11,出待ち
「おはよう、木下君」
「………おはようございます。なんでこの時間に……」
玄関を出ると、目の前に制服姿の先輩がいた。
先輩も学校に行く途中で、偶然ここを通り……は違くて、待ち伏せしてたんだろう。
「友達は一緒に登下校するものだと聞いてね。それにしてもこんな早い時間に行くのかい?」
「早い時間に行くのは、気分ですよ。やることもないので」
加えて言うと、この時間は人が少なくて歩きやすいからだ。それに、風紀委員の長い服装チェックや、生徒会の挨拶運動なんて面倒臭いことこの上なし。
逃げられるなら逃げたい。
「急に早く帰るようになったのも?」
「…気分ですよ」
「………えいっ」
僕が歩き出すと、先輩は僕の右手を引っ掴んできた。
互いに指の間に指を入れる……いわゆる恋人繋ぎというのをして。
「…っ! ……っ!」
振り解こうとしたが、無理だ。
完全に捕まった。
「………は、恥ずかしいねっ」
「………じゃあなんでしたんですか?」
「っ! き、君としたかったからに決まってるじゃないか」
「そ、そうですか」
「…………」
「…………」
恥ずかしいのか、先輩は俯いていた。
なんで照れるのにしたんですか! こっちだって恥ずかしいんですよ!
朝早くに出ていて本当に良かった。こんなことは人前じゃ絶対にしたくない。……そもそも普通の時間帯に登校していれば先輩と出会さなかった…いやいや、ずっと待ってたかもしれない。その方が嫌………そういえば。
「先輩の名前って何ですか?」
「…え、そこから?」
「はい。先輩のこと学校で見かけたことないですし……僕、言いましたよ? 先輩のこと何も知らないって」
「もしかしたらと思ってたけど……うん、僕は依木桜花。気軽に桜花先輩とでも呼んでくれ」
「依木ってことは、もしかして背の高い弟はいますか?」
「……うん、一年にね」
依木君のお姉さんが先輩か。姉弟でも身長差ってこんなにあるもんなんだな。
先輩=依木君のお姉さんで良かった。これで三人目とかは無くなった……よね?
「…………」
「もっと聞いてくれてもいいんだよ? 何だって教えてあげるからさ」
聞きたいこと……気になること……
あっ。直近の問題で重要なものがあった。
「……じゃあ、依木先輩って何部に入ってるんですか?」
「桜花先輩って呼ん………え?」
僕がそう聞くと、先輩は肩を落とした。
えーっと、何か意外だったのかな?
これから部活に入るか決める上で、最も重要なことだから知りたかったんだけど……
「……あー、そっか、僕の名前も知らなかったんだもんね……君、朝礼とか集会の時はどうしてるんだい?」
「え? 校舎の時計を見てぼーっとしてるだけです」
「……そうか。僕は部活には入ってないよ。これでも生徒会長なんだ」
「…へぇ…え…そうだったんですか」
生徒会長……ああ、だから昨日の昼休みは騒いでたんだ。
クラスの誰かが言ってた、あの先輩が、という意味が分かった気がする。
「木下君は?」
「えっと…実は何も入ってません」
「生徒会はどうだ!」
「嫌です」
今絶対に入りたくないと考えていたとこなんで。
「即答……入りたい部活でもあるのかい?」
「考え中です」
「入部する時は生徒会に来なよ?」
「嫌ですよ」
行きたくない。
生徒会には抽冬さんが、あの感情豊かな抽冬さんが居るんだ。
それに会長も依木先輩で……そんな魔物の巣窟みたいな所に入るわけにはいかない。他の役員だってそうかもしれないんだ。関わりたくもない。
「部活加入の書類は生徒会室に提出しないといけないからね」
「……はいはい」
はぁー……
何が出るかなっ? 何が出るかなっ?
頭の中で六面中五面がハズレのサイコロを回す。
————ガチャ。
鬼が出るか、蛇が出るか……
「………何も無いのかよ」
ついツッコミをいれてしまったが、嬉しかった。
これで昼休みはゆっくりと……あの二人がなぁ。
「はぁー……」
ため息を吐いてしまう。
それでも、この朝は、抽冬さんと依木君とも会うことはなかった。
やっと不幸のループから抜け出せたんだ。
純情無垢な女の子「(むぅっ、桜花先輩って呼んでくれない…それに聞いてくるのも普通のことで、男子ならもっと、こう——)」
純情無垢な女の子「(——いやいや、それよりも…やっぱり覚えてない。私のことを思い出して欲しい気もするけど、このままの方が良いのかな?)」




