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28,波乱の予感





「はぁーっ、しんど。……なんとか間に合ったぁ」


 案の定、八時まで寝過ごした。

 起きた時には「あっ、終わった」って気持ちで、開き直って二度寝でもしてやろうかと思った。

 でも、止めようとした目覚まし時計に紅葉からの伝言があったんだ。弁当作ってあげたよ、昼からでも学校行ってねって。……これはもう、登校するしかない。


 昼から行って悪目立ちするのも嫌なので、頑張って始業前に走りこんできたわけだ。


「ひどい汗ですね。大丈夫ですか?」

「ん? あ、えっと、大丈夫です」


 隣の図書委員の人が話しかけてきた。タオルを渡してくれたが、自分のがあるからと断る。


「この休みはどちらに行っていたんですか?」

「休み? ………家に引きこもってましたよ」


 先輩と…生徒会長と遊園地でデートなんて言えるはずもない。

 デー……遊園地は思っていたよりは楽しかったな。お化け屋敷はもうこりごりで行きたくないけど、それ以外なら行きたいかもって思えた。昨日は先輩がいきなり帰ろうなんて言い出すからほとんど回れてないし、待ち時間も多くてストレスフルだった。今度は人の少なそうな日…創立記念日とかに行った方がいいかな。


「え…そう、ですか……あっ、体調が悪かったんですね」

「まぁ、はい」


 体調が悪かったということにしておこう。今は最悪の気分。走って来たのと二徹で死にそう。


 しかし、今日は良いことがあった。

 下駄箱に何も入っていなかったんだ。果たし状とかも、意味の分からない不幸な手紙も、何も……って、いやいや、普通はありえないんだ。そんなことで喜んじゃいけない。


「生徒会長さんとどういう関係なんですか?」

「……関係?」


 唐突に何で聞いてくるんだろう。大してそこまで話したことないのに、世間話ならまだしも、踏み入ったところを……


「……ただの部活仲間ですよ」

()()()()()()()()()()

「? ……はい」

「そうですか。()()()()()()()()()

「…………」


 ……何が?







 手紙も約束もない、先輩も来ない。それだけで肩が軽くなった昼休み。早速部室に向かおうと思う。


 僕は荷物をまとめ、すぐ真横の教室の扉を開けた。


「あっ、す、鈴原君…どうぞ、入って」


 そこには、先日お世話になった鈴原君がいた。

 顔色は悪くない。抽冬さんから受けた()()()()()はそこまで酷くなかったようだ。ひとまず安心。


 鈴原君に道を開けるべく、少し隅に寄った。


 何の用だろう? 普通であれば友達と一緒にご飯食べに来た、そう思う。

 でも、辺りが騒々しい。廊下に人が集まってるし、一波乱起きそうな雰囲気だ。気になるが、巻き込まれないように早く部室に向かおう。


「っ! 木下っ! …せっ…先週はっ……すまなっ…かった…っ!」

「え?」


 目の前で鈴原君が頭を下げていた。周囲からは疑問の声も上がったが、何故か僕を称賛するような声も聞こえた。

 さっきから集まっていた人は観客だったようで「よくやった」「いい気味だぜ」「清々した」とか聞こえる。続々と観客は集まっていき、さっきまで聞こえていた声は雑音になって聞こえなくなった。

 ………嫌われてたの? そんなこと言われるなんてよっぽどだよ?


 鈴原君はそんな声が聞こえても微動だにしなかった。拳は白くなるまで硬く握りしめられ、歯ぎしりの音がする。少しだけ見える表情は悔しそうだった。


 ……本当は謝りたくなんてないんだろう。今だって顔を少し上げてこっちを睨みつけている。唇を嚙み締め、血が出そうだ。

 そんなに謝りたくないんだったら別に謝らなくても……実害というか、何かされたという訳でもない。昼休みを潰されたのは少し恨んでいるけど……あれ? 謝られる必要なんて無いんじゃ? 


「……別に、何も怪我してないんだから大丈夫だよ」

「そうか…っ」


 本当に許してしまって大丈夫だったんだろうか。結構敵意剝き出しで、また今度…は無いと信じたい。


 それよりも、まさか抽冬さんを好きな人がいるとは。アイドルみたいに慕われてるかと思えば、個人的にも好かれるらしい。

 うん、その調子で。


 鈴原君の肩を叩いて——


「頑張って抽冬さんを振り向かせてよ」


 そして頑張って僕から引き離してくれ。応援してる。

 付き合えないって言ったのに、それでもまだ諦めていない節がある。鈴原君に乗り換えてくれると嬉しい。


「なんだとっ! お前! おちょ————ッ!? な、何でもないっ、じゃあなっ!」


 肩に置いた手は払い除けられて、鈴原君は走り去っていった。


「……ん?」


 さっきの小さな悲鳴は何だったんだろう。……急に出たしゃっくり?

 何か言おうとしていたのに、途中でやめて…おちょ……お猪口? いや違う。…何か言いたいことがあるなら今度また来るか。


 水筒を忘れたことに気づき、席に戻ろうと振り返えると。


「ぬ、抽冬さん」

「ふふっ、どうしたの?」

「……いや、何でもないよ」


 振り返ると、()()()()()()()()()()()()()()()。じっとこっちを見ていて、偶然にも目が合う。

 クラスの観客から前に出て、僕の席の後ろにいた。


 どうしてこんなところにいるんだ? 今のことが気になって、ということなら分かるけど、こんなに近くに来る理由なんて……


 不気味な笑顔を浮かべていた抽冬さんには聞けるはずもなかった。


「木下くん、ありがとうね」

「………何が、ですか?」

「あの人、私のストーカーだったんだ。私困ってて、何度言っても付きまとってくるし…()()()()()()()()本当にありがとう。今度お礼するね」

「ストーカー? 僕は何もしてないよ。……したのって、寧ろ……」


 さっき鈴原君が逃げるように帰っていった。

 あれは僕の後ろの…抽冬さんを見たから? あの剣道場でトラウマを植え付けられて……抽冬さんがそんなことするわけ……大変なことか。抽冬さん、あれでいて少し怖いところがあるから…


