2,日常への脅威
————キーンコーンカーンコーン。
やっと午前の授業が終わった。
弁当食べて……今日は寝ようかな。体育に物理基礎の実験で移動ばかり。流石に疲れた。
弁当を取り出して開けると、色合い重視の美味しそうな物が詰まっていた。
流石、妹様々だ。彩りに関しては全然勝てない。
僕が作ると、つい茶と白で埋めてしまう。
揚げ物とかを載せてご飯を入れる、と言った具合だ。冷凍食品のほうれん草とかは入れたことあるけど、トマトとかキュウリなんて入れたことがない。
「木下君は居るかな?」
「よ、依木先輩!? …えーっと、木下君ですか? ………このクラスですか?」
「あ、先輩。木下くんですか? あそこ、教室の隅で寝てますよ」
「ああ。ありがとう、抽冬さん」
「えっちょっと先輩? 木下くんは寝てるんですよ?」
「…………」
「木下君!」
「ッ!?」
えっ? な、何? 何か僕、怒られた? なんで名前呼ばれたの? この声……授業担当の先生じゃなさそうだけど……
「せ、先輩、そんな大声出さなくても。せっかく気持ち良さそうに寝てるんですよ? 何の用かは知りませんけど、また明日にすれば良いじゃないですか」
片方は抽冬さんで、もう片方が先輩?
「木下君! 君は僕のお願いを聞いてくれないのかい? 僕は再三に渡って手紙を渡した訳だが……一つも聞いてくれないと言うのだね?」
手紙? …………………あ、手紙。あれか、今日の下駄箱に入ってた奴。でも、一枚しか貰ってない……
同性の誰かと間違えてないかな?
……そんな可能性は少ないか。十中八九、僕に手紙を書いた人だ。まさか声も知らない先輩だったなんて。
しかも、声からして女子……僕っ娘が人目のつかないところで何の用だ? ヤンキー女子というのも居るらしいし、それか?
教室が静まり返っていて、視線が全部この大声の主に向けられているのは顔を上げなくても分かる。そうなるのも当然だ。
昼ごはん片手に談笑してた中で、突然大声張り上げる先輩だもんな。
正直、ここで起きて止めたい……でも、このまま狸寝入りすれば、面倒臭くならないかもしれない。起きた方が何かと喋らないといけなくなるわけで……
そのまま、諦めてそっと、帰ってくれれば。
「……そうか……君がそういう態度なら僕にも考えがあるよ。僕はね? 君にラブレターを送ったんだ。それを、直接僕と対峙せずに引き伸ばしにでもする気かい? それはとてもとても卑怯なことだと思うんだ」
「ら、ラブレターッ!?」
「ラブレター、だとッ?」
「あの先輩が……あいつは一体誰だ?」
あれがラブレター? この人は一体何を言って——
「——僕の告白を振るでも受けるでも無く、キープしておくことで都合の良い女にするつもりだろう? それとも、焦らしているのかな? それなら君はSっ気がありそうだし、僕は君にとても好感を持てる」
「キープって……最低っ!」
「先輩っ、木下くんがそんなことするわけないですよ! 何言ってるんですか!」
「焦らしプレイって今時……」
無反応、無反応を心がけよう。今起きたってどう解決すれば良いか分からない。
大体、教室で何てことを言ってるんだ。冤罪にも程がある。あれはラブレターなんかじゃ——
「ふぅー」
「ひッ!?」
耳、耳に息を吹きかけられたぁッ!?
「じゃあ、今日の放課後に体育館裏で待ってるよ? これを本当のことにしたくないだろう?」
「ッ!?」
僕が起きていることを前提で脅しが囁かれる。
どうも先輩は気付いているらしい。それでも周りには寝てると思われてるから、喋られる度に体が震えていないか心配だ。
「……あー、木下君、寝てたんだ。昨日夜更かしでもしたんだね。だから今日来れなかったんだ」
「……そうですよー、先輩。寝てるって言ったじゃないですか。もう変なことはやめてくださいね?」
「しょうがない。僕の思い過ごしだったみたいだ。明日にでも出直すとするよ」
先輩と呼ばれる人が出て行ってから教室に騒がしさが戻った。先輩の最後の言葉がなければ、未だに沈黙状態だっただろう。それか、無理矢理にでもクラスメイトに起こされていたかもしれない。
これを本当にする……つまりはさっき言ってたことを言いふらすのだろうか。言いふらされたら……僕はラブレター送られながらも無視した奴、というレッテルを貼られ……高校でもこれから後ろ指を差されて過ごす羽目に……
この手紙はラブレターじゃないけど、行かなければそうされる。なんでそんなことを……告白って言ってたけど、こんなの脅迫じゃないか。
しかし、こんなわけじゃ……行かざるを得ない。
残る学校生活二年半を普通に過ごすためには。
はぁー……寝よう。
「……明日……」
先輩?「あれ? え? 三十分も経ったのに来ない? ……しょうがない、迎えに行ってあげよう」
????「だ、誰ですかあの女!」