。先輩がさっき言っていたのは、僕がたまに誰かと話す時に猫を被っていたこと。
だから振っただけ。
でも、もし、付き合うとしたら——
「——何処に行くのかな? まだ話は終わっていないよ?」
————ガシッ。
えっ?
「なんで、僕が後悔するんだい?」
後ろを見ると先輩が肩を掴んでいた。前髪が垂れ下がり、先輩の表情はよく見えない。
え、僕振ったよね? 付き合えませんって言ったよ? 泣き喚くなり、言いふらすなりして諦めて欲しい。
……泣き喚くは違うな。もう言いふらして良いから諦めて欲しい。
「……僕は先輩が思うような……皆が思うような人間じゃないからですよ」
「僕を疑うんだね? そんなことで僕が君を好きじゃなくなる、とでも思ってるんだね?」
「はぁー、まぁ、そういうことですね」
分かりきっていることなので、淡々と答える。
————ドンッ!
「ひッ!?」
体育館の若干冷えた外壁に押し付けられ、壁ドンをされた。案外痛いし肝が冷えた。
漫画のキャラクターはどうしてこれで、こんなので相手にときめくんだろう? 初めて体験して、それでも意味が分からない。
先輩の腕が短いせいで、超至近距離に顔がある。
普通、こんな距離に相手の顔があれば緊張するんだろうけど……先輩の顔に影がかかって少し不気味に見える。体育館の影と身長差のせいだろう。
「僕は君の本性を知ってるよ? その上で好き、大好きなんだ」
「へ、へー、そうなんですか」
早く諦めてくれないかな。家に帰ってラノベを読みたい。なんなら帰ってすぐにベッドで寝るのも良い。
頭の中はそんな垂れ流しの願望で溢れて、先輩の言葉なんてどうにも思えなかった。
「信じていないみたいだね」
「はい、そうですね」
信じられないに決まってる。
本当の顔なんて親にすら見せたことないのに、こんな一回も会ったことのない人に僕の何が分かるって言うんだ。
早く帰らせて欲しい。
「君、本当は面倒臭がりで、とてもとても優しいだけなんだろう?」
「面倒臭がり、というのは認めますけど、優しくはないと思いますよ。だって、優しかったら即受け入れていたでしょうし」
「優しいよ、君はいつも」
「はぁ、いつもですか。そんなに外見ばっかり見てたら、いつか優しい人に騙されますよ」
「——ああっ、僕は君がどんな姿でも、どんな精神だったとしても愛せるよ! 絶対に離さないよ? こうやって、側でずっと愛を囁いてあげる。ほら、何して欲しい? ずっと好きって言い続けてあげようか?」
「ッ!?」
「…っと、それで今確信したことで付け加えるとしたら、愛に飢えている。それも偽りの自分じゃなくて、本当の自分に向けられる重度の愛に」
「そん、そんなわけ……」
「ううん、これで合ってるよ。そう否定するのは構わないけど…ならどうして君の胸はこんなにも高鳴っているんだい?」
先輩の右手が僕の胸に押しつけられる。
そこに自ずと意識が向けられ、心臓がうるさいのが分かる。体が熱くなって呼吸もしにくい。
「それはっ……先輩が近いからで……普通に可愛い人がくっついてきたらドキドキするでしょう? 少なくとも僕はそうです」
「ふふ、それは嬉しいけど……違うよね、君はこの雰囲気にドキドキしていたんだ」
「…………」
「しかも、君はこんなか細い腕なんて押し除けて逃げればいいのに、ちゃんと話を聞いてくれてる。やっぱり優しい。しかも、僕に少しは期待を寄せているんじゃないかな?」
こうも的確に言い当てられると否定しにくい。
さっきからなんなんだ。なんで僕のことをそんなに知ってるんだ? もしかして、僕の知り合い、だったりするのだろうか?
「ねぇ、僕と付き合ってよ」
先輩の瞳は僕を見つめて離さない。吸い込まれそうな目。吸いつかれたらもう逃げようがないほどに。
このまま黙るのはダメだ。もし誰かが来て、見られたりなんてしたら学校生活が終わる。
ここは自販機に飲み物を買いに来たら目に入る場所だ。部活動で水分補給に来るかもしれない。
早く何か言わないと。
断ってこの場から抜け出さないと。
そう逡巡させている中で別の考えが生まれた。
この人は今までの人たちと違うのか?
その可能性が浮かんできた。
いや、でも……
「……あー、もう、分かった。分かりました……でも、恋人は無理です。せめて友人から始めてください」
「友人から恋人へは?」
「そんなの……」
そんなの万に一つもないけど——
「——友人になっても、僕のことを嫌いにならないでいてくれるなら……良いんじゃないですか?」
「時間が経ったら、か……素直じゃないなー、もう。じゃあ、帰ろっか」
「それじゃあ、さよなら、です。またいつか会いましょう」
その一言で歩き出す僕を、また肩を押さえて止められる。
「僕と、一緒に、帰ろうか?」
「…………」
今は中途半端な時間帯。帰宅部は帰り、大半の部活は活動中だ。
一緒に帰っている所を目撃される心配はほとんどない。
このままここで回避を選択し続けるよりかは一緒に帰った方が良さそうだ。
「分かりました」
「手を出したまえ」
「……どうぞ?」
ガシッと、先輩に痛いぐらい力強く手を繋がれた。
そして、引っ張られて一緒に歩く。
さっき、友人から始めると言ったばかりにこれは……別に良いか。この先輩に何か反対すると、まためんど……嫌なことが起こる。
先輩「(言ったぁッ! 言っちゃったぁッ! …て、手も繋いで……ふわぁ、やっと、やっとだよぉ)」