16,ソニアさんの裏事情
保護者「(木下君…貴方、ただの部活仲間ってだけで、こうやって休日に遊ぶなんて違うわよね。本当にそれだけなら断るはずだもの。……なら、貴方には何か違う理由が……少し気になるけど、できるだけ穏和で、噂とか気にしなさそうな子を選んだのは正解だったみたいね。今だってちゃんと普通に話してて——)」
小動物「——楽しそうなのが、あれば良いね。秀秋っ」
時雨推し「ッ!? …あ、ああ…あると良いな」
保護者「(えぇッ!? ちょっと待ってどういうことッ!? ソニアが家族以外を下の名前で…えぇッ!?)」
「——ッ! あれやってくる!」
「走ると転けるわよー」
「あれは…格ゲーか」
ソニアさんが、普段出さない大声を出して走ってった。
好きなゲームでも見つけたのかな?
ブースの上の大画面にはプレイ中の画面が映されている。
よく見ると、先輩とやったゲームのシリーズ最新作だった。五年近く見てなかっただけで、こんなに綺麗になるものなんだ。
『K.O!!』
「…うわぁ」
「…もしかして引いたの?」
「違いますよ。ただ、実力の差に打ち拉がれてただけです」
「あら、そう。なら良かったわ」
強さは先輩と互角ぐらい。得意だと自信を持ってたのに、それがどんどん崩壊して行く。
……いや、まぁ、うん。操作方法違うし……はぁ。
「VRの音ゲーか——」
モーションセンサー搭載のコントローラーを振って、リズムに合わせて飛んでくる敵を切る、と。
「——はぁーっ、はぁーっ、むりぃっ、しんどいぃっ」
「はぁーっ…僕もっ、これは無理。絶対っ、明日から筋肉痛だ」
途中から腕が上がらなくなって、ミス連発によりリタイア。
ソニアさんも同じだ。
「あなた達、それでも高校生?」
「…そういう月美さんはしないんですか?」
「えっ、私は保護……やるわ」
ふっ、筋肉痛で月美さんも道連れに——
『フルボッコだドン!!』
「…えぇー」
「…凄い」
「何かスポーツやってるんですか?」
「……普通の高校生はこれぐらいできるわよ。あなたたちができなさすぎるの」
家に引きこもってばかりで運動なんてしてないから反論できない。
その後、幾つか遊んで、今は某ハンバーガーチェーン店にいる。
昼のイベントに備えて、腹ごしらえを兼ねた休憩だ。
ソニアさんは目の前で机の上に突っ伏していた。普段と違ってはしゃぎ回って疲れているようだ。
「はぁー、疲れましたね」
「本来の目的はこれからよ?」
「…ソニアさんは大丈夫? 人混みとか、そういうのは平気?」
「……頑張る」
大丈夫じゃないんだ。
「気分悪くなったら言いなさいよ」
「僕も、病院ぐらいなら背負って…行けると思うから……自信無いけど」
「そんなに心配、しないで……いつか、自分で乗り越えなきゃいけないんだから……」
「………月美さん、ちょっと二人でお話良いですか?」
「ええ」
僕はトイレと言って席を離れ、その後に月美さんが来てくれた。
ソニアさんに隠し事しているように感じるが、こればっかりは本人に聞けない。事情通っぽい月美さんに聞くのがベストだ。
「ソニアさんのことなんですけど、月美さんはどこまで知ってるんですか」
「どこまで…全部ね。……気になったの?」
「はい。ソニアさんってもしかして…引きこもりなんじゃないですか」
初めて会った時から、そうだろうと予想していた。
……昔の自分と同類の気がしていた。
極度の人見知りや小さい声、それにずっとゲームしていたと示す充血した目と目元の黒い隈。昔の自分を見ているようだった。
ソニアさんの場合、どうして引きこもりになったんだろう。そう考えると、ソニアさんには聞けなかった。理由の大概は……イジメが適当だ。
「あ、そっち? ……そうね、君の言う通り引きこもりよ。一応学校には通えているけど、授業には出てないわ」
「………その理由は聞いてもいいですか?」
「ええ、もちろん。ソニアは環境に上手く適応できないの。人ごみに混ざったらすぐに気分が悪くなってしまうし、初対面の人とはうまく話せない。幼少期から家に引きこもってゲームばかりしていたからああなるのよ」
