23,相見える
超人見知り「(いやぁッ!! 人がいっぱいいるよぉッ!! な、なんで私、こんな所に来てるの! お姉ちゃんっ、お姉ちゃんのせいだ! お姉ちゃんが勝手なこと言うから!)」
受験生「(この二人、なんでお兄ちゃんにずっとくっついてるの? ……ッ! お兄ちゃんに告白してきた人たちだ! お兄ちゃんの腕に勝手に…あれ? 背、低すぎない? いやいや、そんなことよりも。この不審者は何か怪しい真似をしたら通報すればいいから……この金髪の同級生の人は注意しないと。お兄ちゃんに全部を賭けて迫ったんだから、強敵のはず)」
有段者「(ちょ、ちょっと大胆に腕を掴みすぎたかなっ? で、でも、これぐらいしないと木下君をドキドキさせられないし、ええいままよっ! 全力でひっついちゃえっ!)」
『…………』
「ささ、早く用事済ませて帰ろうか」
『…………』
左腕にヒシっと引っ付くソニアさん。服を掴み肩を寄せてくる。キョロキョロと辺りを見回し、周りの人を警戒しているようだ。
右腕に絡み付いてくる先輩。右腕は少し動かすだけで手首に痛みが走り————要は技を決められていて動けそうにない。
それから、いかにも不機嫌そうな紅葉。頬を膨らませてジト目でこちらを睨んでいた。
……間違えた。紅葉は兄妹水入らずが良かったんだ。
「…なんで不審者がここに居るの?」
「くっ、も、紅葉、こっちは高校の先輩、依木さんだ。不審者というのは認めるけど、ちゃんと敬語でな」
「え、不審者? 僕が?」
紅葉が、初対面にもかかわらず不審者と言ったことには正直笑ったが、先輩からはそういうものが滲み出ているんだから仕方がない。家の前で待ち構えていたり、ストーカーまでしているんだから、まさに不審者だ。
当の本人はキョロキョロと辺りをわざとらしく、誰のことかなぁ、と見渡して、自分のことだとは思っていない。もしストーカーが無自覚であるなら、それほど怖いものは無い。
「不審者で間違いないでしょ。それともストーカーですか?」
「やだなぁ、そんなに褒めないでくれよ。照れるじゃないか」
「いッ!? 痛い! 先輩っ、折れるから! 手首これ以上曲がらないから!」
「………それで、そっちの女の子は?」
「っ……!」
「……こっちは同じ部活で同級生のソニアさん。ちょっと人見知りだけど、仲良く——」
————ドン。
自己紹介をしていると後ろから男性がぶつかってきた。
「ッ!?」
「あっ、すみません」
「ひゃ、やぁぁあッ!?」
「あ、大丈夫です、こちらこそごめんなさい。この子、極度の人見知りで」
「それは悪いことしちゃった。ごめんね」
ほんとすいません。
まさかここまでの人見知りだったなんて。知らない人とちょっと触れただけで絶叫……僕はそこまでじゃなかった、ソニアさんは僕よりも酷いということか。月美さん、こんなの僕にどうしろって言うんですか。無理ですよ。
…………。
「で、遅くなりましたが、こちらは僕の妹の紅葉です。来年からウチの高校に入るんで、よろしくしてやってください」
「……お兄ちゃん」
「ん?」
「学校生活は大丈夫なの?」
「う……うん」
紅葉はとても心配そうにしてくれた。その心遣いだけでお兄ちゃんは元気百倍に頑張れるというもの。お兄ちゃんはそういう生き物だから。
六割近く平穏が侵食されたが、まだ大丈夫だ。紅葉が入学する頃には多分、僕はもうSAN値が0近くになっているかもしれない。その時は、どうか紅葉に助けてもらえることを祈ろう。
「それで紅葉、今日は何を買いに来たんだ?」
「……冬服を買っておこうかなって思って。お母さんが、お兄ちゃんの分も買ってあげなさいってお小遣いをくれたの」
