25,犯罪者たち
学校の裏手にある商店街を真っ直ぐ通り抜けた後に集合団地がある。そこがソニアさんの家だ。
精肉店のコロッケとか、書店に流されそうになるが我慢。ソニアさんに設定とか色々してもらえるんだから、早く済ませないと迷惑がかかる。
でも…美味しそうな匂いがして……
誘惑に流されかけ、腕を引かれる感覚で意識を取り戻す。
「ひ、秀秋、早く帰ろ? 怖い」
「怖い? まだ夕方だよ? 何が怖いの?」
ソニアさんが図書館に行ってから、ずっと腕を離してくれない。
昨日何か怖い番組でも見たのか、商店街で人見知りが発動しているのか…肩まで震えて、涙目になっているし、尋常じゃないことが分かる。
「何か、視線を感じる。ストーカー、かも」
「…………」
視線……女子はそういうのに敏感だとよく聞く。加えて、ストーカーには心当たりがあって困る。
ちゃんと注意しておいたのに。姿は……どこにも見当たらない。人ごみに紛れていたり?
「ソニアさん、ちょっと走って逃げるよ」
「う、うん」
先輩なら先輩で、目的は僕だろうから少しは安全だ。そもそも女子だ、ソニアさんが危険な目に遭うことはない。
でも、不審者だったら。紅葉が以前言っていた不審者が相手なら、可愛いソニアさんを狙っているにちがいない。このまま家に向かうのは避けるべきだ。
「ソニアさんっ、どうっ?」
「ま、まだっ、見られてるっ」
人ごみを掻き分けながら前に進んでいく。それだけじゃ足りなそうで、お店の中を出たり入ったりして逃げ続ける。
こうして走って逃げても追いかけてくる。どこまで執念深い奴なんだ。
「——あ、木下君、こんなところで何してるんだい?」
「ッ!? せ、先輩ッ!? 何でここにっ、やっぱりストーカーは」
「違う。桜花さん、は違う」
「……何か知らないけど、今日はストーカーなんてしてないよ。学校の帰りに牛肉と玉ねぎ買って来いって母に怒鳴ら…頼まれてね。この通り、今から帰るところなんだ」
先輩は制服のままで、肘には袋を抱えていた。
おまけにコロッケを食べ歩きしていて、嘘ではないみたいだ。だとしたら、噂の不審者が……
「木下君こそ、何しにここに?」
「かくかくしかじか————ということで、今逃げてます。……先輩がストーカーだと思ったんですけどね」
「だから、僕はストーカーしてないと言っているだろ。……それよりも…ふむ、ストーカー、か。……ソニアさんの家は何処かな?」
「商店街、抜けた先の、信号渡ったところ、です」
「…あのマンションか………ついてくるといい。ストーカーを撒いてみせよう」
「ストーカーっていうのは、大体二つに分けられる。計画的な物か、それ以外の衝動的なものだ。これだけ執着してくるってことは、元から君たちを狙っていた可能性が高い」
先輩はなぜか商店街を離れ、大通りに出た。
駅の近くで夕方時。仕事や学校帰りの人や主婦の方が多い。商店街となんら変わりない状況だ。
「先輩、なんで外に」
「ストーカーは何もない道に弱いんだ。道角に隠れるしかなくて、その間に僕たちは相手と距離を取れる。他にも障害物とかで隠れながら追跡するから、人が多いところとか、ああいう商店街で逃げ回ってもいつまでもついてくる」
「ここじゃっ、ダメなんじゃないんですかっ?」
「その通り、もうちょっと走るよ」
それから路地裏に入り、先輩の姿を頑張って追った。
ゴミに躓いたり、急に曲がったり、転けそうな勢いで走る。妙に入り組んでいて、ついて行くのが大変だ。
「こうやって路地裏に逃げ込むのは、相手の人数や目的によれば危ないが、今回の相手は僕たちを観察するだけのようだ。襲われる心配はないし、一定の距離を取ったまま追ってくるから、この状況なら絶好の逃げ場になる」
「…………」
…先輩、詳しすぎないか? 撒きやすいルートまで知ってて……つい最近、ストーカーされていたか、していたか、みたいな熟練度がみえた。
「ソニアさん、今はどうだい?」
「……何も、感じなくなった」
「でも、ここからも要注意。諦めて帰っている可能性もあるが、これだけしつこかったんだ。まだ辺りを探しているだろう。さて、次は商店街に向かおうか。人ごみの中は姿を隠しやすいわけだし」
「………先輩、本当はストーカーでしょ」
「し、心外だな、今回は君たちを助けたんだよ? 少しは感謝するなり、頭を撫でるなりしてくれてもいいじゃないか」
「ありがとう、助かり、ました」
「ほら、ソニアさんは感謝してくれたよ? 君もほら、ほらほら」
「…ありがとうございました」
グリグリと頭を胸に押し付けてくる。
撫でろということなんだろうが、お礼で済ませる。何かまだ問い詰めたい気分ではある。でも、今回は先輩のおかげで助かったんだ。
「で、なんで先輩もついてきてるんですか」
「僕だって部員だよ? 仲間外れなんて酷いじゃないか。…ソニアさん、僕にも貸してくれないかな。生憎と僕もパソコン持ってないんだ」
「うん。助けてもらった、し、元から、あげようって、思ってた」
「うん、ありがと。と、ここで良い……柊木?」
「え、柊木?」
マンションの八階の一角、そこがソニアさんの家だと言うが、そこにかかっていた表札は柊木。直近で聞いたことのある名前、柊木美月先生が思い起こされた。
