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10,広まりを始める虚実





 ————ガラガラ。

 

 何事もなく教室に帰って来ることができた。

 

「ふぅ」

 

 弁当でも食べて……コンピュータ研究部、略してコン研の活動が気になるし、学校のホームページでも——

 

「——木下君! どこ行ってたんだい!」

「——木下くんっ! どこ行ってたの!」

 

「おぅ」

 

 最初、僕はまず耳を疑った。

 壊れてるのかもしれない、と。

 しかし目で確認すると、前には二人の女子が立ち塞がっていた。

 

 次に浮かんだのは、一瞬だけそうであって欲しいという願望。

 はぁ、目も壊れてたか。

 

 教室で待ち構えるのは反則だと思う。

 

「せ、生活指導室です」

 

 僕がそう答えると、二人はそれぞれ僕の腕を掴んで——

 

「「——今から一緒に食べよう!」」

「…………」

 

 ハモった。

 それにまあまあ大きい声だったせいか、クラスメイトの視線が僕に突き刺さる。

 

「——ん?」

「——っ!」

 

 先輩と抽冬さんが火花を散らして睨み合っていた。

 

 やめて! どっちとも一緒に食べるつもりはないの! 僕は!

 男子に睨まれてるからやめてください! 

 女子は女子でヒソヒソ喋っているし!

 

 今すぐにでも弁当を取って逃げ出したかったが、腕を掴まれて簡単に身動きができない。それどころか、なまじ力強く両方が引っ張ってくるせいで痛い。

 

「大岡裁き……」

「しゅ、修羅場だ」

 

 誰かが呟いた。


 うん、確かに修羅場だ。この二人が修羅場なだけで、僕は戦いに巻き込まれただけなんで、早く離して欲しい。

 

「手を離してくれないか? 彼は僕と一緒に食べるんだ。恋人だからね」

「先輩こそ手を離してください。木下くんは私と食べるんです。先輩よりも同級生との方が食べやすいに決まってます」

 

「ふ、二人とも痛いから一旦腕を——」

「「——木下君は黙ってて!」」

 

 あ、はい。

 

 二人の表の顔に潜む剣幕に気圧され、何も言えなくなる。

 先輩の言葉を聞いてクラスメイト、主に男子生徒の目が険しくなったようだ。……恋人じゃないのに。

 

 それからというもの、外野の声が騒がしくなってくる。

 

「恋人ッ!?」

「う、嘘だろ! あの先輩が!?」

「おい見ろ!! 先輩が持ってるの二つだ! 弁当二つ!」

「なんて野郎だッ! あの先輩と付き合って、その上、抽冬さんまでッ……羨ま許せん!!」

 

 あの先輩って……どの先輩? 何か曰く付きの先輩だったりするのか? そんなに羨ましいんだったら是非とも変わって欲しい。

 そう切実に願いながらも——

 

 あー………噂が広まるなぁ、これ。どう収集をつければいいんだ? しかも、先輩が恋人だなんて口走った。そんなものになった覚えはないのに。

 

 ——外の遠い空を見て、誰か解決してくれないかと待っていた。

 

「ッ! くぅ、あいつ何者だッ! どうして先輩の手料理を食える!?」

 

 ……何者って、あなたのクラスメイトです。

 見かけたことあるから、あの人はクラスメイトだ、多分。

 

 この調子だと、その誰か、は現れないな。そもそも知り合いがいないんだ、期待するのが間違ってた。あと二十分ぐらいで昼休みが終わるから、時間が解決してくれ————でも、それだとご飯を食べられない。

 高校生が昼飯抜きはちょっとキツいところがある。

 

 意を決して、言葉を途切れ途切れに紡ぐ。

 

「…ひ、昼ご飯、食べたい、です」

「「どっちと?」」

「………ひとり——」

「——まさか、一人で食べたい、なんて言わないだろうね?」

「痛っ!?」

 

 腕のロックが一段階強くなった。絶対に離さないつもりだ。

 そうですか! そんなに僕と食べたいんですか!