「……何にも分かんないから道案内よろしく」
「うん………本当は大人のデートをしたかったのに……」
「……なんで先輩方はずっと引っ付いてるんですか?」
モールに入ってすぐのこと、紅葉はちょっとイラついてそうで、先輩とソニアさんを睨んでいた。私のお兄ちゃんを取らないでー、なんて想像してしまうが、そんなのは妄想に過ぎない。歩くのが遅くて怒らせているんだ。
「こ、怖い、から」
「恋人だから当然さ」
「は? 恋人? …お兄ちゃん?」
「先輩が勝手に言ってるだけだよ。ほら、ソニアさんはともかく、先輩は離れてください。周りの目が辛くなってきたんで」
「…むぅ、分かったよ」
恋人なんてほざく右腕の呪いは無くなった。一方で、コアラのように掴まっているソニアさんは、目を閉じたまま歩いていた。危なそうで離したくても離せない。
保護者みたいな気分だ。あの時の美月さんも……あれ? 今思ったんだけど、美月さんって、顧問の柊木美月先生と名前が……偶然? ゲームの中の名前かもしれないし、今度聞いてみよう。
「紅葉? 早く行こ?」
「ん、ここだよ。ウニクロ。お兄ちゃん好きでしょ?」
モールに入ってすぐ左、そこには僕の好きなウニクロがあった。安くて案外着心地の良い服が売っている。僕の持っているほとんどのジャージがこのウニクロ製だ。デザイン性が乏しいとか、いかにも陰キャが来てそうな服と、誹謗中傷の口コミをネットで見かけるが、そんなものに惑わされはしない。
「んー…じゃあこれとこれで良いや」
手に取ったのは無地の白いパーカーとジーパン。この前みたいに服が無くて困る、なんてことになりたくないから、他にも三セットぐらい色違いで買っておこう。後は長袖Tシャツとかも。
先輩と紅葉が苦笑いを浮かべているが、そんなのは無視だ無視。ウニクロは凄いんだぞ? 柄は派手じゃないし、着心地だって抜群。わざわざ高いのを買って、ゴワゴワする感触に苦しめられるなんて考えられない。
「僕の分は終わったから、次は紅葉かな?」
「んー…依木さんたちは何の用事ですか?」
「わ、私の、服」
「二人の付き添いだから、用事は無いよ」
「それじゃあ、ソニアさんの服を……って、そのサイズ何処で売ってるんですか?」
「し、知らない」
「私の方を先に行きましょうか」
「紅葉ちゃん、相変わらず可愛いね」
「……相変わらずってどういう意味ですか?」
「おっと、何でもないよ。可愛くて、頼りになるなぁってだけ」
誤魔化された。相変わらずってことは多分、今までの言動から考えても、僕と紅葉はどこかで先輩と会ってるはずだ。それは依木君にも言えることで……僕は何か忘れているのかもしれない。
もしかしたら先輩と付き合う約束でもしていて、それを忘れてしまった僕をもう一度……そんな漫画みたいなこと無いか。先輩が一方的に僕らのことを知っているだけだろう。もしそんな約束でもしていたなら、僕が忘れるはず………もあるか。自分のことは借りた本とか人の名前とか忘れっぽいと自覚してる。
あー、もう、分からなくなってきた。なら、先輩に聞いてみるかって話になるが、どうしたって誤魔化されるのがオチだ。偶然思い出せたら良いなって方針でいこう。
「………まぁ。そっすね。いつも紅葉を頼ってばっかりで、ほんと、頭が上がるませんよ」
「僕の弟は全然役に立たないから紅葉ちゃんが羨ましいよ……あっ、結婚したら僕の義妹に」
「しませんしなりませんよ」
「何やってるの、お兄ちゃんっ! 早く来て!」
「はいはーい」
「……あと、やっぱり嫉妬深いままだね。どうやって認めてもらおうかな……」
「お兄ちゃん的にはどっちが可愛い? 私に似合いそう?」
