24,まだ見ぬ青春への一歩
「おいおい、やばいな」
今日もだ。今日も下駄箱が赤い手紙で溢れかえっている。
現在、朝の七時。いつもよりもっと早く登校したのは間違いじゃなかった。因みに、先輩とは出会わなかった。
だが、昨日とは違うところが一つ。自分の名前が書かれているところに、手紙がセロハンテープで張り付けられていた。開けてみると——
[木下君へ
大事な用があるからHR前に生活指導室に来てね♡]
「………はぁ、先生か」
名簿で電話番号知ってるんだから電話すれば良いのに。……先生が♡付けるぐらい歳食っ……ピュアな先生だからか、うん。きっと告白なんかもラブレターから始まるって考えている人なんだろう。
大量の手紙は家から持ってきたごみ袋に入れておいた。気分はまるで血のバレンタインならぬ血のクリスマス。それから、雑巾を濡らして血が垂れた下駄箱を綺麗にしていく。
「柊木先生、何ですか」
「え、早…んんっ、本題とは別に聞きたいことがあるのだけど……この赤い手紙って何かしら?」
「知りません。先生、何時頃に玄関に行きました?」
「七時少し前よ」
僕が来るよりも少し前……そんな時間に手紙を?
でも、門の開錠は七時から。僕は門の前で待ち構えていたから、誰も入っていないのは分かる。だったら、入れられるのはこの先生ってこと……はない。この人にそれをやる理由は無い。こんなことをするのは生徒だ。でも、どうやって門が開くよりも早くに………
「貴方……何かあったら少しは相談しなさいよ。と、あともう一つ。いつもこんなに早く学校に来てるのかしら?」
「…まぁ、はい。……家でやることないですし」
「学校が好きなのね」
「………はい」
それで良いや。本当は単に風紀チェックを抜けたいだけで、生活指導室でそんなこと言う勇気はない。
「それで、遅くなったけど、今日呼び出したのはね、昼休みに部活動連絡会があるからよ」
「……それって、部長と会計が出るやつじゃ?」
「貴方は部長よ」
「………そ、そうなんですか、初めて知りました」
「当たり前よ。言ってないんだもの」
「…………」
思わず目元がピクピクしてしまった。頬っぺたも痙攣して笑顔が上手くできない。
確かにそうですよね。ソニアさんと幽霊部員しかいないんだから、必然的に部長は…僕しか無理かぁ。
そういうのはもうちょっと早く言って欲しかった。
「だから昼休みは四十分に視聴覚室に行って欲しいの。今日までに伝えておきたかったんだけど、忘れていたわ。ごめんなさいね」
「っ……はぁ、そうですか…会計はもしかしてソニアさんですか?」
「一応はそう決めているけど…ね?」
「あぁ、はい、そうっすね」
ソニアさん人見知りだからなぁ。その場にすら来れないかもってことだ。つまり、僕一人で、経験者も無しの初心者一人で……はぁ。
しかも、部活動ってことは、あの柔道部と剣道部がいる。鉢合わせにならないように注意しないと。あの人たちがイジメの犯人だったら、直接的に嫌がらせをしてくるかも……わざとそうさせて、証拠を作って職員室に……それも面倒だな。逃げることにしよう。
「話は以上よ。よろしくね」
「あの、連絡会で何すれば良いんですか?」
「……貴方の思うことをしなさい」
新任の先生だからか何も知らないってか。
はぁ……ゲームに釣られてしまった僕が悪い。全てこの柊木先生の手の上だったわけだ。
「…あと一つ聞きたいんですが、前の日曜日にソニアさんと一緒にいた人って柊木先生なんですか?」
「今更気づいたのね。そうよ、私があの日サングラスかけてフード被ってた怪しい人よ。それがどうかしたの?」
「僕に期待しているって言ったじゃないですか。何を期待されているんですか?」
「それはもちろん、ソニアの引きこもりからの脱却よ。頼りにしてるわ」
「………はい、できる限り頑張ってみます。失礼します」
————ざわざわ。
「はぁー」
「なぁなぁ、お前の所はもう決まってっか? 例年通りならハンバーガー出すんだよな?」
「ああ。おかげで検便がめんどくせーよ。先輩たち、もうすぐ練習試合だってのに新作の開発なんかしてるしよ。なんであんなに張り切ってるんだか」
「新作…楽しみにしてるぜ。一個ぐらい置いといてくれよ? 俺んとこのクレープやるからさ」
「はぁぁー」
「張り切ってるのは多分あれじゃないかな? ほら、今年は近所の女学園が創立記念日とかで休みだから、そこの人が来るのを狙ってるとか」
「馬鹿ね、あんたたち。相手はお嬢様よ? こんな学校に来るわけないじゃない」
「夢持つぐらい別に自由だろ。しっしっ、人の夢を壊すんじゃねぇよ」
「何よ、その言い方。私だって…」
「はぁぁぁぁあ」
