14,才能と知識は怖いもの
「それで、何します?」
昼ご飯を早く食べて、今は僕の部屋にいる。
ソシャゲの周回がしたいです。ログボ受け取りとか、スタミナ消費とかやりたいです。
そんな願望に塗れた心の内は放っといて、棚を漁る先輩に目を向ける。
一応は客人だ、今は先輩の相手をしよう。
「それじゃあ……この格闘ゲームで勝負しようよ」
先輩が僕のゲーム棚から取り出したのは五、六年前の格ゲーだった。一世代前のゲーム機で……まぁ、探せばあるだろう。
……たまには良いか。懐かしい。
「はいはい、分かりました。準備するんで待っててください」
「…勝者は敗者に何でも命令できるってつけようか」
「ッ!?」
「二ラウンド先取で、一回一回命令できるようにしよう」
「…………」
これで、先輩を家から追い出……いや、付き纏うのを止めてって命令すれば…よしっ。やる気が出てきた。
「どんな命令でも良いよ? …エッチなのは、僕、頑張るから」
「そんなお願いするわけないじゃないですか」
また先輩は何を言い出すんだ。
「——うぁっ!? 今の繋がる!?」
「ふふん、まだまだっ」
画面の端に寄せられて、なんとかすり抜けようとするも、動きを合わせられる。
空中強攻撃からのダウン連ッ!? 馬鹿なっ! 後隙のフレームはっ! 着地キャンセルッ!? 気力溜め終わりの衝撃波まで利用して、最後は必殺技ぁっ!?
『K.O!!』
「ふっふっふー、次は何をしてもらおうか」
「こ、これ以上何しろって言うんですかっ」
——通算四回目の命令。
結果は……僕のボロ負けだった。
初戦の初め…一ラウンド目は楽勝だったんだ。自分でも、初心者に対して嵌め技まで使って容赦がなかった、汚かったと思う。
二ラウンド目は、正直舐めてかかっていてボコボコにされた。ベッドに寝ながらしていたら、偶然溜まった必殺技に当たって殺られた。
三ラウンド目は本気を出して……負けた。
そこでの命令はというと。
「君の女性の趣味を教えて」
……正直、羞恥プレイに近かった。女性の趣味なんて言葉を使っているが、そんなものは性癖に近い。言うに言えず、最終的に僕の持つ漫画やラノベ毎に好きなキャラクターを教えることになった。
先輩は僕の言う全てをメモに取っていて、無性に恥ずかしかった。
それからと言うもの——
「膝枕してくれないか」
「……え……はい」
「…………」
「…………」
いつ終わるんだろう。
先輩は僕の膝に寝転びながらコントローラーを操作している。
「……何してるんだい? 早くキャラを選びたまえ」
「…………」
先輩はどうやら寝ながらやるようだった。
今に思えば、この時点で実力を読まれていて、相当な舐めプをされていたんだ。
三戦目。
「LINKを登録しよう」
「すみません、入れてないです」
LINKというのは……簡単に言うと、登録した人とチャットで話ができたり、何か呟いて不特定多数の人から意味不明ないいねを貰ったりするアプリだ。
特に必要無かったから入れてない。
「え…それじゃあ…メールを」
「……どうぞ」
「メールは作ってるんだ」
ゲームでたまに使いますし。
あれだけ知られたくないと思っていた物が遂に知られてしまった。これからは携帯が鳴り続ける日々が続くんだろうか。いっそのこと携帯の電源を切ってやろうかと思う。
そして今終わった四戦目。
どんな命令が来るのか。
「明日……じゃなくて、来週の日曜日にデートしよう。外で」
「………はい」
「メールを送るから、絶対に来るんだよ?」
「……分かりました」
約束だから行きますけど……くそっ、ゲームなんて受けなければ良かった。
僕の休日が、休日がぁ。
「そういえば、今日は紅葉ちゃんはいないんだね」
「はい、紅葉は今日からがっ……合宿です」
怖くて一瞬言葉が詰まってしまった。
え? なんで? 怖っ。なんで紅葉のことを知ってるんだ? 聞くのも恐ろしい。
「僕が晩ご飯作ってあげようか?」
「じ、自分で作るんで大丈夫です」
「むぅ…なら、もう一勝負と行こうじゃないか」
「…賭けはもうやりません」
さっきまでは初心者に負けるものかと意地を張ってたが、もう先輩の動きは初心者じゃない。
何度やっても勝てる気がしないんだ。
「逃げるのかい?」
「逃げますよ……先輩、お菓子いります?」
「もらおうかな」
「ふんふんふーん」
「せんぱーい、とってきま……何してんですか」
ベッドの下を顔を突っ込んで覗いていた。お尻を突き出して、パンツは見えてはいないが太腿まで露出している。
女子としてどうなんだ?