「…………」
紅葉は二つの服のセットを出してきた。
一つはチェックのスカートにシャツとカーキ色のカーディガン。
もう一つはニットセーターとハーフパンツに黒ストッキング。
運命の選択。これで僕の妹力とファッションセンスが試される。
仮にカーディガンを①、ニットセーターを②としよう。男子目線から見た場合、①も②も可愛い。ただ、兄目線からすると、②は露出度が高いからダメだ。黒ストッキングを履いていたとしても、②の場合は太ももまで見えてしまう。しかもハーフパンツだ。見知らぬマニアックな男性の視線が紅葉に突き刺さるかもしれない。
正直なところ、僕は②が好きだ。でも、安全性を考えると……
「………冬服だから、カーディガンの方が良いんじゃない? …肌出しすぎたら寒いしさ、いくらストッキング履いてても寒いでしょ」
「私はどっちが可愛いか聞いてるの。寒いなんて二の次だよ」
「…ごめん、どっちも紅葉に似合ってそうで選べない」
「…そ、そうっ、なら、両方買っとく。……ソニアさん、ちょっとこっちに来て」
「う、うん」
ソニアさんは僕の腕を離れ、次は渡り鳥のように紅葉の腕に掴まった。腕をぎゅっと捕まえて、体全体で抱きしめている。
紅葉は急なことで驚いているようだ。僕も、てっきり僕も動かなきゃなって思ってたから、少し驚いた。
「な、なんで引っ付くんですか?」
「秀秋と、同じ感じがして、落ち着く」
「同じ感じ?」
「面倒見が良いところじゃないかな?」
「いや、兄妹だからでしょ」
「んー……ソニアさんに合わせるとなると……サイズの合う服があるかな」
紅葉の目はある一点で止まっていた。男の僕は関係なさそうだ。ぼーっとしていよう……というより、ここから出たいな。女性服フロアに男子一人って気まずいにもほどがある。
「これなんかどうかな? 僕の見立てだとこれで入りそうだけど…一旦試着してみようか」
「は、はい」
「ぼ、僕は外で待ってるね」
「お兄ちゃんはそこにいて。一目離したら迷子になっちゃうでしょ」
「……うん」
僕は子供かっ。
迷子なんて、僕は別になったことなんて……ただ暇だったから、新作プラモデルを見に行ったり、本を買いに行ったり、ゲームセンターに行って指導受けたぐらいで。……僕は迷子じゃないっ! お金を使い果たしたら帰るつもりだったんだ。
それからゲーセンに寄ったり、アクセサリー店なんかに入ったりして、かれこれ二時間は経った。
結局、ソニアさんのアレのサイズに合わせるにはダボダボな服を買うしかなく、それでも似合いそうなのを紅葉と先輩が選んでいた。人見知りということを踏まえて、あまり目立たなそうな服を買った。
ソニアさんのお姉さんの服を選ぶという目的だったのに、いつの間にかソニアさんの服を選んでいる。……ソニアさんのお姉さんも人見知りなんだろうか。
女子の買い物はやっぱり長い。もう足がクタクタ。
そういうことで、今はフードコートで、休憩も兼ねてご飯を一緒に食べることになった。
「私、ドーナツ買ってくる」
「僕も行ってくるよ」
座席を取った後、既にご飯が決まっていた紅葉と先輩は荷物を置いて向かっていった。
ドーナツ……女子ってすごいな。ドーナツでお腹が膨らむんだ。
「ソニアさんはどうする?」
「私、来たことない。何があるのか、分からない」
「んー……ステーキとか、うどん、ビビンバ…ラーメンとか」
うん、女子に勧めるような物じゃないな。他に何が……
「ら、ラーメンがあるのッ!? カップヌードルッ!?」
「いや、カップヌードルって……普通の、味噌ラーメンとか、醬油とかだよ」
ラーメンと聞いて真っ先にカップヌードル……やはり引きこもり。三分で手早く完成できる、ゲームのお供というわけか。
