22,不幸な災い
????「ああっ、これもダメ。これもダメ。……どうしたら私の気持ちを綺麗に伝えられるんですか? やっぱり直接言わないと……でもでも、恥ずかしいし……そうだ、全部入れてしまったら良いんです」
今日はもう少し早めに出ようと思う。
覗き穴を見て……いない。
扉を開けて左右確認。
「ふぅ……行こう」
「おっはよーっ、木下君っ!」
「ぐぁッ!? ……おはよう、ございます、先輩」
腰に強烈なダイレクトアタックがッ!
痛みに腰がガクガクする。体当たりをかまされた後も先輩は引っ付いていて、離れようとしない。
「今日も今日とてやっぱり早いね。今日は何か用事でもあるのかな?」
「…はぁ、ストーカーでもしてるんですか?」
「ッ!? そ、そんなわけないだろう。僕だって日中は忙しいんだから、木下君のことを見たくても見てられないよ」
急いで離れる先輩の言葉が嘘に思えて仕方ない。
冗談だったのに何でこんなに慌てて……え? しかも、日中は、ということは夜は……いやいや、夜って。
夜は流石にそういう暇が無いだろ。ご飯食べたり、風呂入ったり、宿題なりするはずだ。そもそも僕は二階にいるんだから、覗ける場所なんて無いわけで……そもそも、先輩がそんなことをするのか?
先輩の言い方が悪かっただけで、僕が気にしすぎているだけかもしれない。
「本当、ですよね? ストーカーとかしてないんですよね?」
「…………」
ちょっと待って、なんなのその沈黙!
……先輩にはストーカーする気があるからなぁ。抽冬さんに呼び出された時も、二人から逃げようとした時も、知る方法が無いのに生徒会に来たり、わざわざ遠回りするルートで降りてきたり。
……念のためだ、そうならないためにも注意しておこう。
「……先輩、ストーカー規制法って知ってます?」
「し、知ってるよ。相手が嫌がるような、付き纏うとか迷惑電話とかはダメなんだろう?」
「知ってるなら、これからは止めてくださいね。何してたまで知りませんけど」
「………てへっ」
この笑顔の下には、何が隠されているんだ。否定も肯定もしてくれない。先輩は、まさか本当にストーカーを?
——突然だが、パンドラの箱を知っているだろうか?
パンドラという神様が、強大な好奇心から開けてしまった特別な箱のことだ。
箱の中には病や悲劇、不幸などのいくつもの災いがあって、そのパンドラ様によって全ての災いが世界に広まったという。
しかし、その災いの先には一縷の希望が待っている、そういう一つの神話だ。
——というのはどうでも良い。そんなことを考えている余裕は無い。
先輩と別れた僕は自分の下駄箱へと向かった。
下駄箱に着くと、さあ大変。自分のそれの惨状に動けずにいた。
紙が扉からはみ出しているんだ。
好奇心で開けずとも災いが溢れ出しそうってどういうこと?
……はぁ、しょうがない。
こんなもの、もう慣れてる。慣れなきゃやってらんない。
扉を開けると、無理矢理入れられていた大量の赤色の紙が勢いよく飛び出してくる。
手で塊を作ると、腕で抱えられるぐらいの量だった。全部折り紙のようなサイズで、ぐしゃぐしゃに丸められていた。
その中から一枚取り出して開ける。
[木下————どう————かったのず
っと待って——————かしてまたあ
の生徒—————れて———とり——
————来てねああそう昨————理
してたら木——————うな————]
「ひっ」
目に入った一瞬に文章をサッと読もうとした。しかし、紙から滴り落ちる赤色のインクに恐怖して読むことができなかった。
その赤いインクが滲んで血のように思えてつい投げてしまった。手は血だらけのようになっていて、すぐに手を洗いたい、気持ち悪い気分になった。
赤い紙に見えていた原因はこのインクだったんだ。それがこれ全部……
ロッカーの方も、所々赤色で染められていて、上履きにも赤色が付いている。
「木下くん?」
「あ、ぬ、抽冬さんッ。ご、ごめん、ちょっとゴミ出し行ってくるッ!」
「そっちゴミ捨て場じゃないよっ!?」
投げ捨ててしまった紙も拾って、塵一つ残さないように紙の山を抱えて教室に向かった。
こんなものが見つかったら事件になる。
急ぎ自分の机に押し込む。
抽冬さんが下にいる。クラスメイトだってもうすぐ来るんだ。早く隠して——
「ん? 入らな……」
何かが詰まっていて入らない。
そう思って机に一旦置くと、ポトっと机の下に紙屑が落ちた。
抱えていた山からではない。それは机の中から落ちたように見えた。
「…………」
机の中を覗いてみると、丸めた紙屑で一杯だった。
一つを取り出して見る。
[木下君はあの女————いで約束を破
らされた————————てもすぐに
分かることだっ————んねだから私
考え————貴方—————ば護れる
か今———日私の家に来———ないか
な——でゆっく——戦会議を————]
「ひ、ひゃぁッ!? な、なにこれッ!?」
また、折り紙ぐらいの白紙に、赤いインクでぎっしりと文字列が詰め込まれていた。滲んでハッキリとは見えない。でも、ロッカーに詰められていた物よりかは、まだ幾つかの文字は読めた。
もう、こんなの、血塗れの紙だ。
ゆ、夢でも見てる? ノンフィクションホラーなんて聞いてないよ?