今日はため息が多い。そう自覚できるほどイラついていたし、後悔もしていた。我慢だってしている。
誰だって、全部誰かの手の上、全部仕組まれたことだったらイライラもする。よりにもよって相手は先生だ、仕返しする術もない。我慢するしかないわけだ。……はぁ、くそっ。
もうすぐ連絡会だというのにこの騒がしさ。早く始まってほしい。そして早く終わって。
『————ッ!?』
…………。
「うん?」
なんで急に静かに……あ。
「……っ! ……っ………ぅっ!」
「………え? ソニアさんッ!?」
視聴覚室の入り口を見ると、引きこもりの金髪少女が立っていた。
こっちが大声を出して驚くと駆け寄ってきた。それから胸に顔を埋められ、両手を背中に回される。
「ひであきっ、ひであきっ! ここ、怖いっ!」
「…………」
なんで怖いのに来たんだろう? …と言うよりも、ここまでよく来れたと言ってやるべきか。
「と、とりあえず離し——」
「何あの子、もの凄く可愛いっ」
「あんな美少女見たこと無いぞ。写真は無いよな?」
「ああっ。くっ、この学校の女子は全員撮ったつもりだったのに、あんな子を見逃していたなんてっ。写真部として失格だっ!」
「いやいや、女子に土下座までして迫る時点で、あなたたち、人間としてどうかしてるわよ」
「これぞ、写真部としての性っ! 美しいものは写真に撮って保存しておくに限るっ! よしっ、あの子にも今から突撃して」
「やめなさい。今から連絡会なの、騒ぎになるようなことは許さないわ」
「………ソニアさん、一旦席に座ろっか」
「……うん」
周囲の反応が大きい。
髪色からして珍しいし、じっとしていれば完璧な美少女だ。目を引いてしまうのも当然だろう。同時に、抱きつかれている僕にも視線が集まって、時々怨念のような声が聞こえる。よく見るとその中には鈴原君がいて、視線を逸らしながら自分たちの席に向かった。
「なんでここに?」
「…おね…先生が…秀秋が困ってるって……言ってて」
「あぁ”?」
「ッ!? …え?」
「あ、ごめん、なんでも無いよ。世の中理不尽だなぁって思ってね」
…あの先生、ソニアさんまで騙したんだ。
それが大人のやり方、歳食った奴の慣習か。許せねぇ。
「これから部活動連絡会を始めます。はじめに、生徒会長からの連絡です」
「…………」
「今回の連絡事項は三つあります。最初は体育祭のことで、部活動対抗リレーに関して、と、体育祭準備協力のお願いです」
こんなところにも生徒会の出番があるらしい。
先輩がいつもと違う、むず痒い口調で喋っていた。ちゃんと生徒会長してる。
……体育祭。僕の思い出は小学校の運動会で止まっている。ダンスとか組体操とか色々やったなぁ、とか。
因みに中学は何も無かった。一人何回出なければいけない、という制約は無くて、ぼーっとしている間に僕以外で全て組まれていたんだ。ははっ、笑えるな。青春の中の祭りと言ってもいいのに…はぁ。
でも、中学とは違う! 今回はコン研という部に入ったのだから! 何か…そう、きっと何か楽しそうなことがあるはずだ! 面倒なことは無くていい!
「——協力の件ですが、生徒会と実行委員だけでは体育祭の準備は間に合いません。有志の方々はぜひ生徒会に来てください。お礼として、三百円の食堂券や飲み物を用意しています」
食券に飲み物……つい最近釣られたばかりで、今回も釣りだと思ってしまう。どんな仕事が待っているのか……きっと、行ったら最後。馬車馬のようにブラック会社で働かされるんだ。
普通にチェーン店でアルバイトしたとして、時給は大体1000円弱だぞ? それが労働時間も定められていないのに、300円で済まされてしまう。子供の手伝いとしてもいいところだ。
「また、文化祭が二か月後に迫っています。本校では原則として泊まり込みの作業は認められないので、時間のかかる部活、特に美術部の方は時間の配分に気を付けておいてください。そして、活動、展示内容については、体育祭から四日後、10月8日の朝を期限として提出してもらう予定なので、場所や予算、内容についてしっかりと決めておいてください」
「……文化、祭っ」
「そっか、文化部だからなんかしないといけないな」
——放課後。
体育祭に関わりのない部活なので、文化祭について二人で考えている。先輩は生徒会の用事か、今日は来ていない。
「それで、何すればいい、かな?」
「んー…二人でできることなんて高が知れてるから……何か簡単なゲームを作ってみたり?」
「え、それだけでいいの?」
「あー、ごめん。何も考えずに言っちゃった。僕、プログラミングなんてやったことないんだ」
コン研ならこうだろう、という思い付きで言ったことだ。
やるにしても、家にパソコンが無いんだから時間が……そもそもまったくもってプログラミングのこと知らないし。