「…カップヌードルは……無いの?」
「無いよ。外で食べるラーメンも美味しいから食べてみたら?」
「……うん、そうする」
「ソニアさんはここで荷物を見張っててくれる?」
「分かった」
————ズルズルズルっ。
「ラーメンっ、美味しいっ」
『…………』
「…そ、ソニアさん、色々服に跳ねてるからもっとゆっくり」
「ッ!? えほっ、んぐっげほっ」
「ソニアさんお水だよ、早く飲んで」
————ゴクゴクゴク。
「ぷはーっ……ラーメン、美味しいね」
「ソニアさん待ってて、今タオルを————ん? あっ!?」
ラーメンの汁塗れをどうにかするべく、鞄に手を突っ込みタオルを引き出す。しかし、どうにも変で、何かに引っかかって取れそうにない。
そうして力強くタオルを取り出した拍子に、赤い紙をぶちまけてしまった。テーブルの上や足元に広がり、不幸な手紙が公衆の面前に。すぐに拾い集めようにも量が多く、紅葉と先輩の近くにも落ちてしまっていた。
「ん? なんだいこれ——」
「お兄ちゃん、これって——」
「「——ラブレター?」」
「え、ラブレター?」
思いもよらない言葉にオウム返ししてしまった。
これが……こんなのがラブレターだって? この血の色に染まった悪戯の紙が?
「お兄ちゃん、どういうこと? なんでお兄ちゃんの鞄からこんなに大量のラブレターが出てくるの?」
「木下君、僕というものがありながら、まだ物足りなかったのかい? 僕じゃ君を満足させられないのかな?」
「これ、本当にラブレターなんですか? 不幸の手紙か何かでしょ?」
「「…………」」
「あまり見せたくなかったんですけど……見られたんなら仕方ないですね。ソニアさん、タオルです」
「あ、ありがと……」
「これは僕の下駄箱と机の中にたっぷり何百枚も入っていました。この時点でラブレターじゃありません。こんなイジメみたいなのがラブレターなわけありません」
こんな恐怖満載の手紙がラブレターであってたまるか。呼び出すんならもっと丁寧に、読みやすく書くべきだろ。しかもそれを、机と下駄箱に詰めるだけ詰めて……こんなのはイジメだ。無くなった教科書だってそうだ。僕は…数日前からイジメられている。
嫌がらせをして楽しいのか、鬱憤を晴らしているのかは知らないけど、こんなのはいつか阻止する。写真でも音声でも、とにかく証拠を取って止めさせるんだ。
僕は高校に入って以来初めて頑張ろうと思った。
「で、でも、君のことを愛してるって…こんな熱烈に」
「それは……滲んでそう見えるだけですよ。他の手紙には先輩の名前とかソニアさんの名前だってあったんですから」
「あ、本当だ。どうして僕の名前が……?」
「……私の名前は無かったんだね」
「うん、紅葉のは無かったよ」
「「…………」」
二人からの質問は終わったようで、僕は紙の回収を始めた。
「ゴミを机の中に突っ込んで嫌がらせする、こんなの常套句ですよ」
有段者「紅葉ちゃん、これが本当に不幸な手紙だと思うかい?」
受験生「いえ、全然思いません。これはラブレターですよ」
有段者「だよね。木下君の鈍感っぷりにも困ったものだ」
受験生&有段者「「(こんなに上手く自分の思いを込めたラブレター、絶対に強敵だ)」」
超人見知り「(ラーメン…また食べに来たいなぁ。でも人がいっぱいで……そのためにも頑張って克服しないと)」
????「木下くん……生徒会長にソニアさんに、また新しい知らない女と一緒にいて……まさか、彼女だなんて言わないですよね? きっと、脅されてるんですよね? …待っててください、すぐに助けてあげますから」