とりあえず、机の中の紙も全て出した。
「読み取れるところで、何回も出てきているのは、なんで、木下君、約束、愛している……それから」
あとは三人分の名前。
依木桜花。
抽冬真澄。
ソニアG柊木?
最初の二人は先輩と抽冬さんだ。
でも、最後のはソニアさんと柊木先生? Gは何? ……ゴキ? ………ゴリラ? 吉田先輩? ……どうして三人分の名前がまとめられているかは置いておいて、とりあえず五人分の名前が見つかった。まだ判別できていないだけで、他にも誰かの名前があるかもしれない。
「名前以外の共通した文字を組み合わせると……木下君、愛してる。なんで、約束……破ったの?」
最近の自分の経験も入っているかもしれないが、概ねこんな感じだろう。
「いやいや、愛してるなんて……だから…○○、愛してる。木下君なんで約束破ったの……うーん」
現実逃避しようと並び替えたが、こうしても前の○○に自分の名前が入ってしまう。
「約束……?」
最近誰かと約束したっけ? それも、最近その約束を破ってしまって…
……やっぱり、紅葉ぐらいしか思い浮かばない。それはもう謝ってるし、紅葉が学校まで来てまでやるとは思えない……
————ガラガラ。
うわっ、やば!
こんな手紙の山を見られるのは嫌で、机の中から出した分は机に、下駄箱から持ってきた分はナイロン袋に入れて鞄の中に圧し入れた。
この手紙は狂気だ、嫌がらせなんかじゃない。僕に対する何かだ。
これから数日、周囲に注意して過ごそう。……うっ、ちょっと漏れそう。ちょっと怖いけどトイレに行こう。あっとと、一時間目の用意していこう。
先生が朝の出席を取っている頃、僕は返事こそしたが、話を聞く気が全く起きなかった。
まただ。また、トイレに行った一瞬で、机の上に置いていたはずの教科書が無くなっていた。
……これは…イジメなのか? 朝の紙ごみもそうだ。もうイジメとしか思えない。
——ぬくちゃんファンクラブ。先輩のファンクラブ。吉田先輩。鈴原君。
…報復という目的なら簡単に思いついてしまった。
……あんな、いかにもスポーツマンシップ大事にって人たちがこんな真似するとは思えない。
因みに、昨日の国語の教科書は帰る頃になってようやく見つかった。今回もそうであれば、嫌がらせという目的の同一犯に違いない。
「木下君、どうしたんですか? 数学の教科書でも忘れてしまいましたか?」
「……うん、そうみたいなんだ。授業の時、また見せてもらっても良いかな?」
「はい、良いですよ。……木下君、本の返却はまだですか?」
「あっ……ごめん、明日には絶対持っていくよ」
教室に来た先生に許可を貰って、机を引っ付けた。
はぁー……朝の手紙も、このイジメに近いことも、どうにか解決しないとなぁ。
「木下君、何か他にお困りなんですか?」
「ん? あ、いや、別に何もないよ」
「例えば、なんですが、最近ストーカーされて困ってるとか」
「……ないない。何も困ってないって」
朝の先輩のことがあって即答できなかった。
「……そうですか」
「ソニアさん、迎えに」
「あっ」
「あっ」
コン研のドアを開けると、そこは桃源————ってバカ!
「ご、ごめんッ!」
一つ瞬きをして、一つ息を吸って、ようやく体が動いた。まだドアノブにあった手に力を込めて勢いよく閉める。
……大きかった。ピンク色の下着で、引きこもりだから肌も驚くほど白く、すべすべしてそうで————ああー! 頭から離れない! 何でノックしなかったんだ。いや、それは毎日してないから。ソニアさんこそ、なんで着替えて…下着姿綺麗だった…ってそうじゃないそうじゃない。
「——も、もう、ひゃいっても……うっ」
制服に着替え終えたソニアさんが顔を覗かせていた。
嚙んでて、照れて——
「——ごめんなさいッ! なんか、覗きしてしまって」
「い、言わないで。…大丈夫、だから。……思い出して、恥ずかしい」
「…………」
「…………」
沈黙が続く。何を話せばいいのかわからない。
ここで一つの疑問が出てきた。
「……ソニアさんはなんで着替えてたの?」
「お姉ちゃん、がもう寒いから、冬服、着て行けって」
「…お姉ちゃん?」
お姉ちゃん…昨日言ってた人か。でも、なんで学校で?