「真澄、良かったね」


 クラスの女子が一人出てきた。

 名前は……知らない。確か委員長だった気がする。抽冬さんと仲が良さそうだ。


「鈴原ね、何回も真澄に告白してくるの。私もあいつと話したんだけど、全然聞く耳持ってくれなくて」

「へ、へぇ、そうなんだ」

「ああいう人って、話聞かなくて困るよね」


 うんうん、僕も絶賛同じようなことを受けているからよく分かる。付き合いたくないのに迫ってくるとか迷惑極まりないよね。

 ただ、誤解してる。早めに訂正しておこう。


「あの、僕は——」

「——ところでさ、前々から気になってたんだけど、この人って真澄の彼氏なの?」


『…………』


「そうだよ」

「違うよッ!?」

「…うん、嘘。振られちゃったんだ」


『え……振ったじゃなくて振られた?』


 ……何で言うかなぁ。

 はぁ、嫌だ、こんな視線浴びたくないよ…鈴原君と同じ妬みか、怒りか……どっちも嫌だぁ。


「——木下はいるかッ!」

「ッ!? いませんっ」


 しかし、条件反射で出た逃げの言葉に効果は無かった。

 相手はごり……山田? ……吉田先輩だ。…悪い予想しか湧かない。逃亡しようにも出口を塞がれていて、廊下はさっきの観客でいっぱいで…はぁ。


 出入り口付近でうろたえていた僕に、迷わず先輩が近づいてきた。お付きの柔道部らしき人たちもいる。


「よ、吉田先輩はどうしてここに?」

「お前にっ、改めて決闘を申し込むっ!」

「はぁ」

「体育祭の縦割り騎馬戦、そこで勝負だ!」

「い、嫌で……えっと…く、クラスで決めることですから、僕が騎馬戦に参加できないかも…ですよ?」


 参加できたとしても手なんか挙げない。待ち構えているところにわざわざ行くわけないだろ。それよりも、体育祭は借り物競争とか障害物競走、楽しそうな競技に出たいんだ。


「ん? ()()()()()()()()()()()()()()() ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……は? 依木先輩が?」


 何言ってるんだあの人。僕が運動できるなんて……まぁ、小学生の時はいろいろできたけど、今は……って、同級生も? このクラスはまだ何も決めてないのに、いったいどこでそんな噂が………出所がどうであれ、今はそんなこと考えている場合じゃない。


「それは間違いで——」

「——それじゃあ、今聞こう! 俺と木下は生徒会長を賭けて戦う予定だ! 騎馬戦の枠を一つ木下に使ってくれないか! 無理と言う者はここで出てきて欲しい!」


『…………』


 先輩がそんな言い方して、誰か出てくるわけないじゃないですか。僕だってこんな静まり返った場所で大声出したくないですよ。


 話聞いてくださいよ、もう……卑怯だ。卑怯すぎる。


「決まりだな。楽しみにしているぞ」

「…………」


 吉田先輩は僕の返事無しに教室を出て行った。


 ————ざわざわ。


 周囲に広まって、クラスメイトにも許可を取られていて、逃げも隠れもできない。

 体育祭を休んで逃げる…その手はこうして先輩と勝負することがどうせ知れ渡るから、周囲から臆病者というレッテルを貼られる。それは……我慢できない。

 今から誤解を解く。…誤解は噂になって広まってるから、それを消すなんて不可能だ。


 以前にも、同じく話を聞かない先輩のせいで似た状況があった気がする。柊木先生も、そもそも話す前に何かと決められるし……年上は全員話を聞かないんじゃないかと思う。くそくらえだ。


「はぁ」

「き、木下くん、頑張って。応援してるよ!」

「……はぁ」


 抽冬さんにガッツポーズで応援されたとしても溜め息は出る。その通り、騎馬戦に出て頑張るしか道は残っていないから。

 …ほんと誰だよ、噂流したやつ。少なくとも先輩には何か仕返ししてやる。今日明日には呼び出して……呼び出して………あの人何したら嫌がるんだ?


「………そうだ、木下君。今日三人で一緒ご飯食べない?」

「…僕、部室に行きますけど?」

「私たちもついて行くよ」

「え」



噂の元凶「(まさか吉田先輩が来るなんて思わなかったけど……うん、予定通り木下くんを騎馬戦に、最後の種目に出せた)……ねえ葵ちゃん、なんで急に木下くんとご飯食べようって」

知人A「真澄、まだ諦めてないんでしょ?」

噂の元凶「…うん」


知人A「でも…木下君は会長と付き合ってて……もしかして、寝取り」

噂の元凶「ちっ違うよ。木下くんはまだ先輩とは付き合ってないの。だから木下くんの心が変わる前に私が……(私が紅葉ちゃんに勝たないと)」

知人A「あ、付き合ってないんだ……付き合ってない? でも、確か先週………あれで付き合ってないって……木下君、会長のことも振ったのッ!? それで会長も真澄みたいに……」

噂の元凶「うん、多分」


知人A「(……うーん、二人とも振るなんて、よっぽどの理由がありそう。これは強敵)……真澄の恋を手伝ってあげる」

噂の元凶「…えっ、いいよ。大丈夫」

知人A「遠慮しないで、私たち友達でしょ? もちろん、私が手伝ってほしいときは手伝ってもらうからね」

噂の元凶「……うん(別に必要ないのに)」

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