「…私の本名は、ソニア・グレース・柊木。学校では、秘密にしてって、言われて」
「………ソニア、グレース……G?」
グレースをGとすれば、ソニア・G・柊木。
ということは、あの手紙に書かれていた名前はソニアさんの本名だ。ゴリラなんかじゃなくてミドルネームだった。……それが分かったところで、何にもないんだけどね。
「柊木先生と家族関係なの? お姉さんとか?」
「ママの妹、叔母さん。一応、保護者」
「ただいまー」
「んー、おかえりーソニアー、ピザ買ってるから温めてそれ食べ………」
「…………」
「………お、お邪魔します」
廊下を通ってリビングに出ると、ラフな格好をした柊木先生がいた。胸の所には高校の名前があって、体操服のジャージと予想がつく。
先生は野菜ジュースの1L紙パックを口につけようかというところで止まっている。僕と先輩がどうしてここにいるのって感じだろう。……気まずいなぁ。
「なっ…なぁっ…なんであなたたちがここにいるのッ!? じゃ、邪魔するなら帰りなさいよっ!! そしてここで見たことはすべて忘れなさい!!」
「……衝撃的過ぎて無理かもです」
「なんで家に!」
「私が、呼んだ」
「え、そ、ソニアが、誰かを家に呼んだ? ……え? 本当に?」
「文化祭のために、パソコン貸してあげよう、って思って。私の部屋、こっち」
「あ、ああ。そう…ゆっくりしていって…」
ソニアさんは放心状態の先生を無視して部屋に向かっていった。僕と先輩もそれについて行く。
「えーっと……これは……」
どうオブラートに包んでも女の子の部屋とは言えそうにない。思わず、他にも叔父さんとかお兄さんでもいる? と聞いてしまう程だ。
ゲーマーなんだから当然って言えば当然で、本棚には攻略本やカセット、壁には購入特典であろうポスター。家具はシンプルで、ベッドとモニターやらなんやらが積まれた机だけ。
初めて女子の部屋に入るからどういうものかと、漫画でよく見るぬいぐるみだとか、ピンク色満載を想像していたのに、その幻想は全て壊されてしまった。
一応、女子の部屋といえば紅葉の部屋も入るんだけど……なんというか、僕の部屋と合わせて、二つで二人部屋みたいなところがあるから、そういう女子っぽさは感じたことは無い。だから少し期待していたが……
「………た、楽しそうな部屋だね」
「おー、懐かしいゲームがいっぱいだ。ゲーム機まで……今度、遊びに来てもいいかな? ソニアさんとは趣味が合ってそうだよ」
「う、うんっ。今度、遊ぶ……うんっ」
ソニアさんはクローゼットを開けて中を物色し始めた。
「それじゃあ、んー………はい、これ」
直方体の箱が引きずり出された。
へー、デスクトップってこんなに大きいんだ。実際にはノートパソコンしか見たことなくて、こんなに大きいとは思わなかった。
「…重っ」
「モニターも、ある。あと、ケーブル、マウスと、キーボードも」
「…………」
————ガチャ。
「話は聞かせてもらったわ。今は気分がいいから、車出してあげる。下まで運んできなさい」
「せ、先生っ」
「その代わり、今日ここで知ったことは秘密でよろしく。学生と教師が家族だったら、周りからとやかく言われてソニアが可哀そうでしょ?」
「………じゃあ、あのジャージ姿は撮っても大丈夫なんだ」
「依木さん? 写真はもう禁止と言ったはずよ。早くそのカメラをなおしなさい」
「積み込みは終わったかしら? 終わったなら早く乗ってちょうだい」
「先輩、どうしたんですか?」
「…ん? ああ、ちょっとぼーっとしてたよ。……まだもう一人……あの制服は……車で逃げれば大丈夫かな」
「もーみじー、ただいまー」
「お兄ちゃんやっと帰って…あ、ソニアさん……と、依木さん。何の用ですか?」
「ソニアさんからパソコンを借りることになったんだ。それで、設置とか設定とか色々教えてもらおうと思って」
「ふーん……ご飯はどうするの? 遅くなりそうだし、先輩たちも食べてくの? いっぱい作ったから全然大丈夫だよ」
紅葉から思いもよらぬ提案がきた。
紅葉のことだから、大好きなお兄ちゃんと二人っきりでご飯食べたーい、早く帰って、って突っぱねると思ったのに。……はぁ、自分で言っときながらキモいな。どうして妹がブラコンだと勝手に想像してるんだろう。
「……いや、先生待たせてるから」
「先生?」
「あー、この人は部活の顧問兼担任の先生。ソニアさんの叔…姉さんなんだ。運ぶの手伝ってもらって」
「うふふ、私のことは良いのよ。もし大丈夫だったら、ソニアにご馳走してもらってもいいかしら?」
異常なまでの殺気に気づき言葉を変えた。
……叔母さんと言って何が悪いんだろう? もうとっくにおばさんと呼ばれる歳だろ? 先生はアラサーぐらいで、学生からしたらおばさんだと思う。
「担任の先生なんですか……先生も食べていきませんか? カレー、美味しいですよ」
「か、カレーっ……久しぶりの手料理っ……ごくり………ええ、ありがとう。私も食べさせてもらうわ」
先生————月美さんに感じていた大人の女性という気品が段々と下がってきた。
にしても、紅葉は大勢でご飯を食べたいのだろうか? でも、昨日は昨日でなんか二人を連れてきて怒ってたし……何か他に特別な理由でもある?
