18,時代遅れの手紙
あーたらしいっ、あっさが来た! きーぼーうのあーさー! 今日は待ちに待った月曜日!
朝は人影がないので、ルンルン気分のスキップ気味に歩いてしまった。
何でこんなにテンションが高いかって? そう、それは月曜日だから。部活に行って、先輩からも抽冬さんからも解放される安全地帯に逃げられる!
それに、記念すべきゲーム開始日!
……が理由の一部ではあるんだけど、一番大きいのは、こうでなきゃこの一日を乗り切れないから。
徹夜のせいで、今にも目が閉じてしまいそうになる。
昨日と同じく日本晴れで、太陽から痛い光が目に届く。熱で体が溶けてしまうかもしれない。
足取りは重々しくも軽く、そのまま校舎に入って靴箱を開ける。
「………は?」
その瞬間、今までの浮ついた気分はどんよりと沈み、靴箱を前にして立ち尽くした。子供がプレゼントを楽しみにしていて、いざ開封すると参考書だった時のような気持ちだ。
どうしてだ。あの負の連鎖はッ! 先週で切れたんじゃなかったのかッ!
無地の手紙を手に取って裏返す。
果たし状。そしてその右下に2ーA吉田、と書かれていた。
「おおっ、差出人の名前が書いてる!?」
しかも、呼び出す理由も簡単で、果たし状って書いてあるッ!
……そんなことはどうでも良くて、問題はでかでかと書かれたその言葉、果たし状。読んで字の如く、果たし状とは………中は読まなくても予想はつくが、誰もいないしここで開けてみよう。
「えーっとなになに? ……本日、昼休みに柔道場で待つ…準備されたし……」
準備って……そもそも行きたくない。あっ、逃げる準備すれば良い?
逃げに徹するとなると…昼は……部室に行くか。
「——えー、最近は大変天気が良く、体育祭、文化祭が待ち遠しく思います。さて、皆さん。最近どうお過ごしでしょうか。最近はですね、私の孫が——」
はぁー、長い。そして……暑い。
最近の学校は涼しかったというのに、朝礼の今日に限って太陽が照りつけてくる。遮る雲がない快晴で、光を吸収した髪やズボンが熱い。秋はこういうことがあるから困る。
熱中症で倒れてやろうか。………本当に寝不足で倒れそう。
孫の話なんてどうでもいいよ。孫が料理作ってくれたとか本当にどうでもいいから。校長先生なんか知るかっ! 冬っ、早く冬来い! 冬なら日差しが強くても涼しい! ……校長先生の頭は完全に冬なのになぁ……
そうやって遅い季節に言っても変わりないのが今だ。こんなこと、夏にも言ってた気がする。
早々に諦めて、時計を見て、またうんざりする。
はぁ…あと五分も立ちっぱなしで……あっ、先輩だ。
ついでに朝礼台の方を見ると、その横に四人ほど生徒が並んでいた。生徒会の四役の人たちだ。
先輩は本当に生徒会に入っていた。当然、抽冬さんもいる。
「…………」
先輩と目が合って小さく手が振られる。
千を超える生徒の中から見つけられたことに、とても怖く感じた。
「あっ、せ、生徒会長が、俺に手を振って…」
「バカ、俺だよ俺。前に仕事手伝ったもんね」
「お前ら、ありゃ偶然に決まってるだろ。むしろ偶然じゃないと、アイツみたいに危険な目に遭うかもしれないぞ」
「……あ、そうだな、偶然だったな」
「…偶然でも、俺は……」
なんだ、そうだったのか。偶然……偶然であればどれだけ良かったことか。今だってこっちを見て微笑んでるんだぞ。
「——これより表彰式を行います。呼ばれた生徒は前に出てきてください」
知らない間に校長先生の話は終わっていて、教務課長の先生が暗に朝礼の延長を告げた。
表彰式があるってことは延長確定だ。帰る時間が遅くなるやつだ。校長先生がもう少し早く会話を切り上げてくれれば良かったのに。
「——藤君。それから、柔道部の二年A組吉田君。以上の生徒は前に」
「……うん?」
二年A組の吉田君……吉田先輩……ああ、あれか、果たし状の人か。
表彰されるほどの人……そんな人が僕に果たし状を……辛い。逃げるために容姿を確認しておこう。
「……うっわぁ」
半袖シャツの袖口が筋肉の形に盛り上がっていた。後ろから見える背中も、背筋を形取っていて……初印象はゴリr……マッチョだった。
学校でこんな生徒何人もいてたまるか、ってほどだから、筋肉モリモリのマッチョを見かけたら即座に逃げよう。
……果たし状が送られてきた理由は、やっぱりファンクラブ関係だろうか。どっちのファンクラブだろう?