「あ……午後から、寒くなるから、冬服持ってって、着替えろって」
「あー、うん……ごめん、ほんと、タイミング悪かった」
「っ……大丈夫、だから、早く行こ?」
「……うん」
今度、ソニアさんにお詫びの品を買ってこよう。
そう考えていると、後ろから聞こえるはずもない声がした。
「——きーのしーたくんっ」
「ッ!? せ、先輩っ、なんでここが……」
背後には先輩と副会長がいた。
ボードとペンを持っていて、何かの調査に来たんだと思う。だとしたら偶然か?
「加入届見たらすぐに分かったよ」
「……プライバシーとはいったい……先輩、何しに来たんですか?」
この人はあの手紙の最重要人物だ。犯人かもしれない。
最大限の注意を向ける。
……この人が犯人だった方が嬉しい。先輩だったら嫌がらせとかじゃなくて、他の可能性が出てきてくれる。そっちの方がまだマシで、言ったら止めてくれるかもしれない。
「生徒会としての用事はちょっとした調査なんだ。会長は違う用事で」
「うん、僕は——」
「——だ、誰っ!」
ソニアさんが背中に隠れてしまった。
誰って…あぁ、先輩か。生徒会長を知らないって……ソニアさんのこと言えないや。
「……参ったな。会長って思ってたより影が薄いらしい。…僕はこの学校の生徒会長、依木桜花だ。これからは後輩としてよろしくね」
「僕は菖蒲保宏。副会長をしているよ」
「…う…うん……私は、ソニア」
「君がソニア…なるほど、そういうことか」
「…で、何しに来たんですか?」
「これを見たまえ」
……部活加入願……
「依木桜花…………うん?」
部活欄はコンピューター研究部……?
「………は? いやいや、生徒会はどうするんですか?」
「掛け持ちするんだ」
「…………」
「もちろんアリだとも。生徒会と部活の掛け持ちは別にいいんだ。先生に許可は取ってあるよ。明日からよろしくね、先輩」
「…………」
自宅に引き続き、僕の安息の地がついに失くなってしまった。いよいよ以て学校に来るのが嫌になって来た。将来のために休む気はないが、このままでは気がだんだん削がれていくことだろう。
意味不明なイジメまで起こってる。この先どう乗り切ればいいんだ。
「木下君、この後ゲームしないかい? もちろん前の続きで命令付きの」
「は? いいえ、しませんよ。これから帰るんで。ソニアさん、用意は大丈夫?」
「う、うん」
もし用事がなかったとしてもそんな勝負はまだ受けない。まだだ。練習して強くなって、互角まで持ち越せるようになった時に挑ませてもらう。
今は何か言われる前に早く離れよう。
「あれ? もう帰るのかい? 早速ゲームしようかと思ったのに」
「仕事はもう少ないんで、一緒に帰ったらどうです?」
「え」
菖蒲先輩、何も言わないで。このまま先輩と離れて帰りたいんです。
そんな気持ちは届かず。
「大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。後は隣のルアーフィッシングだけなので。ここには会長が説明してくれますよね」
「僕ら、これから買い物に行くんですけど……」
「尚更行ってきたら良いじゃないですか。木下君も良いよね?」
「え……はい」
太陽すら霞む笑顔で言われて、断れるわけもなかった。
「うわ」
「秀秋、どうしたの?」
「なんでもない」
本当は探さないといけなかったんだけど、紅葉との約束を優先していたからもうほとんど忘れていた。
数学の教科書だ。自分の足の匂いで少し臭くなってしまってる。少し土を払って鞄に突っ込んだ。
「あ……な、なんでもない」
結局、あの手紙の束を入れたままだった。
何処に捨てれば良いか分からない。普通に教室のごみ箱に捨てたら、ごみ捨ての時に見つかる。家で処分しよう。二重袋にすれば外からは見えず捨てられる。
盗撮犯「んー。木下君の名前見つからないなー」
優男「あ、会長知ってます? 木下君がコン研に入ったんですよ」
盗撮犯「ッ! ああ、ありがとう。……見つけた。……それで、柊木先生。許可は貰えますか?」
被害者「だ、ダメよっ! あ、貴女がいなくなったら生徒会はどうするのッ?(私、新任なのよ? 手慣れてそうなあなたがいなくなったらどうすれば……)」
盗撮犯「別に僕がいなくても生徒会は十分回ると思いますが…僕は部活に一辺倒にする気はないですから、大丈夫です」
被害者「で、でも…(まだ木下君だけで緊張しているソニアの前にこの子までなんて……絶対にキャパを超えるに決まっているわ。それに、あの子たちをくっつけるまでは二人だけにしておきたいし)……」
盗撮犯「先生、この写真よく撮れたのであげますね」
被害者「え、写真? ッ!? な、なんで依木さんがこれを!?」
盗撮犯「家にはあと何種類かあるんです。女子高生とか、魔法少女とか……許可をくれるならデータごと差し上げますよ」
被害者「……もういいわっ、分かったわよ! 許可すれば良いんでしょ、許可すればっ…許可すれば……良いこと? 絶対にソニアが良いよって言うまで近づかないで。それだけは約束して」
盗撮犯「ソニア? …はい、分かりました」