 ……もういいよ、諦めたよ。

 

「みんなで食べましょう」

「「…………」」

『…………』


「ふ、二人とも一緒に食べたいんですよね。三人で食べたら、一石二鳥……」

『…………』

 

 静寂が痛いほどに耳を触る。

 

 分かってる。分かってるよ。本当はどっちか片方を選べと、そう言ってるんだよね? 思ってるんだろうね。

 だけど、無理だ。僕にそんな度胸は無い。一人か三人かだ。

 

「……僕はいいよ?」

「私も大丈夫です」

 

 よしっ。ご飯食べながらでもこういうときの対策を考え——

 

「うっわー、ハーレムかよ」

「あんな人クラスにいましたっけ?」

「後で調べとく。新聞部に持ってったら高値で売れそう」

 

 …………

 

「ぬくちゃんファンクラブを敵に回すって……あいつ死ぬぞ?」

「い、いや、あの先輩にも隠れファンが多かったはずだ。両方から挟み撃ち……」

「……可哀想に思えてきた」

「可哀そうじゃねぇよ。普通に、二人ともって欲張った罰だろ」

「夜道の背後に気をつけるべきだな」

 

 …………

 

「どこで食べようか」

「どこで食べる?」

 

「……もうどこでもいいです」











 結局、教室の空いていた机をつなぎ合わせて、そこで食べることになった。空いていた…違う。クラスメイトが勝手に空気を読んで、僕の机とあと二つをくっつけていた。


 ちょくちょくシャッター音が聞こえるが、僕にできる抵抗は少々首を捻るぐらいだ。もし、校内新聞に掲載されるなんてことになったらたまったもんじゃない。

 その時素顔が晒されてたり、名前が書かれてたらどうだ? ぬくちゃんファンクラブとやらが襲いかかってくるそうじゃないか。

 そんなのは絶対に嫌だ。ってか、肖像権侵害で訴えてやろうか。


 ……はぁ、どうしてこうなったんだろう。できることなら、この三日間のことを消し去りたい。

 

 憂鬱な気分になりながらも、鞄から自作の弁当を取り出していると。

 

 ————ドン、ドン。

 

「今回も、君の弁当を作ってきたよ」

「はい、これ。頑張って作ってきたんだ」

 

 机の上に可愛らしいピンク色の弁当箱と、以前も見た青色の弁当箱が置かれる。


『おぉぉぉぉ』

 

 周囲から歓声が上がり、シャッター音がけたたましく鳴った。


 …………。

 

 ————ドン。


『おぉ?』

 

「じ、実は僕も、弁当を作ってきてまして。だから各自、自分のを——」

 

 眼前に並ぶ三つの弁当箱。


『…………』

 

 ————ガシッガシッ。

 

 その真ん中に置いてあった青色の弁当箱に二組の手が置かれる。

 

「——ありがとう。美味しく頂くよ」

「——ありがとっ。交換だね!」

 

 僕の弁当が視界から消えた。

 

「…………」

 

「離してくれないか? これは、僕のために作ってくれた物だ。僕に食べる権利がある」

「それは私のセリフです、先輩。時間が少ないんですから、その手、早く退けてください」

 

「あの、ちょ、それ、僕の——」

 

「——大丈夫、僕の弁当を食べて待っててくれ。君の弁当は僕が食べるから。は、や、く、離してくれたまえ!」

「——木下君は私の弁当を食べて? 木下君のを先輩から取り返して食べるから。だ、か、ら、手を離してください!」

 

 ……ああ、弁当がさっきの僕みたく裂けそうに。

 プラスチック容器だからそんなことは起きないだろうけど。

 

「…………」

 

 ………丁度お腹も空いていたし、くれるというなら二つ食べよう。

 