今日は抽冬さんも先輩も生徒会で用事があるらしく、昼休みに追いかけられる事はない。向こうから謝って断ってきた。なんならずっと仕事していてほしい。
しかし、先輩たちが来ないからといって、教室にずっといるのは危険だ。足早に部室に向かうことにした。
「失礼しまーす」
「ッ!? んぐッ!? んッんんッ!?」
ヤバい! 驚いて喉に詰まったみたいだ!
手元のお茶を開けて手渡す。
「お、お茶どうぞ!」
「………ぷはぁ…はぁーっ、はぁーっ………あ、ありがと…って、これっ、秀秋の」
「え、うん。そうだけど?」
「ッ!? …うっ…も、もっと飲んで、いい?」
「うん、大丈夫だよ」
……急に赤くなったりしてどうしたんだ? 今日は夏日だし暑すぎたか? そのお茶は買ったばかりだから、間接キスとかを注意する必要はない。もう一本買ってあるから、むしろ飲み干してくれた方が良い
生憎とこの部室棟のプレハブはエアコンが無い。公立だから仕方なく、夏は二台の扇風機で乗り切るのだという。因みに冬はストーブも無く、各自で防寒するのだと。ストーブぐらいはあって欲しかった。
「…ちゃ、チャットで、聞いたけど…どうして、今日も?」
「その、ここに入りたいなって思って——」
抱きしめられた。
ふんわりとした髪が鼻をくすぐって、胸に柔らかいものが押しつけられる。
でも、その感覚にかまっている余裕は無くて。
「——ッ!?」
「嬉しい!」
「ちょ、当た、当たってるから!」
「あ、ごめん、ね……」
突然の抱擁に驚いて、咄嗟に肩を掴んで押し離す。
なんて事してくれるんだ。心臓が危なくなっただろ!
離れたソニアさんはお預けされた子犬のように少し残念そうだった。それもすぐに満面の笑みに変わる。
「えっと、どこに……あった。これ、部活の、加入届。おね————柊木先生と…生徒会に、出してきて」
えーっと、クラスに名前に住所に連絡先に…印鑑か。
常備してないから明日出そう。
「じゃあ、明日出してから部活に来るよ。今日は何する?」
「えっと……あの、昨日やってた、ゲーム。したいんでしょ」
「うん、ソニアさんがいいならやりたい。まだキャラ作成の段階だし、急がないと」
「それじゃあ、終わったら言って」
「うぁぁーッ、やっと終わったぁ」
————キーンコーン————
「…………」
「ん、どうしたの?」
「…授業だから早く戻らないと」
「あ……授業…」
ソニアさんはこのままゲームをし続けるんだろう。
僕には一緒に行こうなんて誘う勇気はない。
「……放課後、また来るからさ。寂しいと思うけど待っててよ」
「…うん」
っと、放課後がやってまいりました。
ゲームを早く遊びたい、という気持ちで時間が早く過ぎていったような気がする。
もう部室に来ていて、飲み物や暑さ対策も済ませ、準備万端だ。
「それじゃあどこで集合する?」
『ダンジョンの入り口で。ダンジョン内の敵を狩ったらすぐにレベルが上がる』
ソニアさんは会話をチャットに切り替えた。隣同士のはずなのに、大きな距離を感じる。
「いや、いきなりダンジョンはきついんじゃないかな。草原とかで地道に」
『その方が効率良い』
このゲームの醍醐味は、中心に建つ地下100階、地上100階のダンジョンだ。しかしそれはレベル50ぐらいから4人パーティを組んで攻略していくもので、初心者なら普通、地表にある草原や森で地道にレベルを上げる。
装備なども地表の街で長いクエストを受けたりして得ていくため、開始直後の初心者がダンジョンを攻略するのは絶対に不可能だ。
ソニアさんがついてきてと言うんだ。何か策があるかもしれない。
『はいこれ。装備あげる』
「…………」
『それ着て後ろに立っといて。近くのモンスター狩ってくるから』
「……ごめんなさい、ソニアさん。養殖は嫌いです」
『じゃあどうするの?』
「地道にはダメですか」
『分かった』
草原に向かうと、三匹のスライムが襲ってきた。
序盤はスキルなんてほとんど無いから脳死で通常攻撃だ。ただの鉄剣で攻撃を——
————ズドドドーン!
