21,仲直り
「——なんで目覚ましが切れてるんだよッ!」
昨日は約束を破ってしまって、紅葉が起こしてくれないのは当然として、目覚ましまで。
紅葉とどうやって仲直りすれば良いか考えていたら深夜の三時になっていた。それから気を失うように寝て、起きた時には既に紅葉は家を出ていた。
久しぶりに走っている。足も痛いし、疲れるしで、走りたくなんてないのに、歩きじゃ絶対に間に合わないから仕方がない。
——紅葉にどうやって許してもらおう。
正直あそこまで怒られるとは思っていなかった。あれは素直に謝るだけじゃ聞いてくれない。何かもっと特別なことをしてでも。
————ドンっ!
紅葉のことを考えていたせいで、曲がり角の人影に気付かずにぶつかってしまった。
あちらも走っていたらしく、力強く押し倒された。
「いったた…あ、ごめんなさ…あ……」
「ああ、こちらこそごめん」
「…………」
先輩?
偶然にも先輩も寝坊らしい。生徒会長でも寝坊はするもんなんだ。
「……あの、退いてくれません?」
「ああっ、そうだった。僕は急いでるからこれで」
先輩は学校に向かって走っていった。
僕もぼーっとしてないで行かないと。
「むにゃ……んんぅ……ふぅ」
「…木下君が寝てる。珍しいなぁ」
「木下君っ、起きてくださいっ」
「んっ? んん? あ、授業?」
あれ? 教科書が、無い。今日の用意は…できてなかったっけ?
「教科書の二段落目の一行目読んでって」
「えっと、教科書が」
「はい、教科書」
「あ、ありがと」
う、うぉ、眠い。頭が全然回らない。
文章を五文くらい、しどろもどろに読んで席に着いた。
「はぁー…ありがと。教科書忘れたみたいでさ」
「このまま見せてあげましょうか?」
「うん、助かるよ」
先生に許可を取って机を寄せる。
隣の人、名前はなんだろうなぁ。早めに何かで知っておかないと気まずくなる。そもそも知り合いらしいし、そこから思い出さないと。
んー、顔はほとんど見えないから判別は無理として……目隠れ黒髪長髪…背は僕と変わらなくて…知り合いの中では珍しく左利き。それから、僕の借りた本の貸し出し期限を知っていて………あっ、図書館でよく見る人だ。きっと図書委員だ。
名前は……思い出せない。……まず自己紹介したっけ? 僕は本を借りる時にしかこの人に会ってないような……んー?
「ごめん、ソニアさん。今日は休むよ」
昼休みのうちに顔を出しておいて、今日は休むことをソニアさんに伝えに来た。
声をかけた途端にキーボード音が無くなった。
「え? …何か、用事?」
「用事ってわけではないんだけど……妹を怒らせちゃって、早めに帰ってなんとか仲直りしたいんだ」
「妹と喧嘩……お菓子でも、買っていったら?」
「…喧嘩じゃない、一方的に僕が悪いんだよ。お菓子は、買っておこうかな。それじゃあまた明日」
「うん、また明日」
お菓子は良さそうだ。マシュマロの詰め合わせでも買って帰ろう。
ソニアさんに応援されたものの————
「「…………」」
さっきから両方無言でご飯を食べていた。目はずっと料理に向いていて、相手を見ようとしない。
この空気をどうにかしないと。
「……紅葉」
「…………」
「ごめん、約束破って。これからは絶対に破らないようにするから、この通り、お兄ちゃんと仲直り、いや許して欲しい!」
「…………」
「こちら、つまらないものなんだけど、マシュマロ買ってきたんだ」
「っ!」
あ、ちょっと反応した。……やってみて思ったけど、物で許してもらうってどうなんだろう。
「ど、土下座しようか! ご飯中だから、終わったら!」
「もう良いよ、それはもう怒ってないから……まだ一回だもん……」
「…良かった」
許してくれるみたいだ。これで無理なんて言われたら、父さんと同じように心が死んでいたかもしれない。
「でも、私まだ怒ってるからね」
「え、今許してくれるって」
「それはそれ。今私が怒ってるのは違うこと」
「違うこと? ……何?」
何も思いつかない。
……あれか? 紅葉のプリンを食べたとか? 掃除が全然できてなかったとか?
「お兄ちゃんっ!!」
「う、うん? どうしたの?」
「どうしたもこうしたもないよっ! なんで…なんで三日も行ったの!? 二日で十分なんじゃないの!!」
「三日? ……三日って?」
「部活だよ。休みと一昨日と昨日……休みの日なんか行かなくてよかったんじゃないの?」
「や、休みはただ遊びに行っただけで部活ってわけじゃ……でも、楽しいって思ったから週に二回っていうのは超えるかも。週…四か…いや週五とか」
「それって全部じゃんっ! …お兄ちゃんに楽しいことができたっていうのは良いことだけどさ……もう少し家に居てくれたって……」
「えっ?」
もしかして、寂しくて怒ってた? なにそれ、本当だったらめっちゃ可愛い。
……って、あー、そうだよな。紅葉は帰って来たら一人になる時間がある、か。今は親がいないんだから、せめて僕だけでも紅葉の側にいてやらないとダメだった。妹の寂しさを分かってやれないなんて兄失格だ。
「……明日、モールに行くから付き合ってよ」
「買い物か?」
「もしかして、私に付き合うよりも部活に行きたいって? そんなに部活が楽しいの?」
「いやいや、そうじゃなくて。紅葉が僕を買い物に誘うなんて初めてだなぁ、って驚いたんだよ」
二人っきりで出かけたことでさえ今までに無い。いつも父さんに強制的に連れられ、遊園地や水族館に行っていた。だから○○に行きたい、なんて言うこともなかった。
こうやって二人で何処かに行こう、なんて言うのは初めてだ。
「そう? …明日はモールの北入り口で四時半に待ち合わせ。遅れないでよ」
「分かった」
「あと、今日の勉強は無し。私、ちょっと用事があるから」
『ごめん、明日は妹が買い物に付き合ってって』
『明日は部活休むよ』
『私も行っていい? 姉から頼まれたの』
しばらくして返信が来た。ソニアさんも一緒に…うん。一緒の方が良いな。紅葉は寂しがり屋らしいから、人数が多くて騒がしい方が良いだろう。
『いいけど、何頼まれたんだ?』
『服だよ』
『服?』
自分のならまだしも姉の服を?
その人は自分で服も買いに行かない……ブーメランになるな、やめておこう。
『私と似てるから』
『分かった。明日部室から行こう』
????「木下君はまだかなぁ。もう閉館時間過ぎちゃったよ?」
分からず屋「あれ? なんで下駄箱に教科書が? ……まさか、また……」