 先輩の弁当箱を開けた。


 中身は前と違って、野菜類も多く入っている。茶色一色じゃなかった。僕が少し重く感じていたのを気付いてくれたのかもしれない。


「いただきます」

 

 あ、またマカロニサラダ入ってる。美味しい。

 

「先輩でしょ! 優しい後輩に譲ってくださいぃー!」

「先輩後輩なんて関係ない! 君には米一粒さえ渡すつもりはないよ!」

 

「……もぐもぐ……あー、美味し」


「君ッ! 女の子が弁当二つなんて食べたら太るよッ!」

「私は木下くんの弁当だけで十分ですっ! もらったら自分のは捨てます! 先輩こそ太りますよっ!」

「僕はまだまだ成長期だから良いんだよ!」


「……水筒水筒っと」


「大体っ、先輩のくせしてなんで一年生の教室に来てるんですかっ! 大人しく自分の教室にいてくださいよ!」

「恋人だから一緒に昼ご飯を食べるくらい当たり前だろうッ! 僕たちの邪魔をするな!」

「木下くんは恋人じゃないって言ってるのにっ、付き纏わないでください! 恋人でもないんでしょうっ!」


「……ひとまず、ご馳走様でしたっと…ふぅ」


「あ、あいつ、修羅場ってるのに、黙々とご飯を食べてやがる!?」

「なんて度胸だ!」

 

 いや、諦めてるだけです。

 もう何もかもどうにでもなってしまえ、と諦観してるだけです。

 逆に考えるんだ。もうあげちゃってもいいさ、と。どうせ、あの中に割り入って争ったところで勝てるわけがない。怪我を負って奪われるか、そのまま盗られるかだったら盗られた方がマシだ。


「…………」

 

 先輩の弁当を食べ終え、前に目を向けるとまだ続けていた。

 ………なに? 僕の弁当ってそんなに取り合うものなの? 秘宝か何か?

 

 ……さて、気を取り直して抽冬さんの弁当も食べるか。先輩の弁当が茶色一色だったらやめていたかもしれない……まぁ、それでも、せっかく貰った物だ。腹に詰めていただろう。

 

 抽冬さんの弁当は、可愛らしかった。タコさんウインナーとか、ご飯に海苔を貼っつけてパンダのキャラクターだとか。

 所謂、キャラ弁というやつだ。

 

 顔を食べたりするのは気が苦しくなったが、弁当だからそうするしかない。

 

「もぐもぐ」

 

「——ああっ!?」

「——あッ!? 弁当が!?」


 弁当は抽冬さんの手を滑って離れた後、先輩の手に渡った。そして、先輩は抽冬さんが急に離したもんだから、力を緩めなかったせいで転けて、弁当は先輩の手も離れて宙を舞った。

 

「……もぐもぐ」

 

 そのまま弁当箱は空中分解して、中身は教室の床に降り注いだ。

 

「……ご馳走様でした」


 あぁ、僕の弁当、あんなに無残な姿になって……


 抽冬さんと先輩は終始無言で弁当を片付け、弁当箱を返してくれた。

 そして席に着き、自分の弁当を食べている。

 

 ……弁当食べ終わったことだし、学校のホームページでも見よう。

 学校概要……部活紹介……コン研っと。

 

 あっ、そういえば。

 

「弁当、ありがとうございます。美味しかったです」

 

 勝負がついた二人に弁当を返しておく。

 

「……木下くん、どっちが美味しかった?」

「ッ!? …も、もちろん僕だよね!」

「……どっちも美味しかったですよ」

「同じ弁当じゃないから一緒はないだろう? どっちの方が美味しかったんだ?」

「……先輩の方が食べやすかったです」

 

 キャラ弁を崩すのはちょっと気が苦しかったし、先輩の弁当には好物のマカロニサラダが入っていた。

 たったそれだけだ。

 

「ふふん。やっぱりね。恋人だから彼氏の大好物は知ってて当然なのさ!」

「好…物……」

 

 ……恋人じゃないですけど? 