「…え、イジメとかそういうのが原因じゃ……」
「ないない、幼稚園も小学校も、中学校だってつまらないって言って、ずーっと登校拒否してたのよ? 親も親で甘すぎるからゲームを買い与えてばっかりで、あの子は数えるほどしか学校に行ったことがないの。イジメが起きるキッカケすらないわ」
……そこまで重くない事情だった。
幼稚園からゲームで引きこもり………生まれてすぐにゲームの楽しさに気づいてしまったんだろうか。小さい子供がFPSとか格ゲーをしていた……全然想像できない。
ところで、ほとんど学校に行っていないなら、どうしてこの高校に来れたんだろう。紅葉が苦労しているように、それなりに受験は厳しいはずだ。ゲームばっかりだったソニアさんはどうやって……
「少し言い方悪いんですけど、ソニアさん、よく高校に受かりましたね」
「…ええ。頑張ったの。中学はテストだけでもって無理矢理行かせて。受験勉強はなんとかゲームで釣って…はぁ、今だって……とりあえず、君には期待しているから頑張ってちょうだい」
「…………」
また期待だ。でも、話を聞いた今なら、僕に何が期待されているのか分かる。
きっと、ソニアさんの引きこもりを治すことだろう。
……僕も同類だったとはいえ、そんなことは期待されても無理なものは無理だ。引きこもりってのは油汚れみたいに案外しつこいんだからな。
「思ったより少ないんですね」
コミックマーケット————コミケのテレビでよく見る混雑具合と比べるとそこまでだった。それでも、整理係の人が苦労するぐらいは混んでいる。
早めに来ておいて正解だった。こんな季節外れの炎天下の中、何十分と待ちたくない。
「他の都市でも、やってるから」
「コミケみたいにわざわざここまで来る必要は無いってことね」
……そういえば、この人ってどういう人なんだろう?
今の口ぶりから、コミケに行ったことあるっぽいし、それなりに年上だということは分かる。喋り方から見ても大人の女性だ。
「…LINKのID、交換しよ」
突然だ。
昨日入れられてからそのまま消してないから、ちょうど良かった。
「…どうやるんだ?」
「……どうやるの?」
「………あなた達、それでも高校生なの?」
月美さんに呆れられた。
高校生だからって全員が全員使い方を知ってると思ったら大間違いですよ。こちとら昨日初めたばっかで、強制でしかしたことないですから、
「貸しなさい」
「お願い」
「どうぞ…あ、良ければ月美さんのもお願いします」
……へー、スマホ振って交換できるんだ。赤外線で交換するみたいなもんかな?
「……お、教え子と連絡先交換ってモラル的には大丈夫なのかしら……」
「どうしました?」
「い、いえ、なんでもないわ。ほら、できたわよ」
返してもらったスマホに表示される友達欄に、月美、ソニア、と表示される。
……消すわけにいかなくなったな。
「開催時間でーすっ! ゆっくりとっ! 順にっ! 入って行ってくださーいっ! 入場特典は入り口付近のスタッフが配布しています! 受け取って奥へと進んでくださーいっ!」
「そういえば、イベントって何やるんだ? 開発者のトークとか?」
「ううん、クイズ。トークは、こんな所でしない」
「…クイズ?」
「最後まで残ったら豪華賞品っ!」
「…う、うん」
やる気だ。口数は少ないけど、意気込んでいるのは分かる。
僕も頑張ろう。
クイズ……ゲームに関するものだろうけど、豪華賞品までいけるか不安だ。
スマホ「ピコンっ」(フリフリ)
保護者「(そう、私は顧問なの。部員といつでも連絡できるようにそういう手段を持っておく必要があるわ。名簿を見ればいつでも登録できるのだし、今するのと変わらないじゃない。……決して、決して、ほとんど空だった連絡先が埋まったことに喜んでるわけじゃないの)」
時雨推し「月美さん、物知りですね」
小動物「うん…月美、さんは、物知り。何でも、教えてくれる」
保護者「(……この程度で物知りって……この子たち、昭和生まれって言うんじゃないでしょうね。ソニアは……引きこもっているから仕方ないとして、木下君まで……)」