しかしそこに、多数の雷が落ちた。スライムはオーバーキルされ、跡にドロップした素材と経験値の玉だけが残る。経験値はすぐに吸収され、虚しくもレベルアップの効果音が鳴った。
「…………」
『次行こう』
「待って待って、思ってたのと違う」
『?』
「瞬殺なんておかし…そっか、レベル差が100もあるからか…」
正確には147レベル差。それに加えて、ソニアさんの装備は終盤で手に入るようなハイエンドの物ばかり。スキルの熟練度だって最大のはずだ。
「ごめん、最初は一人でしても良い?」
『大丈夫?回復薬とか100個ぐらいあげようか?』
「だからそれは大丈夫だって。最初なんだからそこまで強い敵は出ないでしょ」
「…………」
結局、部活の終わりまで一人でプレイした。
ソニアさんはずっと後ろからついてきていて、画面の端にチラチラと映りこんできた。一緒にゲームしたかったんだろうと思うが、せめて最初ぐらいは戦闘を楽しみたい。
でも、無双ゲーじゃないのに無双気分を味わえるのは、それはそれで貴重な体験だと思う。明日はソニアさんに付き合ってもらおう。
そうして家に帰った僕は、晩ご飯を食べて紅葉の勉強をみていた。
現在、英語の英作文の丸付けをしている。寝てしまいそうになるが、これは終わらせないと紅葉が復習できない。そう思って舟を漕ぎながら英文を眺めていた。
「ふわぁぁ……」
「お兄ちゃん、眠かったら今日はもう大丈夫だよ?」
「んー? 大丈夫、ちょっと、トイレ行ってくるよ」
「前は気が乗らないとか言ってたし……夜食でも作るか。僕も、口に何か入れてないと寝てしまいそう……紅葉の好きなのは…おにぎり?」
「夜食におにぎり作ってきたよ」
「お、おにぎり!? また作ってくれたのっ!」
「う、うん……そんなに嬉しいなら毎日作ろうか?」
「お願い! お兄ちゃんが作ってくれたおにぎりは元気が出るの!」
「そんな効果が僕のおにぎりに……分かった、明日も作って持ってくるよ」
思っていた通り好評だった。
元気が出る……何か薬入れてるわけでもないし、おにぎりに何か良い思い出でもある……単におにぎりが好きなだけか。
フェチの多数所有者「(すぐ隣にお兄ちゃんが居て、お兄ちゃんが握ってくれた手汗と皮脂の乗ったおにぎりを食べて、お兄ちゃんの汗の匂いに包まれて、お兄ちゃんの吐いた息が部屋中に…あっ、涎が……はぁっ、はぁーっ…これが受験まで毎日続くなんて……幸せすぎて心が保たないよぉ)」
シスコン「勉強進んでる?」
フェチの多数所有者「す、進んでるよっ! 一昨年の分は終わったから、今日はもうこれくらいで大丈夫かなっ! …お兄ちゃん、ありがと。また明日もよろしくね」
シスコン「うん。それじゃあ、おやすみ。ちゃんと赤ペン先生しといたから、あとで復習した方がいいよ」
フェチの多数所有者「分かった、おやすみ……うぅー、お兄ちゃんが好きすぎて困っちゃう。この気持ちってどうしたら良いのかな……やっぱり兄妹だから、秘密にしておいた方が…はぁ……すぅー、はぁー…すぅー、はぁ————」
フェチの多数所有者「————でもやっぱりお兄ちゃんのことは大好き。妹だからって諦められないよ。たとえ結婚できなくても、ずっとお兄ちゃんと一緒に居るんだから…ずっと護ってあげるんだから……でも……結婚したいよぉ……」