 しかも、先輩……なんで僕の好物を知ってるんですか?

 


 

 そのまま二人は弁当を食べて、元の場所に帰っていった。

 その最中に会話がふられたが、世間話程度にと考えて普通に返しておいた。世間話と言っても、僕はほとんど学校で話したことが無くて新鮮だった。




 予鈴が鳴り、後は教師を待つだけになったところでスマホに目を移す。

 

 ん? ……大々的な活動は()()()()()


 新入生への部活紹介も、文化祭の出店すらやってない。コン研活動記録で絞り込んでも、該当するものが無い。

 

 部員数は()()……あー、四人か。五人で部活として成り立つ……だから顧問である先生が頼んできたんだ。

 このまま部員が四人で来年度を迎えたら、同好会に落とされてしまう、だったか? 生徒手帳にそう書いてあった気がする。

 

 まさか、四人全員幽霊部員だったりしないよな?

 そもそもなんで僕を? 部活に入ってない一年生は僕だけ……は流石に無いだろう。部活加入を推奨してると言っても、一年生全員が部活に入ってるわけないと思う。











「紅葉」

「ん? 何?」

「明日から帰りが遅くなるかもしれない」

「………六時までには帰ってくるよね?」

「ごめん。もしかしたら七時に——」

 

 ————カランカラン。

 

 紅葉が、一瞬ありえないことを聞いた、みたいに目を見開いていた。

 

「あっ、ごめん。お箸落としちゃった。洗ってくるね」

「う、うん」

 

 洗ってきて席に座る。しかし箸は動かず、ずっとこっちを見ていた。

 

「それで…六時には帰ってこれるって?」

「いやいや、帰れないかもって」

「……なんで?」

「今日、生活指導の先生が、部活に入ってくれないかな、なんて言い出してさ」

「…なんで?」

「ん? …あぁ、入学式の時に言ってたらしいんだけど、生徒が部活に入るのを推進してるんだってさ。すっかり寝てて聞いてなかったよ」

「六時までに帰れる部活は無いの?」

「それが、部活は決まってるんだ」

「そうなんだ……終わるのは何時なの? 週何日? 休みは?」


 いろいろ聞いてくる。

 ……なんか母さんみたいだ。育ってくる間に僕と母さんの会話を聞いていたからかな?


「えーっと……六時近くまでで、活動日は決まってなくて週に二回来たら大丈夫で、休日に部活は無いよ」

「んー………分かった。良いよ」

「ありが——」

「——でも、七時までには帰ってきてよね」

「あ、うん」

 

 僕の話は終わったので、ご飯を食べ始める。

 

「…お、お兄ちゃん」

「ん?」

「……もうすぐ受験だし、過去問の勉強始めようと思ってて……夜、ひ、暇だったらでいいんだけど、勉強教えてくれない?」

 

 紅葉は今年で三年生になった。

 日々を部活動に励んでいるから、勉強の面では自信が無いんだろう。テスト前なんかじゃ、たまに教えてあげることがある。

 そういやもうそろそろ引退の時期だったっけ?

 大会が終わって、残すところ引退試合のみ。勉強に本腰をいれる時が来たんだろう。

 

「うん。合格目指して頑張ろうな。……あ、今日からやる?」

「あ、明日! 明日からでお願い!!」

「…分かった」


 結構慌てて明日からと言われたけど、何か今日がダメな理由があったのか?



コレクター「は、早く片付けないと! 全部バレちゃう! あっ、この穴どうしよう! ぽ、ポスターでなんとか…あー格好良い……こ、このポスターはダメッ! …テープで大丈夫かな……あわわ、抱き枕も写真も直さなきゃ!」

 

コレクター「わっ、入らない、入らないよぉッ! えいっ! えいっ! ……うぅ、勝手に開いてくる……が、ガムテープで塞いで……よしっ!」

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