「練習すれば、いい。なんなら、教えてあげる」
「家にパソコンが無いんだ。学校だけじゃ無理だよ」
そもそも一朝一夕でできるもんでもない。それは分かる。膨大な量の長ったらしいコード?とか決まりを覚えないといけないんだろう? それを付け焼刃なんかにしてゲーム作ったって、できる物は自分が納得いくはずもない物だ。
「あげよっか?」
「え? 何を?」
「デスクトップ一式」
「……いや、ちょっと待って、それはおかしい」
「…家で使ってないのがある」
「使ってなくても僕は受け取れないよ」
ソニアさんのことだ、さぞお高い物でも使っているんでしょう。
だからこそ受け取れない。そんな高価なものを受け取れるかって話だ。
「………置く場所が無い」
「そんな取って付けたような理由を言っても断る」
「…欲しくないの?」
「……欲しいけどさ、そんな高い物をタダで貰うには気が引けるというか……」
「高くないよ?」
「…おいくら?」
「さんじゅ…十万」
「…………」
おい、さんじゅ、って。絶対三十何万かだろ? それが高くないってどんな金銭感覚をしてるんだ。しかも、それを簡単に人にあげるって……
「どう?」
「十万も僕からすれば高いよ」
「い、いちま」
「一万も高いって」
「…じゃ、じゃあ…秀秋に寄附」
「いらないってば……なんでそんなに渡したがるんだ?」
「ひ、秀秋と、部活以外の時間も、一緒に、ゲーム、したい……」
目的はプログラミングの練習のはずですけど。
いつの間にか部活外の時間でゲームをしようという話になっている。
「じゃ、じゃあ、一緒に一時間ゲームしてくれたら、一万円あげる。36時間してくれたら、ちょうど」
「ソニアさん、ダメだ。それは越えちゃいけない一線だよ」
友達料……現実で見たことはあったけど、僕にされるなんて思ってもみなかった。
「………文化祭」
「ん?」
「文化祭まで、貸す。ゲームを、一から作るんだったら、秀秋は、いっぱい勉強、しないと」
「………そういうことなら……でも、ちょっと怖いんだ。傷つけちゃったりとかしたらって思うと。……だから、せめてもう少し安いのを貸してください」
「うん、分かった。早速、今から取りに行こ」
「あ、ごめん。ちょっと寄り道してもいいかな」
「木下君、やっと返しに来てくれましたね」
「遅れてごめん……その、罰則とかあったりする?」
…昨日の僕は本を忘れないでいてくれた。今日は鞄を見なければ忘れるところで、危なかった。……危ないじゃないな。結局、二日も忘れて期限を超えてしまったんだから。
「初めてなので特に無いですが、次からは一周間貸出禁止になりますよ。気を付けてくださいね」
「うん。…良かったぁ、今日、本借りたいって思ってて」
図書館に本を返しに来たついでに、プログラミングの自主勉用の本を借りようと思った。一旦カウンターから離れ、本棚の間をさまよった末にソニアさんを見つけた。
「ソニアさん、どの本がおすすめかな?」
「ん……どんなゲームかによる」
「…さっき決めたばっかりでしょ。まだ何も決まってないよ」
「………Javaにしとこ。簡単」
「へー、分かった。それにするよ」
初めてのJavaプログラミングという本を取ってパラパラとめくる。
ページ数が多くてやりがいはありそう。同時に、文化祭に間に合うのかと不安に思う。
「——ひっ!?」
「ん? ソニアさんどうしたの?」
「……っ!」
突然、僕の後ろに引っ付いてどうしたんだろう? 服を掴む手も震えてて?
何かに怯えているのか?
「木下君、その本を借りるんですか?」
「あ、うん。手続きお願い」
後ろから図書委員の人がついてきていたみたいだ。丁度良かったので、本を渡して借りる手続きを済ませよう。
「……文化祭で何かゲームでも作るんですね」
「はい。…あ、良ければ来てください」
「一番最初に行きますね」
「や……やっ」
「ソニアさん?」
「…な、なんでも、な、ない」
????「どうぞ、手続きが終わりましたよ」ニコニコ
ビビり「うっ…うぅっ(この人の目、怖いっ。笑顔が怖いよぉっ!)」
????「じゃあ、また来週も来てくださいね」
鈍感「うん、今度は忘れないように気を付けるよ。ソニアさん、待たせてごめんね。行こっか」
ビビり「う、うん……ッ!?」
????「………(木下君、ソニアさんと何処に行くんですか? 私を誘ってくれても良かったんですよ? ……あ、言わなくてもついて来いってことなんですか? 何も言わずに自分の三歩後ろを歩いていろ、ということなんでしょうか。……すぐに仕事を片付けて追いかけますね)」ジー―
ビビり「ッ!?」
鈍感「そ、ソニアさん!? なんで抱きしめてくるの!?」