「じゃあ、僕は部屋の掃除してくるんで、リビングで待っててもらえますか——」
「——…………」
「美味しいっ」
「んまっ、こんなのっ、久しぶりっ」
「……おかわりはいっぱいあるので、ゆっくり食べてくださいね。喉を詰まらせますから」
「……美味しいものに目がないのは家系由来なのかな?」
僕が部屋の掃除を終えてリビングに戻ると、大食い選手権が始まっていた。ソニアさんと先生はガツガツと食べ進め、一緒に食事していた先輩と紅葉は呆気に取られていた。
部屋を漂うカレーの匂いにやられたようで、僕が部屋をいる間ずっと鍋を見ていたらしい。
それを見かねた紅葉が、ご飯食べますか、と提案して、リビングに降りてきたころにはこうなっていた。現在、二杯目に突入だそうで。
「紅葉さんっ、私の嫁になって! もしくは娘!」
「いや、先生にはあげませんよ」
「あ、お兄ちゃんも食べる?」
「んー…食べよっかな」
ソニアさんは食べるのに夢中しているから、先に食事を終わらせよう。僕も、二人を見ていたらお腹がすいてきた。
「あの、先生…と依木さん。少し話良いですか? 学校でのお兄ちゃんについて聞きたいです」
「木下君のこと? うん、何でも質問してくれていいよ」
「え、ああ、別に良いけど…そこまで詳しいわけじゃないわよ」
「ここが、秀秋の部屋……本がいっぱい」
「ソニアさん、これっ、どこに置いたらいいっ?」
「……机の横。コンセントが届く場所に置いて」
「よっこらせっと」
「あとは大丈夫。秀秋は、休憩してて」
腕と腰が痛い。パソコンのためだと自信を鼓舞しても肉体には限界がある。
……ベッドに寝ころぼうかと思ったけど、ソニアさんの作業を見ておこう。
「……ん? ここ、ルーター無いの?」
「リビングにしかないね。なんかダメだった?」
「…大丈夫。ちゃんと中継器持ってきたから」
「うん、ありがと」
中継器が何か分からなかったけど、一応お礼を言った。
三本の線をパソコンに繋ぎ、それぞれ、モニター、コンセント、さっき設置された中継器とやらに繋がれた。電源ボタンが押されてモニターが光る。
おおっ、できた。こんな簡単に点くんだ。家に来てもらわなくても、教えてもらうだけで十分だった。
それからソニアさんは、ポケットから一つのUSBを取り出した。
「そのUSBは?」
「………アップデート用のデータが入ってる。最近使ってなかった、から」
「へー」
「ダウンロードして………あとは背面にこれを取り付けて……ん、終わった」
「おおっ、触ってみてもいい?」
「うん。でも、一つ注意。この中は勝手に開けちゃ、ダメだよ。素人が触ったら、すぐに壊れちゃう、から」
「わかった。ほんとありがとうね」
盗撮盗聴魔「今から、桜花さんの家、大丈夫?」
常習犯「ああ、大丈夫だよ。設定ぐらいなら僕にもできそうだし、今日はもう遅いからね。早く帰って寝た方がいいよ」
盗撮盗聴魔「…でも、心配」
常習犯「んー、あ、だったらLINKの交換しておこうか。家で通話しながら教えてくれたらいいよ」
盗撮盗聴魔「……うん…分かった」
レーティング違反者「高校生にパソコン、それから一人部屋……後は分かるな? ソニアさんのパソコンだけど、後でそのデータだけ何かに移せば良いし……大丈夫だろ——」
内蔵カメラ「ジー」
イヤホン「——ママゾンの住所設定よーしっ、口座のお金よーしっ! はいポチッ!」
盗撮盗聴魔「桜花さんは無理だったけど、これで、秀秋のことをもっと知れて、話題が増える! 頑張ってメモしなきゃ……え? こ、このゲームって、成人向けのっ……お姉ちゃんの部屋にあったから、今度やってみようかな」