棚の本も乱雑に直されていて、クローゼットも開きっぱなし……まさか。
「んー? 薄い本を探しているだけだよ?」
「…パンツ見えますよ」
「っ! な、なに、見たいのかいっ? 見せてあげようかっ?」
「なんでちょっと嬉しそうなんですか、そんなのいりませんよ。……家にはそんな薄い本なんて物ありませんから、ポテチ食べましょ」
本当に薄い本は家には無い。
紙媒体の物なんて怖くて買えないに決まってる。
店員に年齢バレしたらどうするのかだとか、部屋に出入りする紅葉に見つかったら……と思うと買えない。紙など買えるものか。
「はぁー、年頃の男の子なら持ってると思ったんだけどねー」
「…………」
諦めた先輩は、残念そうにベッドに座った。
変な期待をされても困る。
……勘付かれる前にスマホを回収しておこう。
「0807っと…あ、開いた」
「……返してください」
「ダメじゃないか。誕生日なんてすぐにバレるパスワードにしちゃあ」
「…………」
先輩の言葉を無視して、スマホを取ろうとする。
「きゃあっ、襲われちゃうよぉっ!」
「今家には誰にもいないんです。そんな悲鳴は意味ないですよ」
「ふ、二人っきりだからって何する気だいっ? もしかして無理矢理——」
「早く携帯を返せって言ってるんですよ!」
捕まえようと伸ばした手は避けられて、その間にもスマホは操作される。部屋の中を駆け回り、先輩は逃げ続けた。
「ん、返すよ」
数十秒後、何故かスマホを返してくれた。
電子媒体の薄い本を見て目的を達成したからかもしれない。
タスクを確認すると……良かった、電話帳しか開いてない。
でも……
「…先輩、絶対何かしましたよね」
「電話番号を、ね?」
「……僕の番号を見て、置き土産に先輩の電話番号ですか」
電話帳を見ると一番上に電話番号のみで知らないものが登録されていた。
因みに、他の番号は父さん、母さん、家電、妹だ。少な過ぎて笑える。
「これでいつでも連絡取り放題さ」
「はぁ……あ? 何か知らないアプリが増えてるんですけど」
「ああ、それがLINKさ。入れておいて損はないだろう? 設定は全部終わらせておいたからね」
「…………」
開いてみると、既に各種設定はされていて、桜花、という一つのチャットルームが表示されている。
……ダウンロードどうやったんだ?
流石にそのパスワードは誕生日から取ってない。名前を原形が見えないくらい弄ったものなのに……
あれからは格闘ゲーム以外にもジャンルを変えて遊んだ。紅葉はゲーム嫌いで、二人プレイなんてしたことなかったから久々に……何でもない。
「それじゃあね。今日は楽しかったよ」
「はいはい、さようなら。もう二度と来ないでください」
来る度に部屋を荒らされるなんてたまったもんじゃない。……もし、紅葉が家にいる時に来てしまったら……想像するだけで体が震える。
次からはちゃんと確認してからドアを開けよう。そして先輩が来ていた場合は居留守だ。
「また今度もこうやって遊ぼうか」
「………しんどいんで、連日は嫌です」
「…うんっ、今はそれで良いさっ」
……はぁ、帰ってった。
もう夕方だ。したいゲームもできていない。いくつか諦めないと今日は寝られない夜になる。
いいや、まだ明日がある。明日こそは自分のしたいことをするんだ。
「……夜ご飯はチキンラー…何か料理でも作るか」
『お兄ちゃんどうしたの? 電話かけてくるなんて珍しいね。妹シック?』
「…妹シックって何?」
『妹が家にいないから恋しくなってしまうっていう病気のこと。知らないの?』
「そんな病気初めて聞いたよ。ちょっと紅葉に聞きたいことがあってさ。明日何か頼んでないかなぁって。宅急便とか、そういう玄関に出なきゃいけない系の」
『……頼んでないと…思うけど、どこか行くの?』
「チャイムが鳴っても出なくて良いかの確認だよ。ずっと家に引きこもってるつもりだからね」
『………お兄ちゃん、ゲームは程々にね』
「うっ、うん」
「はぁーっ、疲れた…なんで休日に疲れてるんだか」
部屋はまだ慣れない匂いが残っている。
今日は時間を忘れて遊びまくってしまったなぁ。休む日と書いて休日のはずなのに。
……明日は日曜日っ。紅葉はいないし、宅急便とかも電話で確認した。何があってもベッドの上から動かないっ! チャイムが鳴ったとしても、それは幻聴だ!
ベッドがふっかふかだぁ。掛け布団の中だって、先輩の匂いで溢れて……
「ッ!? ……いかんいかん、僕は何をドキドキしてるんだ」
お菓子を取りに行っている間にベッドにも入っていたのか。
……薄い本探しとベッドで睡眠……気づいていないだけで他にも何かされているかもしれない。
————ピコンっ。
「ん? 通知が」
ソニアさんからだ。どうしたんだろう。
『明日、イベントに一緒に行きませんか?』
『入場特典に装飾品を貰えるよ』
『不死鳥の羽衣っていう、即死攻撃無効のが手に入るの』
「…………」
明日……明日かぁ。
スロットに『行く』と打ち込む。
あと、送信のボタンを押すだけの所で止まった。
「………行くか」
チャットルームに『行く』と表示された。
『それじゃあ明日は九時に駅前に集合で』
『了解』
「バイバイ休日。また来…来週は日曜が既に消えて……くっ!」
叔母「ふぅ、これで良しと」
廃人「お姉ちゃんっ! なんで勝手にこんなことしたの!」
叔母「ソニアのためよ? もう高校生なんだから、ちょっとずつでも治していかないと」
廃人「で、でも…急には無理だよぉ」
叔母「……ちょっと荒療治が過ぎたかも……でも、送ってしまったのだから仕方ないわ! ソニアだってこのアイテム欲しいでしょ?」
廃人「……他のアイテムで代用できるからそこまで……」
叔母「え、そこまで……ち、近くにゲームの体験会場があるのよ! ソニアの好きな最新のゲームがプレイできるの!」
廃人「っ! ……でも、人混みは……」
叔母「木下君と普通に喋りたいんでしょ! 今頑張らないと、高校生なんてすぐに終わるわよ!」
廃人「………うん、お姉ちゃん。私、行ってみるよ」
叔母「はぁ、良かったわ。初めの第一歩を踏めて」
廃人「……お姉ちゃん、服はどうしたら良いかな? ジャージで大丈夫?」(ボヨヨン)
叔母「ジャージは駄目よ。私のを貸してあげ————ッ!?」(ストン)
叔母「友達のならどうにか……ええ、今からダッシュで借りに行ってくるわ!」
廃人「ありがと!」




